AIのClaudeと会話してその題で書いた。第一回。金沢到着編。

『me:「旅行ライター/ブロガー 旅行記録や現地の文化、地理的特徴などをブログや雑誌にまとめる仕事です。ひとりでペースを決められ、数学的要素は少ないでしょう。」ちょっと気になりました。ここでなにか題を言ってください。少し書いてみます。自分の独創的すぎてレポートがエッセイぽくなる話し方や文章の書き方をどのくらい活かせるか気になります。
Claude:分かりました。では、あなたの文章力を存分に発揮できるような題材を出させていただきます。
「旅先での出会いから感じた、その土地の文化や人々の生き方」
この題材でお願いできますでしょうか。旅行記録や地元の文化を描写するだけでなく、そこで感じた発見や洞察、人々との交流から得た気づきなどを、あなたの独自の視点で自由に綴っていただけたらと思います。
地理的特徴や観光名所の解説だけでなく、その土地の人々の生き方や価値観、あなた自身が受けた印象などを、エッセイ的な文体で表現してみてください。固くならず自由な発想で、思うがままに文字にしてみてくださいね。どんな風に書けるか、楽しみにしています。』
まぁ、この前にも色々とやり取りはあったわけだが。一応書いてみる。

旅先での出会いから感じた、その土地の文化や人々の生き方
まさかこの題がくるなんて、夢にも思わなかった。
旅に正直人の倍程度は行く。というかよく言ってた。
親に連れられてだけど。マザコンとか言われる若造になったけど、その何が悪いんだ。寄生していくか自立するか二択だ。

そんな私も今は東京に下宿生活。母に誘われて金沢に行くことになった。

久しぶりの新幹線だ。新幹線の高架から私の地元が見えるし、何より東京駅から乗れる。その旅情を楽しみにしている自分が居る。

随分前に旧友から東京駅100周年記念スイカをもらった。家族ぐるみの付き合いだ。私自身はあまり関わってなく数年前に会ったっきりだが、その人とその親は私が鉄道が好きであることを知ってたようだ。記念スイカはいつの間にか私の実家にあった。そしてTwitterで何気なく知った投稿をきっかけに私は記念スイカを東京に使いに行った。そして目標は下宿先から東京駅まで行くこと。

千代田線二重橋駅で降りる。出口が一瞬わからなくなる。行幸地下通路?閑散としている。いや私と同じ誕生日の東京駅を久々に見れずに地下を突き進んでどうする!とわたしは地上に上がった。そして光が差し込む。でた左記は皇居の真ん前だった。私は軽く皇居に向かって一礼すると、横断歩道をわたり、大きい広場のような中央分離帯を丸の内オフィス街を見つつ東京駅を記念スイカと一緒に撮影する。しかし思いの外、この超広角レンズは全体を映すものだ。東京駅って横幅が東京タワーより+2メートルもあるのに。

さて、丸の内のドームも見る。南口に入ると荘厳な内装のドームがお出迎えだ。ここに来たら必ず撮っている。

そうこうしてると新幹線の出発が近づく、地元を通過する便だがそれもまた一興である。人がどこもとても混んでいる。土曜日だからなのか、東海道も東日本行きも混んでいる。私は北陸路を歩むことにする。事前にえきねっとでチケットレス予約しといてよかった...そう思った。

ホームに出る。新幹線がすでにプラットフォームに止まってる。
自分の席のある号車まで歩く。途中に駅弁屋がある。ホーム上に駅弁屋があるか、何か買ってくか。
店内には所狭しと駅弁が並んでいる。少し居心地が窮屈である。
牛肉とすき焼きの弁当を頼んだ。
「奇跡の七分間」と呼ばれる新幹線の清掃が終わる。グリーン車の手前から乗り込む。どうやら遅れてるらしい。これから北陸に向かうとワクワクしながら暫し待つ。
。駅発車すぐ動画を撮る。飛行機に乗ると窓に向かいカメラを構えるのと同じように。離陸の動画に曲が流れて和訳動画というのを前に見た。それが私の琴線を触れたのだ。そのようなものを撮ってみたいと思いつつ。

