見出し画像

はじめに——新規事業の実践論#1

リクルートホールディングスの新規事業開発室長として1500の事業を支援し、自らも起業した著者が膨大な失敗と成功の末に掴んだ新規事業の「超具体的方法論」とは。『新規事業の実践論』の一部を特別に公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

画像2

はじめに

スクリーンショット 2020-05-30 9.49.22


どんなふつうのサラリーマンも、必ず「社内起業家」になれる

あなたは、仕事で涙したことがありますか?
解決したい課題を前に、自らの無力さを痛感し、やるせなさから涙したことがありますか?
おそらく、そんな経験のある人は多くないでしょう。でも、それが生まれるのが私が専門とする「新規事業開発」の世界です。

リクルートにいた頃のことです。高知県庁と協定を結び、一次産業を中心とした県内の課題を解決する新規事業開発プログラムを運営していたことがありました。
たくさんの社員を連れ、高知県中をあちこち動き回り、ビジネスチャンスを探っていたある夜。県内のみなさんと飲みながら対話を重ねていたとき、1人の社員が、突然泣き崩れました。
彼が対峙しようとしていた林業の課題があまりに根深いことを痛感し、何もできない自分が「悔しい」と言うのです。
「でも、必ず林業の課題を解決してみせます」
そう宣言した彼の姿は林業に携わる当事者たちの心を打ち、空気は一瞬で変わりました。

彼は、実家が林業を営んでいるわけでもなければ、山主の知り合いがいたわけでもありません。新規事業開発プログラムの中で林業の課題にはじめて触れ、触発され、自ら動き、林業の現場にいた人たちと重ねた大量の対話が、突然関係者の前で泣き崩れるまでに、彼の当事者意識を高めていたのです。
残念ながら、あまりに高い事業化の壁の前に、リクルートとして林業をテーマとした事業を立ち上げるところまではたどり着けませんでした。しかし、その瞬間から彼の生き方、働き方は大きく変わりました。彼は、あの瞬間に「社内起業家」として覚醒したのです。

これは特殊な事例ではありません。
私はこれまでに2000件・5000人の新規事業開発プロセスに関わり、何人もの新しい社内起業家が誕生するシーンに立ち会ってきました。
たしかに、その中のごく少数の人は、生まれながらに起業家気質を備えた、稀有な才能を持ったサラリーマンでした。
しかし、ほとんどの社内起業家は、そういった「生まれながらの起業家気質人材」ではなく、新規事業開発プロセスの中で「後天的に覚醒した」リーダーでした。

これといった課題意識もなくただ「何か大きなことをしてやる」と意気込むだけだった若者が、また「斜陽産業のこの会社には未来がない」とやや後ろ向きな課題意識しか持たなかったシニアのサラリーマンが、課題の現場で関係者とのたくさんの対話を重ねながら、あるとき林業の彼のように泣き崩れ、「人生をかけてこの課題を解決する」と言い出す。そんな瞬間を、幾度となく目の当たりにしてきました。その瞬間は一度立ち会ったら二度と忘れられないほどに感動的です。

多くの社内起業家は、はじめはどこか評論家気質で、リスクを恐れ、でも漠然と「何かしなきゃ」と思っている、ごくふつうの人たちでした。でも、そんな人たちが、特別な任用や育成、抜擢プロセスを経ていなくても、現場と対話する中でたしかに後天的に覚醒している。
そんな経験を重ねる中、私は「すべてのサラリーマンは、社内起業家として覚醒できる」と確信を持つようになりました。そう、この本を読んでいただいているあなたもです。

少し自己紹介をさせてください。
私、麻生要一は、株式会社リクルート(現、株式会社リクルートホールディングス)に新卒として入社した後、自ら新規事業を立ち上げ、ITサービスを開発する株式会社ニジボックスという100%子会社を設立。同社の社長を務め、小さな会議室に机1つ、椅子2つ、プロジェクトメンバーは私とソフトウェアエンジニアの先輩のたった2人というまさに「力のない小さな社内スタートアップ」の状態から、社員数150人に上るITサービス開発企業にまで成長させました。その後、リクルートホールディングス上場後の「新規事業開発室長」として、リクルートグループ全体の新規事業を統括する経営幹部を3年間務めました。
ここでは、社員発の新規事業プロジェクトの提案を1500件以上受け付け、リクルートの外に起業家を生み出すインキュベーションスペースの所長として300社以上に入居してもらいました。

2018年にリクルートを退職し独立して以降は、4つの仕事を同時に立ち上げました。1つ目は、株式会社アルファドライブという新規事業開発の支援企業の創業。様々な日本の大企業をクライアントとして、約1年半で500以上の企業内新規事業チームの提案に関わり、リクルート時代と合計して約2000件の新規事業プロジェクトをゼロから生み出しました。
2つ目は、現役の医者でゲノム研究者でもある高校の同級生と株式会社ゲノムクリニックを共同創業しました。3つ目は、UB VENTURESというベンチャーキャピタルの創業に参画し、ベンチャーキャピタリストとしてスタートアップ企業への投資活動を始めました。そして4つ目はソーシャル経済メディア、ニューズピックスの執行役員に就任し、自らが社内起業家として現在進行形で新規事業の立ち上げを行っています。
2018年以降の私は、起業家・投資家・経営者としての3つの顔を同時に持つ、つまり自ら起業するだけでなく、それを評価する視点もわかるという、少し変わった立場にいます。

