見出し画像

黒猫と真冬の唄

寒がりなのはいつものことで、
わたしはいつもより暖かく
カフェオレを飲み、
テレビの占いは(いて座は)
そこそこ良くて、
ラッキーアイテムの枝豆なんて
持っていないから、
緑色のボタンをかばんに入れた。

あなたがくれたという書き出しを、
わたしは好んで使う。
あなたがくれたとわたしが書いている間に、
わたしの頭の中には
何が浮かんでいるかというと、
かわいい猫でもなければ
さみしがり屋のネズミでもなく、
「あなたが噛んだ小指が痛い」
といういつかどこかで聞いたCMの
ワンフレーズで、
こうやって幼少期の頃に聞いた
だれかの言葉が、
いつまでも頭の中に残っていて、
時々わたしの頭をノックしては、
コンコンコンと音を鳴らし、
元気よく駆けていくのだ。

黒猫を見かけたのは
とある公園の通い慣れた道の途中で、
わたしはいつも通り
通勤途中のスーツ姿で、
右手に黒々としたかばんを提げては、
だれに渡すでもない重たさを、
大切に抱えている。
書類に埋もれたわたしの両手は、
いつだって目的地も分からない
文書の森を掻き分けて、
数字を記録し、
分析して分類して整理して、
だれに見られるでもない
見られても大したことのない
エクセルデータの肥やしになるのだ。

撫でて歌ったのは、
黒猫のためではない。
悲しんでいるわたし自身のために、
わたしの心が泣いているから、
このままでは悲しいから、
公園の真ん中で、
小声で口ずさんで、
大好きな音楽を、
身体に染み込ませるのだ。
黒猫はふるりと身体を震わせて、
わたしから餌が貰えないと分かると、
そそくさとどこかへ退散した。
薄情なものだと思った。
しかし世界は、おおむねその様に
できているのだと思う。
貰えないなら、
離れるしかないのだ。
与えてくれるだれかの元へ。
そうでもしないと、
いつまでもおあずけだなんて、
やってられないのだから。

夕暮れが降る街の真ん中で、
わたしは唄を歌った。
だれに聞かせるでもない、
わたし自身の唄だ。
勇気とか強さなんていらないから、
ただ優しさがほしかった。
そんなもの(勇気とか強さなんて)
必要な社会であってほしくなかった。
わたしはただ目の前にいるだれかを、
大切にしたかっただけなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?