(読書記録) 予測不能の時代:データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ (矢野和男 著)

この本は、現代が先の読めない時代であるという前提のもと、著者ら自身が研究してきたデータに基づき組織や個人が幸せになるにはどうしたらよいかについて書いた本です。著者は、日立製作所フェローであり、さらに日立から派生したスタートアップ、株式会社ハピネスプラネットのCEOでもあります。

僕は、この著者の前著「データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が非常に面白かったので、今回の本は発売後すぐに買いました。

この本では、まず現代のような未来が予測不能の状況では、これまでの過去の延長線上に未来があると考えるマネジメント(例えばPDCAを回す、など)ではうまくいかないことを示しています。その上で、こうした変化にうまく適応している人や組織に共通する特徴を抽出していきます。その特徴の一つは実験と学習を繰り返すことです。そしてそれが効果的に実践されるためには組織が幸せである必要があります。なぜなら、「幸せな人は生産性が高い」からです。これは、幸福感は、工夫や挑戦のための原資となる精神的なエネルギーを与えているからだとしています。また、幸せな組織の特徴として「FINE」と呼ぶ特徴を見出しています。
・Flat: 孤立した人がいない
・Improvised: 会議以外の非公式な会話が多い
・Non-verbal: 会話中に身体が動く
・Equal: 発言権が平等

このように組織および個人の幸せの効果を示した上で、幸せの一部は訓練によって身に付けられるとしています。この学習可能な幸せを表す尺度として「HERO」という4つの力を示しています。
・Hope
・Efficacy
・Resilience
・Optimism
なお、この4つの力は幸せの研究で知られる前野隆司教授の提唱する幸せ因子「やってみよう」、「ありのままに」、「なんとかなる」、「ありがとう」とも整合的であるとしています。この「HERO」を組織として実現するために前述の「FINE」が効果的であるとしています。

この本の後半では社会の未来に視点を広げ、格差が社会の発展にとってマイナスであるとして、格差の原因、および対策について書いています。著者は、格差が生じるのに理由はない、ことを(統計力学的な)シミュレーションで明らかにし、格差はエントロピー増大の帰結であることを示します。そして、格差の是正措置が必要であると言い、そのために教育の格差を小さくすることが最も重要としています。また具体策として、高校までは試験の成績で入学の選抜をすることを法律で禁止することを提案しています。著者はこの提案に反論があることは承知したうえで、教育にこそ「効率化」を超える発想が必要である、と述べています。

この本の最終章は「予測不能な人生を生きる」と題されています。その中で、幸せとは、日々生み出すものであり、所与の「状態」ではない、としています。環境が予測不能に変化するとき幸せになるには行動を変える必要があります。そして、そのための行動指針として、中国の古典「易(英語ではBook of Changes)」を引用しています。易のテーマは変化への向き合い方だそうです。「易」では64個の体系的に構成されたパターンによって未知の変化を分類し、それぞれの状況への処し方を記述しています。この章ではそのエッセンスを解説しています。

まず、「易」では未知の変化自体ではなく、あなたとの相対的な関係に着目します。これにより状況変化に対応できる複数の視点を取り入れます。そして、分類のために以下のような複数の二分法を取り入れます。
・「私」と「我々」
・「表に見えるあなた」と「表に見えないあなた」
・「探索」と「進化」
・「果敢」と「着実」
これにより16個の分類になります。変化を避けられないという前提のもと、我々がすべきことは上記の分類による視点から見た変化に立ち向かうことであり、それこそが幸せの本質であると書かれてします。そして著者はこのような動的な営みとしての幸せをHapinessではなく、Happyingという動名詞で表現することを提案しています。最後に、著者は変化に立ち向かう力を高める方法として、前述の16個の視点を毎日ランダムに選び、その視点をもとにその日の仕事を前向きなストーリーで解釈するという方法を紹介しています。実際、著者はこの訓練を10年以上毎朝続けてきたそうです。この訓練により、柔軟な視点で見る力を身につけた状態のことを、論語を引用して次のように書いています。
「易を学べば、大いなる過ち無かるべし」

* * *

前述のとおり、この著者の前著が非常に面白かったことがきっかけでこの本を読みました。期待通りこの本も面白かったです。この本は前半と後半で、雰囲気が大きく異なるように感じました。

前半は、前著の延長線上で著者らの研究グループの学術的成果をかみ砕いて説明していたのに対して、後半は、著者の哲学・生き方が色濃く反映された内容になっていたと思います。そのため、後半は理解しながら読もうとすると必然的に読むペースがゆっくりになりました。特に最後の章の「易」に関する記述は何度か読み返しましたが、きちんと理解できているか自信がありません。

ウェブを検索してみると、著者の「易」に関する言及は複数あり、その中で岩波文庫の「易経」の解説を読むことをおすすめしており、早速買ってしまいました。ただ、実際見てみると解説ですら内容が難しく、これを読むのはなかなか大変そうだと感じました。あらためてこの難解な易経を大胆に現代的に説明した著者の偉業に驚きました。

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