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アイディアをどう評価するか——STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか#3

『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』は、17人の起業家たちへの直接インタビューから作成した26のケーススタディを収録。体系化された「知識」と、生々しい「実践」の往復によって、起業の定石を浮き彫りにする1冊です。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やすことを目指しています。


第一章| アイディアを見つける

アイディアをどう評価するか

いいアイディアとはなにか

どんなプロセスを経て生まれたアイディアであれ、必ずぶつかるのが実現性の壁だ。壁を乗り越えたアイディアは晴れて事業となり、乗り越えられないアイディアは墓場行きとなる。何が両者を分けるのか。
「そのアイディアが正しいか」を評価するのは難しい。しかし、いくつかの指針はある。 
シード期(創業初期)の起業家に投資するアクセラレータプログラム「Code Republic」では、以下の5つの基準をアイディア評価の出発点としている。

1|誰の何の課題を解決しているのか(ターゲット顧客は誰か。どうニーズを満たし、ペインポイントを解決するのか)
2| スケールできるのか(十分な市場規模があり、大きな事業規模を見込めるのか)
3|既存のサービスに置き換わる新しいサービスか(差別化、競争優位性があるのか)
4|ビジネスとして成立するのか(収支が合うか。KSFを理解できているか)
5|数年後により多くの人に使われるサービスか(将来性があるのか)

⑴誰の何の課題を解決しているのか

ターゲット、ニーズ、ペインポイントを明確にしよう。それぞれが精緻に言語化され、第三者がそれを聞いただけで鮮やかに想像できる状態が望ましい。
ターゲットは「誰」なのか。「20代男性」といったざっくりとした想定顧客をイメージするのではなく、シンプルに、一人のユーザーを見つけてくることから始めよう。頭の中で妄想を膨らませるよりも、実在するユーザーの課題に寄り添うほうが、アイディアの実現確度ははるかに高いからだ。

ターゲットの考えを理解する過程で、どのようなニーズを持っているか、どのようなペインポイントに苛まれているかをどんどん深掘りしよう。そして、自分のアイディアがそのユーザーの課題を根本的に解決できているかを評価しよう。

顧客ヒアリングは、浅いものをたくさん重ねるよりも、少数でも、顧客の実態に踏み込んだ深いヒアリングをするほうがよい。その顧客の思いを自分が感じ取れるようになるほど深く聞き込むことで、顧客の視点を自分のものにできる。C向け(Consumer[=消費者]向けの略。逆がB[Business=法人顧客]向け)のサービスであれば、平日・休日の過ごし方だったり、普段スマホで何をしているか、といった顧客の実態を具体化することで、どういう状況で自身のアイディアが利用されるかが見えるようになる。


顧客の視点から見て、目の前にある課題をどうやって解決したいのか。どうして未解決なのか。この段階ではサービス提供者の視点を捨てて、顧客側からプロダクトやサービスのあるべき姿を考えることが決定的に重要となる。
アイディアについて、下記の質問項目に対して具体的に回答できるのが望ましい。起業家自身が、ユーザーが利用する理由を把握できない状況を放置してはいけない。

• 誰がそのサービスを使うのか?(実在する人物を思い浮かべること)
• なぜ、使ってくれる/使ってくれたのか?
 - どういう課題があったのか?
 - どうやって課題を解決したのか?
 - どういうシーンで利用してくれるのか?
 - 今まで、その課題をどうやって解決していたのか?
• 次回(明日)以降も使い続けてくれるのか?

Y Combinatorの創業者であるポール・グラハムも、スタートアップに対して「スケールしないことをしよう(原文:Do things that don’t scale)」とアドバイスしている。とにかく、まず目の前の一人のユーザーに向き合うこと、具体的な一人のユーザーを見つけることが大切だ。その土台の上でのみ、スケールできる事業が生まれる。

⑵スケールできるのか

一人のユーザーが継続して使ってくれる状況を作れたら、いよいよ次はスケールできるのかをチェックしなくてはならない。
スケールは、市場規模から導き出される。

市場規模とは、顧客が「解決できる課題に払う金額」の総和だ。
当たり前だが、ターゲット市場が大きいほど競合の数は多く、小さい市場では競合の数も少ない。大きい市場でシェアを1%取りに行くのか、小さい市場で60%のシェアを取って寡占するのか。「最終的に獲得可能な事業規模はどれくらいの大きさなのか」が、アイディアを評価する段階では重要になる。

スタートアップに投資する立場からすると、大きいほうが当然望ましい。市場構造は絶えず変化しているため、構造の変化を先読みし、他社に先駆けて未来の市場構造に適した事業を作り出せる企業が、結果的に大きく事業をスケールさせる。

ラクスルの松本はオンライン印刷事業を立ち上げる前に、クラウドソーシング事業、リネンサプライ事業も同時に検討していたが、最終的に一番市場規模が大きい印刷市場を選んだ。また、印刷市場を選んだ理由として、オンライン市場はこれから成長が見込めるにもかかわらず、競合が少ない点に着目していた。
十分な市場規模があり、オンラインセグメントの成長が見込め、かつ競合が少ない。市場選定の段階で、有利な状況を作れていた。
市場選定で陥りやすい罠がいくつかあるので、ここで紹介したい。

1|対価不発(課題は感じているが、本気で金を払う人が一人もいない。例:温暖化対策、フードロス)
2|細分化不足(サービスが存在する市場は巨大だが、当該サービスが解決しているセグメントが極端に小さい)

