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アイディアをどう着想するか——STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか#2


『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』は、17人の起業家たちへの直接インタビューから作成した26のケーススタディを収録。体系化された「知識」と、生々しい「実践」の往復によって、起業の定石を浮き彫りにする1冊です。

私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やすことを目指しています。


第一章|アイディアを見つける

アイディアをどう着想するか

心に響くか、実現性が高いか、ポテンシャルは大きいか

起業をする、その決意の背景はさまざまだが、大別すると2つの出発点がある。1つは、自分軸。自分の視座、意思、信念、感性、感情、経験など、自分自身の信じることや自己の能力から着想する。
もう1つは、マーケット/社会軸。事業環境、競合の動きなどから、事業の機会(opportunity)、実現性(feasibility)、可能性(potential)を検討しつつ着想する。
自分自身の心に響き、しかも客観的に捉えても実現性が高く、可能性の大きな事業アイディアを探し求めるのが起業の始まりだ。

過去、現在、未来の3つの視点で読み解く

起業家は、どのようなニュースからでもアイディアを考える。アイディアの見つけ方は大きく3パターンある。

事例起点(過去)
課題起点(現在)
構造変化起点(未来)

「事例起点」は、たとえば米国や中国で流行っているサービスの日本版を考えることで、アイディアの具現化を進めていくパターンだ。
事例起点でアイディアを着想するには、最先端のニュースを日々チェックしている必要がある。ビジネスの基本的な戦い方は、競合に情報戦で勝ち、誰もがチャレンジしたことがない方法で稼ぐことだ。最先端の情報を自ら掴みにいくことで、ライバルを出し抜ける。国内のライバルがチェックしていない情報源を漁ると意外な発見があるかもしれない。


また、最新の情報だけでなく、事業領域の歴史を調べるアプローチにもチャンスが隠れている。たとえば、ハウスクリーニング事業においてどの会社がもっとも成功しているのか、と調べるとダスキンの名前が挙がってくるだろう。どういった時代背景でダスキンが生まれたのか、どういった顧客が主要顧客だったのか、どういったビジネスモデルだったのか、なぜダスキンが市場競争に打ち勝てたのか。そこから、現代の市場環境との違いを考えた上で、たとえばスマホや動画を活用したハウスクリーニング業にビジネスチャンスがないか、と事業仮説を考えてみる。本書のケーススタディを読んでもらえれば、より具体的にイメージが湧くだろう。

「課題起点」は、自分が今使っているサービスに普段から感じている不満や、仕事をする中で発見する課題から「こうしたらもっと便利になるんじゃないか?」とアイディアを考えていくパターンだ。自身が感じた課題(直接体験)を起点とする場合と、他人が感じた課題(間接体験)を起点とする場合に分類される。

ユーザベースの梅田は投資銀行時代に自身が感じた企業調査のわずらわしさという課題から、企業情報データベース「SPEEDA」を開発した。典型的な直接体験型の課題起点だ。

BASEの鶴岡は間接体験型だ。鶴岡の母親は大分県で婦人服の小売業を経営していた。彼女はネットで商品を販売したいと考えていたが、楽天やAmazonは手続きが煩雑なため、出店できていなかった。この課題を目のあたりにし、「ITに明るくない自分の母親のような人でも簡単にECショップが開設できるサービスを」と着想したところから生まれたのがネットショップのサービスを提供するBASEだった。

Fablicの堀井は、あるとき女子大生がブログやSNSで洋服を売買していることに気づき、実際に彼女らにインタビューすることで、どのような状況のユーザーがどのような理由でそういった行為をしているのかを観察した。スマホで簡単に出品・売買できるフリマアプリ「フリル」のアイディアはここから生まれた。

女性向け写真加工アプリで4000万ダウンロードを達成したDECOPICの松本は、女性向けサービスを作ると決めてから、女性について徹底的に勉強した。使い勝手を向上させるため、自分でも付け爪を付けてスマホを操作してみては、UIを研究した。「英語学習にたとえると、自分は非ネイティブスピーカー。ひたすら女性誌を見てフォントや背景のドットなどを勉強した」と語っている。

