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日本人は起業より「社内起業」が向いている——新規事業の実践論#2

リクルートホールディングスの新規事業開発室長として1500の事業を支援し、自らも起業した著者が膨大な失敗と成功の末に掴んだ新規事業の「超具体的方法論」とは。『新規事業の実践論』の一部を特別に公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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第1章 日本人は起業より「社内起業」が向いている

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なぜ、投資は増えているのに起業家が増えないのか

「スタートアップ企業の資金調達額が過去最高に上った」というニュースが日々メディアを賑わせています。起業家がキラキラとした姿で取材に応えるシーンが増え、一昔前は「ドロップアウト」と言われた「大企業の優秀な人材のスタートアップ企業への転職」も、かなり一般的になってきました。
社会にイノベーションを生み出すためには、スタートアップ企業の盛り上がりは必要不可欠ですから、昨今の「起業家礼賛」に異論があるわけではありません。ただ、日本社会においても、そして日本企業の現場で働く1人ひとりの生き方の上でも、もっとも必要なのは、じつは「起業」ではなく「社内起業」を盛んにすることなのではないでしょうか。数々の新規事業を経験し、いまも同時に起業家と社内起業家の立場をとる中で、強くそう思います。
なぜなら、日本がイノベーションを継続的に生み出すためには「社内起業」という形がもっとも合っているからです。

たとえば、シリコンバレーを擁するアメリカ経済では、イノベーションを担う主要アクターはスタートアップ企業、つまり起業家です。ベンチャーキャピタルがスタートアップ企業に投資をする一方で、既存の大企業がスタートアップ企業を買収して取り込むことでより本格的な社会実装へとつなげていきます。
一方で、中国のように「政府主導型」で成果を上げるイノベーション創出の仕組みも存在します。「アメリカのシリコンバレーよりも深?の方が先進的である」という言葉を昨今よく聞くようになりました。テンセント、アリババの時価総額はいまやFacebookやGoogleを擁するアルファベットに迫る勢いですが、これは中国政府が「政府ぐるみ」でインターネット産業の特定の企業を保護し、育成した成果です。
それでは、日本社会で成果が上がるイノベーションの仕組みはどちらでしょうか。アメリカのようなスタートアップ企業中心の仕組みか、中国のような政府主導型なのか。
私はそのどちらでもない、日本ならではのイノベーション創出の仕組みができるはずだと考えています。そして、その中心にいるのは、スタートアップ企業でも政府でもなく、大企業なのです。

民主主義かつ資本主義の国である日本では、政治構造的に、共産主義である中国ほどの政府主導型の仕組みは難しい。
だからと言って、日本ではアメリカのようにスタートアップ企業をイノベーション創出の中心に据えることも非現実的でしょう。日本には、アメリカほど「起業家が増えない」構造的理由があるからです。
たしかに昨今、日本のスタートアップ企業を取り巻くエコシステムは盛り上がってきています。2018年にはスタートアップ企業の資金調達額は3848億円に上り、2012年の638億円と比較してここ6年で6倍に急成長しています(図1-1)。

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しかし、ご存じでしょうか。2012年に1060社だった資金調達の「社数」は、2018年に1368社までしか伸びておらず、2017年の1619社から2018年にかけては減少すらしているのです(図1-2)。

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大量の資金が流入しているにもかかわらず、それと比例して起業家が増えない。なぜか。
理由は大変シンプルで、アメリカと比べて日本の労働者は手厚く守られているからです。日本の優秀なサラリーマンは、どんなにスタートアップ企業を取り巻くエコシステムに資金が流れても、会社をやめてまで起業をしないのです。
アメリカ社会では、企業が簡単に解雇することができる。だから社員は自律的にキャリアを考えざるをえないし、転職もすれば、起業だってする。そんな「いまいる組織を簡単にやめる」構造の中で資金が流入するので、比例して起業家が増える。絶対数が増えれば起業家のレベルが上がり、より革新的なイノベーションが生まれ、強固なエコシステムができていく。
それと比べ、労働者が強く守られている日本社会では、同じようにはいきません。アメリカと同じ考え方で起業家を増やすのはどだい無理なのです。

では、労働者を守る社会の仕組みはイノベーションにとって害悪なのか。そんなことはありません。「簡単にやめさせられない」ということは、「どれだけ失敗しても生活が揺らがない」とも言えます。生活が揺らがないからこそ進んでリスクを取ることができる。本来、それがイノベーションを加速させる社会デザインであってしかるべきなのです。

