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映画『窓ぎわのトットちゃん』に見る、子どもの目を通した戦争

 早めに劇場で観なければと思いつつも、貧乏暇ナシの低級ライター故、公開第一週は足を運べず、やや遅れて鑑賞した映画『窓ぎわのトットちゃん』。12月22日以降は『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』が封切られ、上映回数を含めて規模が縮小されるだろうと思ったので、急いで観に行った次第(皮肉なことに『劇場版 SPY×FAMILY』も『トットちゃん』と同じ東宝配給作品だ)。
 黒柳徹子が自身の幼少時を書いた自伝を原作として、シンエイ動画の制作でアニメ映画化。自伝は『窓ぎわのトットちゃん』のタイトルで1981年に講談社から発売され、ベストセラーになってからは映画、テレビドラマ、舞台化など様々な誘いが黒柳のもとに来たそうだが、メディア化は全部断っていたとのこと。近年になり「映画ぐらいにはした方が良いかも」と心境の変化があった所に、今回の劇場アニメ化の話があったとムービーウォーカーの記事に掲載されている。

 さてこの映画、実写では成し得なかったであろうアニメーション独自の魅力に溢れているので、いわゆる”作画オタク”な人も必見の出来栄え。ちゃんと「アニメ映画化した意味」が味わえる。エンドロールにクレジットがあるが、トットちゃんの空想を映像化する幾つかの箇所で特殊なアニメ技法を採り入れている。東宝映画の公式YouTubeでそのうちのひとつが公開されたので貼っておこう。これはトットちゃんが初登校したトモエ学園の校庭にある電車車両(同校の教室)に入ったところ、それが走り出す幻想シーンだ。動画1分10秒の辺りを過ぎると画調が突然それまでと変わり、クレヨンで描いたような実線で映像全体も赤いビビッドな色合いになる。こうした実験アニメのような不可思議で凄いシーンが作中にあと2回ほど出てくる。

 本編の方は、周囲からちょっと変わった子と思われてる”トットちゃん”が、各児童の個性を尊重した自由な教育をしているトモエ学園の優しき校長や級友たちと友情を育みながら、やがて戦時下へと突入する日本の暗い時代をも描いている。映画序盤ではお母さんが作ってくれた華やかなお弁当を持っていたトットちゃんだが、配給頼みの苦しい食糧事情の頃になると、袋に入った豆を玄関で母から手渡され「これが今日のお弁当よ」と告げられる。空腹のひもじさを紛らわせようと、学校で歌唱していた「よく噛もう」という歌を雨の中で歌っていると、見知らぬ男性から「卑しい歌を唄うんじゃない!!」と一喝され、あまりのつらさにトットちゃんは号泣する。子どもは出兵こそしないが、戦争のワリは喰らっていると実感する場面だ。

 映画にはトットちゃんの他にもうひとり、観客の目を惹きつけるキャラクターが登場する。トットちゃんよりも前からトモエ学園にいる”泰明やすあきちゃん”だ。彼は小児麻痺で右脚と左腕が細く、上手く動かない。

▲ 作中では終始「ヤスアキちゃん」と呼ばれているが、フルネームは山本泰明
©黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

 泰明ちゃんはハンディキャップがある自分に引け目を抱いているのか、校庭で友だちと遊んだりしない、大人しい子として描かれているが、トットちゃんに引っ張られるように次第にその心を開花させて行く。しかし映画後半で突然、物語から退場してしまう。駅のホーム前でトットちゃんに愛読書を貸し、そのあと電車の発車音で聞こえない演出になっているが、ホームに走り去ったトットちゃんに何かを語っている。
 泰明ちゃんがなぜ突然いなくなったのかは具体的に語られず、周囲の大人のリアクションから察するしかないのだが、タレント中川翔子の母・中川桂子が泰明ちゃんの遠い親戚筋だそうで、そのことに触れていた。「若くして亡くなりました」とあるが、写真を見ると割と大きくなるまでモデルの人物は健在だった模様。

 今回の映画では、トットちゃんの喪失感を描くために退場させられているわけだが、別れ際の彼が何を言ったのか、なぜ消えてしまったのかは観客には分からない。あくまでトットちゃんの目を通した自伝の映画化だから、トットちゃんが知り得ないことを描きようがないのかも。もちろん、脚本と絵コンテを兼任した八鍬新之介やくわしんのすけ監督の中には何かしら”答え”はあるだろうが、確かめても詮無いことだ。
八鍬監督のインタビュー記事では、原作者(黒柳徹子)からポリオの障がいを持つ人が不快な思いをしないように、という要望があったと語っている記事が興味深い。

 映画『窓ぎわのトットちゃん』は、『映画 ドラえもん』シリーズのキャラクターデザインを長年担当した金子志津枝や、『ドラえもん』『映画 クレヨンしんちゃん』シリーズで活躍した末吉裕一郎など、シンエイ動画で素晴らしい仕事をしているアニメーターが参加しており、新海誠作品の制作を手がけている コミックス・ウェーブ・フィルムが制作協力に名を連ねている。
 画面の見栄えが良いことが評価の全てではないし、いやむしろせっかく高品質の作画なのに面白くないアニメというのは山ほどある。が、この映画は充分、映画館で観る価値がある作品だと思える。アニメ映画の品質面でも、脚本面でも、だ。歴史の立会人になるためにも、是非とも映画館で観て頂きたい。


映画『窓ぎわのトットちゃん』
監督・絵コンテ:八鍬新之介
脚本:八鍬新之介、鈴木洋介
出演:大野りりあな、小栗旬、杏、滝沢カレン、役所広司ほか
キャラクターデザイン・総作画監督:金子志津枝
イメージボード:大杉宜弘、西村貴世
美術監督:串田達也
制作:シンエイ動画
原作:『窓ぎわのトットちゃん』(講談社刊)
主題歌 :あいみょん「あのね」
配給:東宝
©黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会