11月11日

どうして、とか、なんで、とか、世の中に対しても周りのひとたちに対しても思うことが日に日に多く、自分の感覚や思考は世間一般を大きくみたとき、そこからはやっぱりどうやらズレているのだという自覚を日々深めている。どうして、とか、なんで、を押し付けた瞬間に関係性はそれ以上進まないどころか大きく後退するということを確信しているのでそれだけはするまいと肝に命じているけれど、それにしても。

今年こそはスタンダードな綺麗目のコートを買おうと思っていたのに結局オーバーサイズのミリタリーコートを買ってしまう。服を久しぶりに買った。阿佐ヶ谷にJudeeという古着屋さんがあり、たぶん2年前くらいに友達が教えてくれた他の古着屋さんに行くためにめずしく阿佐ヶ谷という街に降り立ち、そのときにたまたま通りかかってその名前をみて迷わず店の扉を開いた。そのときはトリコロールのピアスを買い、お会計のときに尋ねたらお店の名前はやっぱりJudee Sillからとったものだった。そうしてきのうコートを買ったあとに「何年か前にピアスを買いました」と言ったらお兄さんが「もしかしてJudee Sillの話ししました、、?」と言うので心底驚き感心した。だけどわたしもお店に来てくれたお客さんとの会話や顔は意外と覚えているし、そういうものなのかもしれない。アウターがなくて困っていたので気に入るものが買えて良かった。阿佐ヶ谷は遠いのでなかなか行くことはないだろうけれどまたそのうちに。

今朝は猫たちの鳴き叫ぶ声で目が覚めた。この間発情期なのだろうかと書いたけれどどうやら喧嘩だった。家のこっちでもあっちでも大規模な工事が行われており、しばらくは騒々しいのだろうと思うと憂鬱。音にも慣れるのだろうか。

キッチンの窓から見えるマンションの隣の駐車場のそのまた隣の大きな開けたスペースにとても大きな柿の木があり、恐らく実を採るための立派な足場が組まれている。引っ越してきたときにはそれはそれは沢山の実がなっていて、おじさんやおばさんが木の周辺をうろうろし長い挟みを使ってちまちま収穫する様子などをときどき盗み見ていたけれど、もうすっかり実がなくなっている。田舎暮らしだったらきっとお裾分けに与れたのになと思いながらわたしはスーパーで柿を買う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?