無知ゆえの巨大な地雷を踏んでしまわぬように ~南京戦争記念館訪問から~
僕は先日19日から20日にかけて南京に滞在していた。
上海から日帰りで行ける古都ということもあり、現在では人気の観光地の一つとなっている南京であるが、主に第二次世界対戦時の件により日本との間にある歴史は限りなく重い。
僕は以前中国人の友人とありがちな日中の違いについて話していた際に衝撃的な言葉をかけられた。
「日本人って戦争好きだよね」
僕は思わず耳を疑った。
国内では言論や思想の自由を奪い反抗する者には武力弾圧も辞さず、
国外ではその圧倒的な武力を盾に虎視眈々と他国への勢力拡大を狙う現在の中国の国民からまさかそんなことを言われるとは夢にも思わなかった。
自分を棚に上げるのもほどがあるだろ。
僕は若干の苛立ちを感じ
「いま戦争が好きなのは中国じゃないの」と雰囲気が悪くならないよう冗談混じりな語勢で反抗した。
すると友人は「いまの中国は平和主義だよ」と反論した後「あなたは南京事件を知らないの?」と驚いた様子で質問してきた。
南京事件
この時僕の南京事件に関する知識は世界史の教科書にあった「旧日本軍が第二次世界大戦時に南京に侵攻した事件」という点と、
数年前、ホテル内に南京事件を否定する書籍を置いたとしてアパホテルが中国人から非難を受けたという点ぐらいであった。
僕が「事件の詳細は知らない」と答えると、
友人は「私たちが学んだ歴史には違いがある。一度南京戦争記念館に行ってみると良いよ」と勧めてくれた。
あれだけ好戦的な中国人に「日本人は戦争好き」と言わせるきっかけとなった南京事件とはいったい何物なのか。
僕は南京事件の詳細が語られているという南京戦争記念館に強い興味を持つと共に、
今後中国人と交流する上で南京事件について無知なままでいることに危機感を感じ、南京へ行った際に必ず訪れることに決めた。
そして迎えた訪問当日。
南京戦争記念館は南京駅から地下鉄で10駅ほど離れた云锦駅にある。
地図によると市街地にも近く、駅からも近い。
そして参観費はタダ。
勝手に戦争博物館は市の郊外に法外な価格をひた隠し、ひっそりと存在するものだと認識していた僕は思わぬ幸運に安堵した。
しかし駅を出た瞬間にそんな安堵もすぐさま打ち砕かれた。
人が多い。
訪問日が土曜日で偶然土曜日だったこともあってか、記念館前は戦争に興味のありそうな老人から家族連れ、さらにはカップルまでありとあらゆる人種で賑わいを見せていた。
彼らは特に暗い顔をする様子もなく、まるでコンサートにでも行くかのような高揚した様子で戦争記念館へ消えていく。
以前修学旅行で長崎の原爆資料館に行った際、館内には学生と思わしき集団しかいなかったことを思い返すと差は歴然であった。
毎度恒例中国語特有のガバカバ手荷物検査を受け敷地内に入るとすぐに300000という数字がはっきりと刻まれたモニュメントが登場した。
これは中国政府が主張する南京事件の死亡者数である。
主張の信憑性には諸説あるが、少なくともほとんどの中国人はこの数字を信じている。
モニュメントを通り過ぎるといよいよ目当ての記念館が見えてきた。
中に入るといきなり犠牲者の顔と思われる大量の写真が壁に貼られた空間が登場した。
僕はこの空間に不思議な感覚を覚えた。
何だか彼らが日本人である僕のことを憎しみのこもった目でじっと見つめているような。
彼らの視線は常に一定で変わることはない。
僕は日本人としてこの地に来る重みと常に視線を浴びているような気味の悪さを感じ足早にこの空間を後にした。
次に現れたのは戦争全体の流れを伝える空間であった。
日本の軍国主義化から満州事変に上海侵攻。
ここまでは僕が世界史で習った事象と矛盾するものは特になく、ただただ記念館に詰めかけた大量の中国人たちだけが強い印象に残った。
そして歴史のおさらいというウォーミングアップのような空間を抜けると、ついに記念館の中心展覧であろう日本兵の行為を伝える空間が現れた。
この空間は僕の想像を遥かに越えるものであった。
強制連行に
おびただしい数の死体写真の展示。
そして死体の上に乗りポーズをとる日本兵に、
当時殺人ゲームをしていた日本兵の記事。
他にも死体の口にタバコを詰めて遊ぶ日本兵の姿もあった。
殺人、放火、略奪、強姦、この記念館にいた日本人たちは非業の限りを尽くしていた。
これまで写真をとりつつ気ままに観覧しているという感じであった中国人たちも流石にこの空間に入ると撮影をやめ神妙な面持ちで食い入るように写真を眺めていた。
家族連れは小さな子供を残酷な写真に近づけ「あれは日本人がやったんだ。」と説明し、カップルたちは恐怖に乗じ、わざとらしく近づき合っていた。
僕はこれまで南京大虐殺と聞いても、ナチスのホロコーストや民宿カンプチアの虐殺のような別世界の出来事のように考えていた。
「日本人がそんな野蛮なことをするはずがない」
そんな選民的な考えが心のどこかにあった。
ヨーロッパ人もアフリカ人もアジア人もしょせんはただの人間だ。
戦争という極限状態に置かれた人間の行動は結局どこも同じなのかもしれない。
これらの写真の信憑性がいかほどなのかは僕にはよく分からない。
しかし火の無いところに煙が立たないという言葉にもあるように何人かの学者が唱える南京事件はでっち上げだという主張を僕は信じることはできない。
恐らく館内で一番広かったであろう日本軍の虐殺行為を展示した空間を抜けると、当てつけのように中国人たちを助けた外国人たちを紹介する空間が広がっていた。
そして最後にお決まりの共産党賛美的な展示があった後記念館は終了した。
僕は記念館を出た後改めて「日本人って戦争好きだよね」という言葉が重くのしかかってくるような感覚がした。
確かにこの展示を見た後に「日本人は平和主義者」なんて主張に耳を貸すものは誰もいないだろう。
しかしこの記念館はただやみくもに反日を掲げているのではない。
館内の至るところに「日本人を恨んではならない」といった旨の言葉が掲げられ、残酷な展示が反日の意識へ向かないように工夫がなされていた。
実際にこれらの展示を見た中国人たちがどのような感情を抱くのかは分からない。
少なくとも僕が南京にいる間は日本人だからといって特に非道な扱いを受けたことは無かった。
ドヤ街のおばさんは「この辺りは本当は外国人を泊めちゃいけないんだよ」と言いつつも宿の無い僕を泊めてくれた。
でも間違いなく南京に住む人たち、そして中国人はみなあの歴史を知っている。
彼らがあの歴史についてどう思っているのかは分からない。
僕たち日本人は一方的に侵略を受けた歴史が無いので南京事件に関する中国人の気持ちは永遠に理解できない。
そしてこの南京事件に関する真相もまた永遠に分からない。
しかし今後中国人と交流するうえで南京事件に関してこんな見方があるということを知っておくことは必要であると僕は思う。
無知ゆえの巨大な地雷を踏んでしまわぬように。
南京戦争記念館ぜひ皆さんも一度訪れてみてください。
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