このように間接体験型の課題起点では、ターゲットユーザーが感じる課題の背景が手にとるようにわかるところまで、徹底的に観察しなければならない。
人生経験が短い読者も「自分には課題起点のアイディア着想なんて無理だ」と諦めないようにしよう。家族や友人が不満や課題を口にしたり、不便さを回避する行動を取っていたら、そこには間接体験型の事業チャンスが眠っている。

「構造変化起点」は、ユーザーの行動や技術の進化・環境の変化から新しいビジネスチャンスを見つけるパターンだ。たとえば、ガラケーからスマホにシフトするタイミングで新しいサービスがたくさん出てきたことは記憶に新しい。アプリで料理レシピ動画を見れるクラシルは、その代表的な例だろう。

世の中の構造や仕組みが変わり、ユーザーの行動が変容するタイミングでロケットスタートを切れるように、先んじて未来を予測し、備えておきたい。
DMM創業者の亀山は、1989年公開のSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を鑑賞した際に新しい事業アイディアを見つけた。
未来のとあるシーンで、登場人物がテレビに向かって鑑賞したい映画のタイトルを呼びかけると、その作品が映し出される。今で言う、オンデマンド配信だ。そのシーンを見た亀山は「レンタルビデオ屋はやがて無くなる。これからはコンテンツの時代だ」と思い立ち、レンタルビデオ事業からコンテンツ事業にピボットしたという。
ただ、この未来を予測するアプローチはタイミングを読み違えることもあるため、一定のリスクを抱える。予測自体は正しくとも、十分なユーザーがいなければビジネスとして成立しない。タイミングの見極め方は非常に重要なポイントなので後で詳しく触れる。

構造の変化は、社会的な「事件」によってもたらされることもある。
近年の歴史を紐解くと、1973年と1979年の二度のオイルショックは、省エネ製品の普及をもたらした。2011年の東日本大震災は、ソーシャルメディアの価値と危険性を再認識させ、防災やエネルギーに対する消費者の価値観を揺るがした。2019年後半に発生したSARS-CoV-2(いわゆる新型コロナウィルス)に起因する感染症も、世界中でデジタル化を後押しし、小売のあり方と働き方を変えている。
こうした突発的な構造変化点と同様に、政治、経済、社会、技術、法規制、環境に関する中長期的な変化を捉え、それを予測することも、アイディアを見つける一歩である(図1)。絶えず感覚を研ぎ澄まし、環境変化の「意味」を問い続けることを心がけてほしい。

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「この分野では誰よりも詳しい」と言い切れるか

本書籍を刊行するにあたり、多くの起業家にインタビューを行った。まず、全員の共通点として、自らが戦う事業領域において、誰よりも詳しくなるまで情報収集をしていたことを強調したい。

エウレカ創業者の赤坂はインタビューにて、米国のスタートアップ紹介ニュース(Techcrunch.com)をくまなく読み、常に新しい事業アイディアがないかを探していたと語っている。delyの堀江も同様だ。
これから起業を考えている読者のみなさんは、「この分野のことなら誰にも負けないぐらい詳しい」と胸を張って言えるレベルまで、情報を仕入れているだろうか?情報収集手段を図2にまとめたので、参考にしてほしい。

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自分一人でアイディアを探す必要はない

アイディアを見つける方法に絶対の正解はないが、情報収集・思考のプロセスを加速させる方法はある。それは、仲間とのブレインストーミングだ。起業のアイディアを社長自らが考えなくてはいけないというルールはない。
ビズリーチ(現ビジョナル。以下本書ではサービスリリース当時のことを書く場合は「ビズリーチ」と表記)の南は、週末や平日の仕事を終えてから、定期的にファミレスに集まり友人と起業のアイディアについて夜遅くまで議論していた。フリルの堀井も週末に新卒の同期3人と集まり、いくつものプロダクトを一緒に開発していた。BASEの鶴岡は、CAMPFIREの家入一真の下で働きながら、毎日ビジネスアイディアの壁打ちを行っていた。
起業は、自らの能力自慢ではない。
ときには、直接の競合になりえる先行企業の動きを丹念に観察して学ぶこと、極端に言えば、その指導を受けに行くことも忘れてはならない。
大半の場合、話を聞こうとしても断られるだろう。しかし、ときとして、話を丁寧に聞いてくれるどころか、むしろ支援してくれる奇特な事業家と出会うこともある。

