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みまもり

マスクをいつ外すのか考えることを止めた話。

先月から週に2~3日、父の住居に泊まりに行っている。
もともと視力が弱いのに加えて足腰の痛みがあり、私にできるうちは気にかけておこうと思った。母は他界して30年近くになり、ここ10年で我々子供世代が巣立ってからずっと父は「独居老人」を極めている。単身生活が性に合っているのだろう、有難いことに衣食住どれをとっても自分で管理できていてる。

こちらは会社勤めの傍ら、毎週父の住居に顔を出す。2日に1回は「スマホにこんな画面が出た」と騒ぎ出すのでサポート業務を請け負い、ついでに父が最近気になるニュースについて自説を繰り広げるのをうんうんうんと聞き流す。

ボランティアの対価として素泊まりの宿泊とランドリーサービスを受け取り、水道光熱費として僅かな金額を支払う。風呂場はシャワーが壊れてて「ぬるい水」しか出ないので宿泊時は贅沢に風呂に湯を張って使っている。
※当の本人は毎日銭湯に行くので風呂場そのものを必要としない。
 よって、シャワーが修繕されることはない。

密着し過ぎないドライな関係を保てば大抵の相手とそつなくやり過ごせる。

後期高齢者の父は仕事もとっくに辞めて、年金で細々と、しかし自分の趣味の将棋を楽しんで過ごしている。そんな悠々自適に見える父には足腰の痛み以外にも月末ならではの悩みがあった。

『ギガが足りねぇ』

まるで若者のようなことを言う。いやむしろYouTubeで将棋解説のチャンネル登録をしていながらよく毎月5GB程度の契約で下旬まで持つものだと感心する。

『どうにかする方法はないかね?』

ごく平凡な知識しかない私に提案できたのは以下3案:
①【すぐ解決】月末しのぐだけなら1GBくらい買い足す※毎月買い直す必要がある
②【そこそこ解決】スマホの料金プランを見直す※上限はある
③【恒久解決】光回線なりケーブルテレビなり入れて、無線環境を作る

『なんか大がかりなのはなぁ。今だけちょっとなんとかならねぇかな。なんか携帯会社からそういうメッセージが来てるんだけど見てくれない?』

父が保守的というのは折り込み済みの提案なのですんなり①に決まる。ところがサポートサイトに入ろうとしても、契約プランもIDも本人は把握していない。

『ここに書いといたのがグーグルアイデーだろ?アップルアイデーだろ?…うーん、他は書いてねぇな。』

父は契約時の手書きメモをひっくり返しながら携帯会社のアカウントを探すも痕跡がない。

こういう人は会社にもいますよね。自分の契約なのにわからないから助けてくれ、そっちで内容把握してサポートしてもらえないかという人。大丈夫ですよ、あなたのような人に私は慣れています。

とりあえず何通りかログインを試してみることにした。

『いや、そんな難しい感じのメッセージじゃなかったと思う。もっと簡単なはずよ。そんな難しくないはず。』

父が咎めるよう繰り返してくるのでさすがにこちらも調子が狂う。年を取ると前頭葉が萎縮して怒りっぽくなるとどこかのサイトで読んだ。私もいつかこうなるのだと戒めつつ、難しくないなら自分でやれと喉元まで出かかる。でも父が自分で出来たら私には頼まないのだから、口にしても意味がない。

自分でやらない・できない・やりたくない、そのくせなぜか引っかき回すだけの発言で口出ししたがる人。不思議ですが一定の割合でいらっしゃるんですよね。認めます。

とりあえず黙ってほしいので努めてやわらかく、ゆっくり話しかける。「お父さん、サポートサイトに入ったことないでしょう。入ればすぐに手続きが終わるんだけど、入り方がわからなくて困っているの。お父さんも自分の契約のIDがわからないんでしょう?」

『うん。わかんない』

「今いろんな方法試しているからちょっと待ってね。」穏やかに告げると父は口をつぐみ、静寂を得たおかげでスルッとログインできた。現在の通信量と追加購入の料金を本人に確認してもらい、選択させる。

『また困ったらお前にやってもらえばいいんだな』

あはは。助けてーって頼ってくるけど何一つ自分で覚えようとしない人。他人にやらせることが解決策になっちゃっている人、割とよくいますね。ところが何でもやってあげてしまうと事件事故が起こった際に責任まで押し付けてくるのもこのタイプな気がするので、主体者がご自身であることを忘れないように私はサポートします。

「いやいやお父さん、自分でもできるように手順見てて」画面の推移なんてどうせ覚える気がないのは百も承知だが、それでも画面を見せて説明しながら手続きを済ませて1GB購入した。次回から本人にスマホを操作さながらつきっきりで教えればそのうち買い方を覚えるだろう。焦りは禁物だ。

『あー助かった!これで竜王戦が見られる!!もう通信しないように画面とじておこうっと』

おじいさんがホクホク顔で喜んでいる。さっき「自分でやれ」と意地悪を言わなくて良かった。昔は父が無趣味に見えて寂しい老後を心配したものだが、おそらく私が子供のころは日常に忙殺されて打ち込めなかった趣味に今でこそじっくり浸れているのだと思う。他人とうまくやれない父が、人生の最後は心ゆくまで自分のペースで生きられたら幸せを感じられるのではないか。楽しく過ごしてほしいと思う。

というわけで定期的に高齢者と接する生活をしていたらマスクの外しどきがわからなくなった。何度か玄関前でマスクを外して訪問した際に「マスクしてないの?」と圧力をかけられるので今では訪問時、本人の目の前でわざわざマスクを外すようにしている。
職場では「警戒しすぎ」と言われることもあるが、自分が体調崩すと見守り訪問がしにくくなるのも事実だから……などと、考えるのも面倒になった。「あの人おかしいな」と言われたままで良いので、父の生活に今しばらく寄り添ってみようと思う。

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