起業家・投資家・経営者を経験した立場として、私は既存の企業の中に「社内起業家」が増えることが、日本企業復活のカギだと強く確信しています(詳しくは、第1章でお伝えします)。それに、社内起業家として覚醒し、事業を立ち上げるプロセスは、他ではなかなか味わえない感動にあふれています。
でも、この本でまず読者のみなさんにお伝えしたいのは、そんな「大きな目的」のためではなく、まずは1人ひとりの人生、キャリアのために、新規事業に取り組んでみてほしい、というメッセージです。
極論、社会のためだとか感動だとか、そんなことはどうでもいい。自分の人生やキャリアのために、どういう仕事をすべきなのか。それを突き詰めるほどに、「新規事業をやるしかない」という結論に至るのです。

いまは、「人生100年時代」だと言われています。医療テクノロジーの分野の進歩はめざましく、がんをはじめとした難病が次々に克服される時代になりました。単なるキャッチコピーではなく、本当に「簡単には死なない時代」が訪れつつあることを、みなさんはどの程度自分ごととして捉えているでしょうか。

一方で、商品や製品自体の寿命が加速度的に短くなっていると言われます。ひと昔前は、1つのヒット商品で10年会社が成立しましたが、いまは3年と持ちません。変化が速いスマートフォンアプリの世界だと寿命は3ヶ月と言われたりもします。
かつての、いや「かつて」と言っても何十年も前ではなく、数年程度前の「かつて」の成功体験がすぐに通用しなくなるし、いまの成功モデルも明日には通用しなくなる。何をスキルとして身につければいいかわからない不安を抱えながら、私たちはこれからの時代を生きていくのです。
この「人生100年時代」かつ「変化の時代」に生きる私たち全員につきつけられる不都合な真実。それは、「定年後に20年は働かないといけない。しかし、そのとき、現役時代に培ったすべてのスキルは陳腐化している可能性が高い」ということ。企業で働くサラリーマンにとって受難の時代が到来するのです。

かつての日本企業が作り上げた「終身雇用・年功序列」の給与体系は大変完成度の高い素晴らしい仕組みですが、じつは「80歳前後で死ぬ」ことを前提としていました。細かい計算は省きますが(興味があればご自身で計算してみてください)、100歳まで、もしくはもっと先まで生きることを前提にしたら「年金と退職金だけだと絶対にお金が足りない」はず。だから、80歳くらいまではなんらかの形で収入を維持する必要があるのです。
なのに、この事実に正面から向き合っているサラリーマンがあまりにも少なすぎる。もうすでに崩れることが目に見えている「65歳まで1社に勤め上げれば、年金と退職金でその後悠々自適の生活ができる」という神話を、心の底では疑っていない。

特に、いま30-40代のサラリーマンこそが、この不都合な真実のもっとも大きなあおりを受ける世代です。もしもこの本を読むあなたがその世代であるならば、この事実を強く認識して正面から自分のキャリアを考え直してほしいのです。

こんな受難の時代だからこそ、私はすべてのサラリーマンに「新規事業」をやってほしいと考えています。
新規事業開発とは「自分の頭で考えたことに、自分で顧客を見つけて、自分で商売にする」業務。
この業務で身につくスキルだけは、時代がどんなに変化しようと、AIが人に取って代わろうと、必ず生き続けますもっとも普遍的なポータブルスキルなのです。

少し極端な表現になりますが、企業の中にあるほぼすべての仕事はそれがどんなに花形の仕事であったとしても、「定年後には確実に価値がなくなる仕事」です。つまり、「企業の未来のための仕事ではあっても、働く1人ひとりの未来にはつながらない仕事」なのです。
でも、新規事業開発という仕事だけは、唯一企業の未来と働く個人の未来が一致する仕事。身につけたスキルを定年後にも活かすことができる仕事です。100年生きる時代だからこそ、すべてのサラリーマンのみなさんに、自分自身の老後のために新規事業に取り組んでみてほしいのです。
ただし、いきなり「新規事業」「社内起業」と言われても、自分には難しいと思うのも無理からぬことでしょう。

そこで第1章・第2章では、実践前の入門編として「日本人に起業より社内起業が向いている理由」「社内起業家になるのに特別な才能はいらない理由」をそれぞれ解説しています。すぐにでも実践に移りたい人は、第3章から読み始めていただいてもかまいません。

この本には、新規事業開発にすべてをかけてきた私が、数え切れないほどの失敗と少しの成功を繰り返す中で培った、実践的なノウハウをすべて詰め込みました。
1人でも多くの読者が「社内起業家」として覚醒するためのきっかけを提供できたなら、それに勝る喜びはありません。

著者

画像3

はじめに どんなふつうのサラリーマンも、必ず「社内起業家」になれる
第1章 日本人は起業より「社内起業」が向いている
第2章「社内起業家」へと覚醒するWILL(意志)のつくり方
第3章 最初にして最大の課題「創業メンバーの選び方」
第4章 立ち上げ前に必ず知るべき新規事業「6つのステージ」
第5章 新規事業の立ち上げ方(ENTRY期?MVP期)
第6章 新規事業の立ち上げ方(SEED期)
第7章 「社内会議という魔物」を攻略する
第8章 経営陣がするべきこと、してはいけないこと
最終章 「社内起業家」として生きるということ

(第1章『日本人は起業より「社内起業」が向いている』へつづく)