社会課題を解決しようとする経営者、壮大なビジョンを持つ経営者にとって、将来の競合は、同じ志を持つ仲間でもある。むしろ、彼らがしたくてもできない、しようとしても株主や経営陣に反対されている、魅力的なアイディアを教えてくれるかもしれない。

ビズリーチの南は、LinkedInとの出会いからヒントを得た「ダイレクトリクルーティング」という日本にまだないビジネスモデルの可能性を見極めるため、創業時、米国で同様のモデルで急成長していたTheLadders.comの創業者にメールを送り、本社のあったニューヨークまで会いに行った。遠路はるばる日本から来た若者に心を動かされたその創業者は、事業立ち上げのヒントを事細かに語ってくれたそうだ。


起業家に原体験は必須ではない

「起業家には強烈な課題意識を生み出す原体験が必要だ」と言う起業家・投資家もいるが、原体験がなくても成功している人は山ほどいる。原体験がなければ起業ができないわけではないことも、ここで強調しておきたい。
Appleのスティーブ・ジョブズは、既存の市販パソコンの処理性能の低さに強い課題意識を持ち合わせていたわけではないだろう。Amazonのジェフ・ベゾスもリアル書店にいちユーザーとして不平不満を強く持っていたとは言い難い。原体験は、アイディアを見つける手段の1つにすぎない。

たしかに、原体験があるとより自分ごとで考えられるメリットがある。輸出入商社出身者であれば、貿易に関わるサービスで起業しやすいだろう。また、起業家自身が最初の顧客になれるので、その分プロダクト開発もしやすくなる。一方で、原体験にこだわりすぎると事業アイディアを見つける範囲が狭くなってしまうデメリットもある。輸出入商社出身者だからといって、「貿易以外のサービスを作ることができません」では困ってしまう。また、原体験自体がレアな場合、自分と同じように課題を感じている人が世の中に少なく、ビジネスとして成立しないケースもある。

どんなルートでアイディアを見つけたとしても、ビジネスに具現化する段階では、誰よりも詳しくなり、ユーザー目線で課題に向き合っていく必要がある。半年間徹底的に情報を追いかければ、原体験を持っていなくても、その分野で働く人と渡り合える知識を蓄えることはできるので心配は無用だ。
自分の原体験をベースに考える起業家もいれば、技術トレンドを見て事業機会を探る起業家もいれば、海外の先進事例を見て国内へローカライズを試みる起業家もいる。アイディアの見つけ方にはさまざまなタイプが存在する。
人生経験が短く、社会人経験がない学生起業家は、むしろ原体験の有無は気にしないことをお勧めする。

商売の「感覚」を身につけておく

起業家に原体験は必須ではない。一方で、欠かせないのが商売センスだ。ここでいう「商売センス」とは仕入れたものをどれくらいの手間をかけていくらで売り、結果としていくら稼げるのかという一連のプロセスに対する感覚のようなものだ。
heyの佐藤はECで中古のロードバイクを、サイタの有安はビックリマンシールをヤフオク!で販売し、商売の基本となる感覚を掴んだ。実家が自営業でなくとも、ヤフオク!やメルカリなどを通じて商売の基本を学ぶとよい。どういったモノが世の中で買われ、買われないか。仕入れてから販売するまでの間にどのくらい時間やコストがかかったのか。これらの感覚は、アイディアの着想の段階、そして生まれたアイディアの評価の段階で必ず役に立つ。

(同章「アイディアをどう評価するか」前半へ続く)

目次
はじめに
第一章 │ アイディアを見つける
第二章 │ 最初の仲間を集める
第三章 │ プロダクトを作り、ユーザー検証する
第四章 │ ユーザーを獲得する
第五章 │ 資金を調達する
第六章 │ 起業するということ
巻末特典 │ 起業家への直接アンケート

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