裸の王様


王様は誰にも仕えない王様でした。
だって王様でしたから。

王様のまわりにいる者は誰だって、王様に歯向かって意見する事はありませんでした。

けれど王様は一人でした。
いつも一人でした。

まわりにたくさんの人がいて、仕えてくれてはいても、誰の意見も聞きませんでした。
誰のことも信じていませんでした。

ある日、王様は国で随一の仕立て屋に「最高の洋服」を仕立てるように命じました。仕立て屋は、命じられるがままに服を織り始めました。

けれどその服は奇妙なことに、「愚か者」には無色透明にしか見えない「魔法の服」でした。

王様の命を受けて、その服の仕上がり具合を見に行った家来は、その魔法の服が見えなくて戸惑いました。でも王様にそのまま報告するわけにもいかず、「いままでに見たこともないほど、素晴らしい生地と色合いでございました」と王様に申し上げました。

そして、いよいよ王様が魔法の服に袖を通す日がやってきました。
実は王様は前の晩、眠ることができませんでした。もし服が見えなかったらどうしようと、不安で不安でたまらなかったのです。眠れぬまま朝を迎え、とうとう仕立て屋が王様の住むお城にやってきました 。

仕立て屋が差し出す魔法の服を見て、王様はめまいがして倒れそうになりました。王様の目には、魔法の服が見えなかったのです。それでも何とか耐えて、平気なふりをして、王様は見えない服に袖を通しました。 

そこから今度は、馬にまたがり盛大なパレードが始まりました。 馬にまたがり、立派な魔法の服を着た王様は、庶民には裸に見えました。けれど、庶民は「私たちは所詮、愚か者だから」と気にすることなく、王様に拍手喝采を送りました。

けれど、そんな虚しい拍手喝采をかき消すように、一人の少年が大きな声で叫びました。 『王様は裸だ。裸の王様だ。』

その一人の少年の声をきっかけに、男の子も女の子も、子どもたちみんなが声を揃えて「王様は裸だ、裸の王様だ」と面白おかしく囃し立てました。

その子どもたちの、やんややんやの大合唱を聞いて焦ったのは王様の周りに仕える家来たちです。「王様。お気になさらず、何も知らない子どもたちです。いますぐ騒ぎは鎮めますので、しばらくお待ちください」。

家来の言葉も耳に入らぬ様子の王様は黙りこくって、しばらくした後、声にはならない声を上げ始めました。それは言葉ではなく、嗚咽でした。はじめはしくしくと泣いていたのですが、そのうちはっきりと声をあげて、王様はオイオイと泣き始めました。

おどおどする家来たちをよそに、子どもたちが王様の周りに集まってきて「王様が泣いた、王様が泣いた」と囁き始めました。子どもたちも王様のことが心配になりました。

しばらく静かな時間が流れました。

一時してようやく、王様の涙と嗚咽は止まりました。そして、言葉を取り戻した王様は、語り始めました。
「いままで私に本当の事を言ってくれる者は誰もいなかった」。
そして、最初に「王様は裸だ」と叫んだ少年に向かって語りかけました。「君が初めてだ。私に本当のことを教えてくれたのは。私は今まで誰の話も聞いて来なかった。誰のことも信じて来なかった。けれど、いま私は君の話を聞くことに決めた。だって、もうこれ以上惨めにはなりたくないし、もう一人で孤独に生きるのには耐えられそうにもないから。」

そして王様は、背筋をピンと伸ばして、改まった様子でその少年に尋ねました。「いま気持ちの冷めないうちにお願いがある。どうか私の友だちになってくれないか?」
少年は、もちろんと言うように「いいよ」と答えました。
返事を聞いて王様はまた泣いてしまいました。けれど今度は少し笑顔が混じっていました。「王様がまた泣いた、また泣いた。裸の王様がまた泣いた」と子どもたちが、またやんややんやと囃し立て、ついには次から次へと服を脱ぎ裸になって、王様と一緒に笑い合い、はしゃぎ合いました。
その日は、日が暮れた後も、王国には笑いが絶えることがありませんでした。

それからというもの、王様は何か困ったことや考えなければいけないことがあると、子どもたちの所へ行って、こう尋ねました。
「本当の事が聴きたいんだ」。

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