ラクスルが参入した印刷市場は、出荷額ベースで5兆円以上ある巨大市場だ。その巨大市場に、ラクスルはまず印刷会社の価格比較メディアを立ち上げて参入した。後日、ラクスルはこの事業から撤退し、オンラインで顧客から自らオーダーを受注し、ラクスルが印刷所に発注したのち、印刷会社から顧客に印刷物を納品する印刷EC事業へとピボットした。
印刷比較メディア事業は、「印刷会社の広告宣伝費」がラクスルが狙う市場規模になる。それに対し、印刷EC事業は「印刷物の出荷額」というより大きな市場を狙うことができる。このように、同じ印刷市場でも、その市場のバリューチェーンや顧客セグメントのどこに参入するかによって、市場の大きさはまったく変わってくる。

前節で「スケールしないことをしよう」というポール・グラハムのアドバイスを紹介したが、それはあくまでも起業の第一歩における話だ。いつまでもスケールできなければ、個人商店で終わってしまう。
「スケールできるか」という問いは、次のように分解できる。

• ターゲットとしている市場はそれなりの規模があるか
• そのサービスを一定規模以上の事業に成長させる(シェアを獲得する)ことができるか
• その成長を中長期的に継続させることができるか(将来発生するリソース不足を解決可能 か。例:マニュアル化、多店舗展開、自動化)
• ある程度の成長を実現したのち、新しい市場に参入できるか

大きな市場を選定するだけでは十分ではない。どれだけの規模まで成長可能かを、事業の特性を見極めて慎重に評価しなくてはならない。

たとえば、高度に熟練した職人が製品の生産に不可欠な場合は、職人の採用や育成が制約となり、短期間で事業を成長させることは難しくなる。
マッキンゼーは、かつて経験豊富なシニアプロフェッショナル人材でなければコンサルティングを提供できない労働集約型のビジネスモデルだったため、採用の難しさがスケールの制約となった。そこで、MBAを取得したばかりの若手でもシニアと同じレベルのレポートが納品できるよう、経験則に頼らないファクトベースのコンサルティングに転換した。人材不足という制約を、成果物の標準化によって解消したのだ。

ほかにも、製品に必要な原材料が大量に入手できない、あるいは製品の販路が限られるがゆえに一定数以上の顧客に拡販できないなどの状況も同様だ。逆に言えば、その制約を解消するアイディアがあればそれだけで勝負ができる。
たとえば、レアジョブは従来の物理的なスクール型英会話教室をオンライン上で展開した。オンラインで場所の制約を受けなくなったためフィリピン人の講師を大量に雇用することが可能になり、教室の場所不足と人材不足という制約を一挙に両方解決することに成功した。
このように、事業モデルの特性や、テクノロジー、ユニークなパートナーシップでボトルネックを解消することができるかが、スケールできるアイディアとできないアイディアを分けることとなる。

⑶既存のサービスに置き換わる新しいサービスか

第三に、ターゲット顧客が現在どのような代替手段を用いているのかを考える。
もし強いニーズがあるとしても、そのニーズがすでに代替手段によって満たされているとすれば、事業アイディアとしてのポテンシャルは低い。たとえば、「空飛ぶ車」という新しいアイディアを思いついたとして、それは自転車・電車・飛行機など既存の交通手段を置き換えるほどに顧客が求めるものだろうか。

よくある間違いだが、「代替手段はまだ存在しない」と短絡的に結論付けてしまわないように気をつけたい。ほとんどの場合、顧客は代替手段をすでに用いている。ニーズが強ければ強いほど、代替手段が存在しないことは考えづらい。その代替手段と比較して、自分のアイディアは圧倒的に優れた顧客体験を届けることができるだろうか。そしてその顧客体験は、代替手段がいかに改善しようが、競合相手がいかに真似しようが、追い付くことのできないものだろうか。

理想は、一度利用すると昔の手段に戻れないほどの顧客体験を提供することだ。わかりやすい例がSuicaだろう。Suicaがほとんどの人に利用されるようになって久しいが、もはや、出発ギリギリの時間に券売機に並び小銭を財布から出して切符を買うという行動には誰も戻れなくなった。
メルカリやフリルはスマホに特化したUI/UXで、誰でも簡単に商品を出品できるようにすることで、ヤフオク!にはない圧倒的な利便性を提供した。無数に消えていった類似サービスにはない明確な便益があった。
既存サービスに満足している顧客に新たなサービスへの乗り換えを促すのは思いのほか難しい。Suicaやメルカリのように、顧客体験を圧倒的に改善しないかぎり、顧客が行動を変えることはない。

代替手段との差別化を考える上で、価格を下げる戦略は、ときに危険なので気をつけたい。価格はビジネス戦略上、もっとも簡単に操作できる変数であり、競合も簡単に追随可能である。初めから価格を差別化要因にすると、大企業をはじめとする資金力のある競合にいとも簡単に捻り潰されてしまう可能性が高いことは予め認識しておこう。

(同章「アイディアをどう評価するか」後半へ続く)

目次
はじめに
第一章 │ アイディアを見つける
第二章 │ 最初の仲間を集める
第三章 │ プロダクトを作り、ユーザー検証する
第四章 │ ユーザーを獲得する
第五章 │ 資金を調達する
第六章 │ 起業するということ
巻末特典 │ 起業家への直接アンケート─491

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