私はこれまで2000件の新規事業案の創出に関わる中で、たくさんの素晴らしい社内起業家の方たちに出会ってきました。ひとたび火のついた社内起業家が、日本社会において起業家よりも力強く社会変革を推進するシーンも目の当たりにしてきました。そう、「起業家よりも力強く」です。大企業の名前、信用力、持っている販売チャネルや社会的なつながりが、この国で社会を変えるのにいかに有効なことか。

いまの社会システムに大きく影響しない「先進産業領域で完結するテクノロジー分野」のイノベーションであれば、スピードやリスクを取れるスタートアップ企業が有利かもしれません。しかし、ひとたび社会に深く根を張ったシステムを変革しようとすると、日本においては大企業が圧倒的な力を発揮します。
たとえばブロックチェーンや仮想通貨の分野であれば、それが「小さな新興産業」のくくりのうちはスタートアップ企業が強いのですが、ひとたび「いまある金融の仕組みの変革」という次元にまで達すれば、銀行や証券会社などの既存の大企業の力なくしては本当の社会実装までたどり着けません。

労働者が手厚く守られ、政府でもスタートアップ企業でもなく大企業が社会システムの中心である日本社会においては、「大企業の中からイノベーションが生まれる」仕組みを作るしかない。スタートアップ企業を中心に据えるアメリカ型でも、政府主導の中国型でもなく、日本ならではのイノベーション創出の仕組みは、大企業のサラリーマンを中心としたものであるはずなのです。そして、それは実際に実現可能です。

日本のサラリーマンは驚くほど優秀だ

すべての既存事業は、新興産業から破壊されていく宿命にあります。かつて「写真フィルムの巨人」として君臨したコダックは倒産し、当時同じ業態だった富士フイルムは、化粧品・医薬品・再生医療の会社へと変化することで、現在も巨大企業として繁栄を続けています。変わりゆく時代の中で変わらずに栄え続けるためには、自らの核となるビジネスモデルを否定し、業態を変え続ける仕組みやDNAを内部に持たなくてはなりません。その変革にもっとも効くのが、新規事業開発です。
ただ、「新規事業が中長期の経営において重要だ」なんてことは、昔からずっと言われていました。
2019年7月、現在時価総額が3000億円以上の日本の大企業369社の中で、中期経営計画を策定している企業は311社。その中の94・2%にあたる293社が中長期で取り組むべき重点テーマとして「新規事業」を掲げています(アルファドライブ調べ)。多くの経営者が認識はしているし、意志も持っています。でも「昨今の日本企業からはイノベーションが生まれていない」と言われて久しい。経営者が重要性を認識していて、中期経営計画にも織り込んでいるのに、なぜ日本企業は新規事業を生み出すことができないのでしょうか。

じつは、日本企業がイノベーションを生めなくなった、もしくは「生めなくなったように見える」のはたった20?30年ほどの話です。世界を制したソニーのウォークマンが発売されたのは1979年ですが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった1980年代までは、家電にせよクルマにせよ、日本製品こそが世界でもっともイノベーティブだった時代がありました。
かつては中から生み出せていたイノベーションが、いまはなぜ生めなくなったのか。その理由は、私が思うに、単に「社内で新規事業をやらなくなったから」という大変シンプルなものです。もう少し言えば、社内の新規事業に「投資をしなくなったから」です。
バブル崩壊、失われた10年、リーマンショックなどに襲われ、短期利益が上がる既存事業へと集中せざるをえなかった時代が長かった。新規事業だけでなく、中長期を見据えた取り組みがやりにくかったことはたしかでしょう。ただ、アベノミクスを経て、企業の業績は過去最高レベルまで回復しています。

では、ようやく投資余力を回復した日本企業の経営者が、かつてイノベーションを生み出していた時代と同じく社内の新規事業への投資を再開したかといえば、そうは見えません。
そのかわりに、ここ数年、大企業の「イノベーション活動」は盛んになってきています。大企業がスタートアップ企業へ投資するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)。スタートアップ企業との協働プロジェクトを推進するスタートアップ・アクセラレーションプログラム。スタートアップ企業に限らず、社外の多様な人たちと事業開発をするオープンイノベーション。
いずれも、業績に余力ができ「さあ、新規事業だ」というモードに入った大企業が始めている「新規事業開発」のための取り組みです。ただ、私はそれらの取り組みにとても大きな違和感があります。すべて「外」と組もうとしているからです。

この数年、業績に余力が出た日本の大企業が、50億、100億、200億という巨大規模の投資ファンド(CVC)を組成するニュースをいくつも目にするようになりました。デジタルトランスフォーメーションの名の下に、AIテクノロジー企業に数百億円単位の「外注予算」が支払われているシーンもたくさん見かけるようになりました。でも、同じ規模の予算を自らの社員が生み出す、自らの社内新規事業プロジェクトへと投資している企業を見たことがありません。イノベーションを生めなくなったのではなく、生むための期待を社内にかけていないだけなのです。

