見出し画像

なぜ、米国は民間企業であるファーウェイを警戒するのか——『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』#2

国際関係は、政治の文脈でばかり語られてきたが、今、世界を動かすのはテクノロジーだ。テクノロジーを理解せずに国際政治は理解できないが、国際政治を理解せずにテクノロジーを語ることもできない時代となった。
ファーウェイ・TikTok・Facebookのリブラ構想など身近な事例からテクノロジーが世界に影響する「力学」を体系的に解き明かす新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』発売を記念して一部を特別公開する。(全5回)

A4パネル_デジテク_page-0001

第1章  デジタルテクノロジーの現代史

アメリカの貿易戦争や技術戦争とファーウェイの間にはあまり大きな関係性はありません。
ファーウェイ創業者兼CEO任正非とCNNとのインタビュー筆記録(2019年11月26日)より

なぜ、米国は民間企業であるファーウェイを警戒するのか

2018年8月は米中関係が変わる一つのターニングポイントとなった。米国が国防権限法(NDAA)により、米国政府及び政府機関と取引関係を持つサプライヤーについて、中国企業であるファーウェイ製品の社内システムでの利用を禁じたのだ。

2019年3月にはファーウェイ側がテキサス州連邦地方裁判所に国防権限法は違憲として提訴したが、2019年5月に米商務省は米国輸出管理規則(EAR)に基づくエンティティリストにファーウェイを指定した。これにより、ファーウェイに対して製品を販売・供給する場合は、許可が必要となる。エンティティリスト除外の許可が出ることは難しく、当該措置は事実上の禁輸措置と考えられる。この措置によりファーウェイは米国製の半導体などの使用が難しくなった。

ファーウェイは民間企業にすぎないが、中国で2017年に施行された国家情報法の規定や軍民融合の方針、そして中国共産党の指導が経営判断に優先する状況を鑑みて、中国政府の意を受けた諜報行為を通信ネットワーク上で行うのではないかと、米国などは考えている。

私は2019年に、たまたま英国・ロンドンのチャタムハウス(王立国際問題研究所)で開かれたサイバーセキュリティ関連のカンファレンスで、欧州のファーウェイのスタッフと英国政府のサイバーセキュリティ機関の人間が話している場に居合わせたことがある。ファーウェイ側は、「自分たちは純粋な民間企業である」と主張したが、政府機関側の主張は「今はそうかもしれない、でもそれはいつでも変わるだろう」というものであった。

ファーウェイは通信機器メーカーとして、世界シェア約30%を占めるトップ企業であり、次世代通信ネットワークである5Gの構築においてノキア(フィンランド)、エリクソン(スウェーデン)に並んで主要プレイヤーとされている。

2018年の同社アニュアルレポートによれば、売上7212億人民元(約11.6兆円)、純利益593億人民元(約9577億円)、従業員数18.8万人の巨大な未公開企業である。世界の182の通信キャリアと5Gの試験を行い、4万の5G基地局を出荷している。

ファーウェイはスマートフォンでもサムスン、アップルに伍する三強の一角を担っているが、米国政府の制裁により、グーグルはファーウェイに対してスマートフォンのOSであるアンドロイドのアップデートを停止している。アンドロイド自体はオープンソースなので使い続けられるが、ファーウェイはこのアップデート停止に伴い、付随するGmail、ユーチューブ、グーグルマップなどのグーグルの各種アプリを利用できないこととなった。またファーウェイの採用する半導体には、ソフトバンクが買収したことでも知られる英国半導体設計会社のアームの技術が使われているが、アームは2019年5月にファーウェイとの取引停止を発表した。

ファーウェイはWIPO(世界知的所有権機関)の特許協力条約(PCT)に基づく国際出願において2016年、2017年、2018年と3年連続世界第1位となっており、単独出願者による年間最大出願数の記録を保持している。また、1978年から2018年の間にPCT出願を行った累計数では、第1位である日本のパナソニックの3万4081件に続いて3万3899件の第2位となっている。特許は質が重要であることは言うまでもないが、一定以上の質があれば物量は競争力となる。この特許出願件数からもファーウェイのグローバルでの競争力の高さが理解できるだろう。

巨大企業であるとはいえ一民間企業であるファーウェイに、米国政府はなぜ厳しい制裁を課すのか。その背景には、国家の覇権に技術が影響を与えてきた歴史的経緯と、これまでの技術以上にデジタルテクノロジーが影響力を持つという予測があるからだろう。米国には、今後のデジタルテクノロジーの根幹を担う次世代通信ネットワーク5Gの設備全体を提供できる、ノキア、エリクソン、ファーウェイのような通信ネットワークを担う企業がない。米国に過去存在したルーセントテクノロジーズやカナダを代表する通信ネットワーク企業だったノーテルネットワークスは、すでに合併、あるいは清算された。

米国のシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)のジェームス・ルイス氏は北米から5Gを担う企業が消えた理由を、外部による技術盗用だとしている。同氏は「ファーウェイは産業スパイの実績があり、ノーテルネットワークスの経営破綻の一因は、ファーウェイによる技術の盗用とコピーにある」と述べた。ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌によれば2004年にはノーテルのCEOだったフランク・ダンをはじめとした経営幹部のアカウントがハッキングにより侵入され、研究開発、設計に関わる大量の機密文書ファイルが中国のIPアドレスに送られたという。また、ファーウェイはノーテルの5G技術者を約20人採用し、現在のファーウェイのワイヤレス事業最高技術責任者のウェン・トンもそのうちの一人だったと同誌は報じている。一方、ファーウェイ側はノーテルへのハッキングへの関与、情報の受領などのすべての行為を明確に否定している。

2020年6月、5Gネットワークを手に入れるために、トランプ政権がスウェーデンのエリクソンやフィンランドのノキアの買収について民間の通信会社やプライベートエクイティファンドと議論をしていると報道された。この議論からは、必要な技術を獲得しようとする米国側の強い意向が垣間見える。米国は安全保障の枠組みにおいて、非友好国からの買収や資本参加、技術流出を規制によって妨げる一方で、友好国の企業を買収できないか探っているのだ。テクノロジー覇権を守るためになりふり構わない米国の姿がそこにある。

(歴史は繰り返す——『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』#3 へ続く)

A4パネル_デジテク_page-0001

【目次】
はじめに 覇権としてのデジタルテクノロジー
第1章 デジタルテクノロジーの現代史
第2章 ハイブリッド戦争とサイバー攻撃
第3章 デジタルテクノロジーと権威主義国家
第4章 国家がプラットフォーマーに嫉妬する日
第5章 デジタル通貨と国家の攻防
最終章 日本はどの未来を選ぶのか