いのまたむつみさんを偲ぶ。

 まだちょっと信じていない自分もいる。イラストレーター・いのまたむつみさんの訃報だ。
 妹さんが代筆したXの投稿によれば、3月10日に永眠されたとのこと。葬儀も終えられたそうだ。
 あまりに突然の事で、その投稿を見た時に「へっ?」と声に出してしまっていた。

 いのまたさんの絵との出会いは、おそらく小説版「ドラゴンクエスト3」の挿絵だ。ハードカバーの表紙は上下巻を左右に並べると一枚の絵になるような作りで、上巻の表紙には主人公のアレルが大きく描かれ、下巻には彼を支えた仲間のクリス、モハレ、リザが描かれていた。いのまたむつみさんの絵に惚れたのはこの時だ。ドラゴンクエスト関連の本で初めて買ったのはこの小説だったと思う。
 執筆は高屋敷英夫さん。70年代から現在に至るまでの様々なアニメで演出や脚本も多く手がけた方だ。その心得がある奏功しているのだろう、高屋敷さんはオリジナルキャラを物語に入れ込むのが巧みだ。本作で言えばリザとチコ。父の背を追う息子の成長物語に、彼女らの苦悩を織り交ぜてストーリーに厚みを持たせたのがすごい。そんなリザの印象を何倍にも美しく魅せたのがいのまたさんの絵だった。

 その次はおそらく、アニメ「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」だ。いのまたさんはキャラクターデザインを担当していた。スタッフロールで名前を見つけて「あっ!」となった記憶がある。

 次は小説「ドラゴンクエスト4」、そして「精霊ルビス伝説」。どちらも久美沙織さんの執筆だ。個人的には、久美さんの書く物語といのまたさんの絵の組み合わせは最強だと思っている。
 この本の挿絵で描かれたピサロの姿が、私の中のピサロのイメージだ。4コママンガ劇場で多くの作家が、そして後年リリースされた派生ゲームでも彼が描かれたが、いのまたさんの絵こそピサロだ。
 「精霊ルビス伝説」はドラクエのストーリーを下地にしたオリジナル作品なので、久美さんの色がより色濃く出ている。ただ、強く記憶にあるのはあとがき。確か、久美さんといのまたさんの対談が載っていたはずだ。そしてそこで、いのまたさんが「じいさんを描くのが楽しい」といったような発言をされていたのが印象的だった。

 中学に上がると、図書室にあった「宇宙皇子」を読みあさった。これは言わずもがな、いのまたさんの表紙絵で”ジャケ借り“したのだ。巻が揃っておらず、途中で断念したのが悔やまれる。
 だいぶ後になって知ったのだが、「宇宙皇子」を図書室に入れたのは、4つ上の姉の仕業だったらしい。まさかとは思ったが、これが無ければ「宇宙皇子」を知ることはなかったと思うので姉に感謝である。

 ドラゴンクエストの小説は「5」も良かった。青年期の前後半を分ける大展開を作ったことで、原作以上に泣き要素が増えた。ガンドフ。

 さて、順当にいけば次はテイルズ…のはずなのだが、このゲームは全く手をつけていない。テイルズが周りで盛り上がっていた20代の頃は、ファンタジーにちょっと食傷気味だったのかもしれない。

 そうして十数年後、30代半ばで「ウィンダリア」「魔境伝説アクロバンチ」を観た。
 「ウィンダリア」は、いのまたむつみファンなら何としてでも観ておかねばならない作品だ。氏の描く美麗さ、儚さ、憂いが、アニメに落とし込まれている。あと、動くじいさんにニヤッとなる。
 「魔境伝説アクロバンチ」はキャラクターデザインと作画監督を、いのまたさんが務めた。キャラの造型の繊細さは、いのまたさんの作風がよく出てる。そして、エンディング曲のラストシーンに書かれている「JUN.」のサインに何とも説明しがたい”いのまたテイスト“を感じたのは私だけではないはずだ。

 「宇宙戦士バルディオス」「戦国魔神ゴーショーグン 」「幻夢戦記レダ」。もう一度観直したい。サブスクで観られるのが救いだ。

 63歳、まだ若いよなと思う。願わくばもう一度、ドラクエの絵を描いてほしかったな。あちらの世界でも、好きな絵をたくさん描いてくれたらと思う。合掌。

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