いま、投資余力を持った大企業が本来すべきことは自らの社員への、そして社内プロジェクトへの新規事業投資です。それこそがかつてウォークマンの時代に成果を上げてきた日本企業ならではの、イノベーション創出の「一丁目一番地」のはずです。しかし、多くの企業経営者や新規事業を管轄するイノベーション担当役員と議論をすると、「うちの社員にはイノベーションを生めるやつがいない」「才能ある人材がいない」「だから外に頼るしかない」と言われることが一度や二度ではありません。
いない?ちょっと待ってください。だって、いないわけがないじゃないですか。かつて世界を制していた時代の日本から今日までたった20?30年しか経っていないのだから、事業を立ち上げる力が一気に失われるわけがない。そして、いまも多くのサラリーマンの人たちと一緒に新規事業を生み出す私の感覚で言えば、「こんなにも優秀なサラリーマンがいるのか!」という驚きすら覚えるほどに、日本企業の現場には才能もやる気も能力もある人材がたくさん存在します。

私の働いたリクルートという会社は、1989年にリクルート事件で創業者が逮捕され、2005年に至るまで、1兆円を超える莫大な借金の返済のために、一切の新規事業投資ができなかった「暗黒の時代」がありました。
私が新卒でリクルートに入社を決めた理由の1つが「2005年で借金の返済が終わる。2006年からは、10年以上返済に充ててきた膨大なキャッシュフローを、すべて新規事業投資にまわして再成長を図る。そのための人材を採用する」という謳い文句でした。
入社後、私が働いた2006?2018年までの12年間にリクルートの中で起きたことは、まさにそのとき採用担当が私に話してくれたとおりでした。大量の新規事業プロジェクトが現場から生み出され、莫大な金額が投資され、私もその流れの中で新規事業を立ち上げ子会社を作りました。

新規事業は「せんみつ」、つまり「1000個のうち成功するのは3つ」と言われますが、まさにリクルートでは1000単位のプロジェクトがそこかしこで生み出されていました。ほとんどのプロジェクトは失敗するものの、その失敗を次につなげる形でまた1000単位の新規事業プロジェクトが生み出される。買収や提携等の「飛び道具」とも連動させながらイノベーションを連続的に生み出すことで、その中のいくつかが時代を捉え、リクルートの業態を変革、進化させていきました。そしてついには今日の「時価総額は6兆円(全日本企業の中で10?15位)」「社員数4万5000人」というすさまじい巨大企業になるまで事業を拡大させました。
この12年間にリクルートの中で起きたことは、イノベーションを作る上で本当に素晴らしい事例だったと私は思っているのですが、その最大のポイントは、借金を返し終わってキャッシュフローに余裕ができた瞬間から、社内の新規事業に、大量の投資をし続けたこと。やるべきことを、やっただけ。それだけだったと思っています。

よく、「リクルートは新規事業が特別得意な会社だから」と言われます。だけど、いまや超大企業となってしまったリクルートの現場のサラリーマンが、他の多くの大企業と圧倒的に違うかといえば、きっとそんなことはありません。
いま、私が創業したアルファドライブでは、多くの日本企業の現場のみなさんと一緒に新規事業プロジェクトを立ち上げています。その経験も踏まえて確信するのは、新規事業が生み出せるかどうかは、新規事業をやったかどうか、そこに投資をし続けたかどうか、それだけだということです。

もちろん、単に投資だけすればうまくいくわけではありません。ただ、適切な投資がされていない事実を見落として苦手意識を持ってしまっているのだとしたら、あまりにもったいない。
すべての日本企業はイノベーションを生み出す会社になりえます。
第2章からは、その具体的な方法論をお伝えしていきましょう。 

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はじめに どんなふつうのサラリーマンも、必ず「社内起業家」になれる
第1章 日本人は起業より「社内起業」が向いている
第2章「社内起業家」へと覚醒するWILL(意志)のつくり方
第3章 最初にして最大の課題「創業メンバーの選び方」
第4章 立ち上げ前に必ず知るべき新規事業「6つのステージ」
第5章 新規事業の立ち上げ方(ENTRY期?MVP期)
第6章 新規事業の立ち上げ方(SEED期)
第7章 「社内会議という魔物」を攻略する
第8章 経営陣がするべきこと、してはいけないこと
最終章 「社内起業家」として生きるということ