道中、久しぶりの北陸路に写真を何枚撮ったろうか。高崎通過後すぐ碓氷峠ヲ抜けるトンネルに入る。ここでしばし耳に痛みを覚える。トンネルを抜けると軽井沢。前も訪れたが冬も良いのだろうか、きっとそうだと日本の冬の素晴らしさと過酷さに心惹かれる。しかし自分なんかが行ったり住んだりしても物理的に骨が折れるだけであろう。

長野を発車し、同じ発音の永野という芸人を連想する。なぜかそれがツボってしまう。

長野県は山、山、山、そして自然ときれいな空。そしてあと数十キロ行くときときとの海産物と山と海、そして能登、金沢、温泉郷。東京近辺にも温泉や山や自然、しかも巨大都市がある。そんな2つの地域を結ぶ北陸新幹線は最高か?と思った。指定席一万円だもん。安いよね。数ヶ月おきに通えるわ。

その後は長大トンネル。いつの間にか飯山と上越妙高を通過してたらしい。
糸魚沢の海が見えた。そして火災から復興された町並みも。翡翠の街。やはり海が他の日本海地域より荒々しくないように見える。
宇奈月温泉、母の地元に最も近い新幹線駅だ。数年前にここに来た...が今回は通過である。そういや母は富山の実家に行ったのだろうか?
ここらへんでいい加減買った弁当を食べよう。私はチルな音楽に惑わされつつ快楽感じつつここまで来てしまったいい加減現実に戻らねば。
牛肉弁当は...普通に美味かった。思ったより食べるのに時間がかかったのか時間との勝負だった。これで1500円はボリューミーだぞ?2人分?って思ったわ。
富山につく。何度も訪れている。富山の母実家とセットで。なので気分転換に母は金沢を勧めたのだろう。私もまともに金沢の街を歩いた記憶がない。
せっかくなので車内から海と立山連峰を撮る。富山といえばやはりこれなのですよ。富山市は何度も訪れているからこそ分かるが、街がコンパクトなのだ。大都市ではないから住みやすそうではある。同じコンパクトシティの福岡市や札幌市とも迷うが...。

さて金沢に着く。ホームに降りる。数日後にはここから福井県の敦賀まで新幹線で行けるようになる。ホームの先端に写真を撮りに行く。ちょうど特急が大阪に向けて動いていた。そして隣のホームには富山行きのシャトル列車だ。私は一通り撮り終えるとコンコースに向かう。

金沢の空気を少し感じたが東京もよく、もちろんこちらもよい。
コンコースから改札に出る。金沢へようこそ。横断幕が貼ってある。
もてなしドームと鼓門を通り抜けると金沢の寒くも気持ちいい空気があり、たまたま空いてたベンチで少し休憩することにした。

ここからは宛のない旅みたいなものである。計画を建てようと思ってる自分とぶらぶらしたいと思ってる自分が居る。心が2つある。
さて、どこに行こう。観光地を調べつつバスを待つ。せっかくだからなにか体験がしたい。と思いつつも自分は21世紀美術館行きの市内観光バスの列に並んでいた。とりあえず来たから乗るかとバスに飛び乗った。今は便利な時代でスマホ1台あればタッチするだけで交通機関に乗れる。原始人でも多分乗れる。
さて、乗ってしまった。迷いなく一番前の座席に座りカメラを構える。動き出して数分まで動画を撮る。
どうやら気になって調べていた金箔ソフトクリームの店の近くをこのバスは通るらしい。行くことにした。
着いた。多くの人が降りる。自分も降りてみる。
景色がええ。川沿いに歴史の町並み、これは人が大勢来るわけだ。
また観光地とやはりされており、裏路地は装飾はされていなかった。初めての来訪で裏をぶらつくとはコレ如何に。
このひがし茶屋街はどうやら300年とか?前からあるらしい。昔の地図があった。
目的の金箔ソフトクリームへ行く。入って頼むと、ソフトクリームにそのまま金箔を貼り付けるらしい。もちろん食用である。実演してくれると聴いたので私は思わず動画を撮っていた。気分はまるでタレントかYouTuberである。そのまま自席に運ぶ。おとさないように運ぶ。階段が急である。どうにか三階の自席につく。頬張る。冷たいがうまい。笑顔が溢れ出た。口の思いもよらないところに金箔が着いていたのだから。

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