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つめたい偶然

市原さん:

10種類の単語を「常時」検索……? ちょっと何言ってるかわからないですね……。

そうそう,『マンガでわかる! 子どもの病気・おうちケアはじめてBOOK』入手しました。作り手の熱意と誠意がみっしりと詰まっていて,でもぜんぜん説教くさくない。常備薬みたいに,自宅においておきたい1冊。

市原さんが激推しされるのもよくわかります。こういう誠実な本がバンバン売れて,各社こぞって類書をどんどん出す……みたいなことになると素敵だなあと思ったりしました。

と同時に,医師向けの専門書を作っている出版社にできることってなんだろう……と,拝聴した医療情報発信イベント@渋谷ヒカリエを思い出しつつ,本書を開いては自問したりもしています。

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10年来の付き合いがある,その道の「プロ」が身の回りにぼちぼちと増える年齢になりました。

彼らの技術や知識を目の当たりにしたとき,9割の本心に,照れ隠し目的の"茶化し" を1割込めて「わぁ! すごい上手!」「へえー! 詳しいんだね!」と伝えるのですが,たいてい苦笑まじりに「コラっ!!」と怒られるか,「お,おぅ……」と濁されます。褒めるって難しいですね。

あ……わたくしが編集を担当しました書籍のご感想 まことにありがとうございます。しかしわたしの働きなど微々たるものでして いやもう先生がたのお力あってこそでして その あの……唐突に褒められると,実にあわあわします。褒められるのも慣れがいりますね。

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『魍魎の匣』,とても懐かしいです。20代のうちに読んでおいてよかった本のトップ3に入ります(今あの厚さの本を読みきれる気がしません)。

京極夏彦が『魍魎の匣』の中で、犯罪が起こるきっかけとして重要なのは動機があるかないかではない、という意味のことを書いていた。

そうでした,そうでした。ふいに「何か」を目にしたあの子,そして「何か」と出会った彼にとって,その偶然こそが,決定的な行動を引き起こす原因となったのでしたね。

こういった偶然がなければ物語は進みませんから,小説では「必然の偶然」が用意される。それでも,登場人物に感情移入すればするほど,その偶然が「起こらなければよかったのに……」と,やりきれない気持ちにはなります。

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『魍魎の匣』の終盤,
「幸せになるなんて簡単だ,人間をやめればいいのさ」
というような台詞がありました。

読んだ当時は「人間をやめる」=「常識を外れる」という意味かとぼんやり思っていましたが,もしかして「思考放棄すること」かしらと(今更ながら)最近は考えるようになりました。

幼い時分,親がすべてだった頃,自分で物事を考えず評価基準は他人に任せた状態は,とても楽で,幸せなことだという原始体験をもっているせいか,「考えたくない/誰か決めて」という誘惑は,常にわたしのそばにあります。


しかし偶然という2文字の前に放り出されたぼくらは寒くて震えてしまう。

「偶然」や「確率」といった語に直面したときに感じる冷たさはどこからくるのかと考えます。

行き合ってしまった事象,起こってしまった出来事は,日々の努力や善行を「考慮」も「忖度」もしてくれない。慈悲はない。


突如おとずれた「偶然」の寒さに耐えられなくなり,甘やかな幸せに手をのばしたその人を,医学は,医療者は,どうみるのだろう。手元にある「医療面接」についての原稿を眺めながら,そんなことを思いました。

(2019.11.7 西野→市原)