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怖いのは「展覧会の絵」

どんなにクラシックが好きだって嫌いな曲はある。
私にとってはムソルグスキーの「展覧会の絵」がそれにあたる。おどろおどろしいものが嫌いだし、昔見たバーバ・ヤガーの絵が怖すぎたからか、「展覧会の絵」だけはどうしても好きになれない。

マネージャーをしていて幸福な時間は、アーティストとプログラムの話をする時。ある時、ガジェヴと話していたら、次のシーズンは「展覧会の絵」を弾くという。
ドキッ。えっ。私はすぐに顔に出るので、自分が苦手な作品だと告白しつつ、「私の好みは偏っていてクラシックファンとしては例外だから、まぁ別に気にしないでね」
なんていったら、
「うん、全然気にしない。僕が展覧会の絵を弾いたら、君はぜったいにこの作品を好きになるから」
と彼はきっぱり言った。それも爽やかに。

ある時も「シューマンの幻想曲って、誰の録音がいいかしら。愛聴盤はどのピアニスト?」なんて聞こうものなら、ガジェヴはこう答える。
「それはもちろん僕の解釈だよ。」
あれだけの名盤がある中、彼は目を輝かせながら即答した。

そりゃそーだ。音楽家というものは、自分が信じる音楽を自分の仕方で表現するのがお仕事。
当然の答えかもしれないが、音楽家の自己の音楽作りへの確固とした自信に圧倒的なプロフェッショナリズムを感じる。

ルプーさんのようにどちらかというと演奏が終わって落ち込むタイプのアーティストをよく担当してきたので、自信に満ち溢れているアーティストにあうとはっとさせられる。

自己の演奏解釈への確信の度合いという点では、私が接したことのあるアーティストの中では、ポゴレリッチとアファナシエフが飛び抜けているように思う。

前の職場でポゴレリッチを担当していた時、彼はどんな楽器に対しても決して文句はいわず、ゲネプロが終わる頃には、ピアノの音が完全にポゴレリッチの音に変容していることが驚異的だった。まるでピアノという楽器がポゴレリッチの高貴なる自信にひれ伏したかのようだった。

私はといえば、いつも自信がないマネージャーで、
「さぁ、私についてきなさい!」といつかはアーティストに堂々といえるようになりたいと思っている。

それにしてもムソルグスキーは肖像画からして、やはり怖い。

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