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[短編小説]変わるためのミッション



〈挨拶! ことよろです!〉
 あけましておめでとうございます!
 新年が始まりましたね! 本当は元旦と同時に投稿したかったのですが、まぁまだ三が日の内なのでセーフということで笑
 
 さて、今年はどんな年になるか、すごいワクワクです!

 去年は今まで出来なかったことを、たくさんやることが出来ました。
 勉強もたくさんして、色んなところに旅行に出掛けたり、たくさん本も読んだし、友達ともめっちゃ美味いものも食いました! お気に入りのお洒落なカフェも出来ましたね!
 自己啓発、ってやつですかね。去年の自分と今の自分を振り返ったら、自分でも変化しすぎてて怖いくらいです笑
 だから、もう今年も何が起こるんだろうって思うと、今から楽しみです。
 今年は自分史上最高の年にしようって思ってます!

 ではでは、改めて良い年にするために、何をするべきか?

〈変わるためのミッション!〉
・勉強する→やっぱ知識がないと始まらんよね!
・運動する→体は資本、っていうし健康優先で!
・感動する→心動かす体験って、凄く良いよね!
・一日一善→そうしたら世界は綺麗になるよね!
・早寝早起き→時間は有効活用していかないと!
・人と関わる→新たな出会いで自分を磨きたい!
・新しい場所に行く→以下同文で自分磨きです!
・成果をブログにアップする→マジ大事っしょ!

〈締めます!〉
 今年は以上のことを意識したいと思います!

 最初にも言いましたけど、自分はこの一年間で――特に四月に入ってから変わりました。今までにない環境に身を置いたからかもしれません。
 新年始まったということで、誰かの前で宣言したかったんです。そうすることで、自ら退路を断つ戦法です笑
 ということで、このブログを通して、自分が変わった記録を残していきたいと思います!
 時間が経って振り返った時に、一目瞭然になりますよね! あの時こう思ったんだーとか、これ頑張ったなーとか、大切なことを思い出せますし!

 自分には、夢があります! その夢に至るための道も、おぼろげながら見えて来たので、
あとは突き進むだけです!
 それが何なのかは、成就した後のお楽しみということで笑

 新しくブログをやってみたけど、こんな感じでいいのかなぁ……。
 まぁ、続けていけば要領も分かって来るっしょ!笑
 また更新します! ひとまず最低でも一週間以内に投稿したい! とりあえずシリーズ化はしていきます!
 頑張ります!



 ***

 ブログで意気込みを書いてから、約一週間が経ちました!
 いやー、この一週間……充実しすぎてて、自分でも怖かったです笑

 何があったか、箇条書きで紹介させてください!

・講演会に参加した→企業のトップが出る講演会に参加して、敏腕社長?の超タメになる話が聞けた! 世界広がる!
・富士山に登った→実はブログに投稿する前から登ってました笑(無理やりすぎ?) 山頂で見る初日の出って、マジ感動した。自分がちっぽけな世界にいたことを思い知らされた!
・映画見た→話題の映画を見て、すごい感動した! やっぱ人の強い想いって、世界を動かせるんだなぁ。
・困っている人を助けた→(なんかイベント)自分の行動で、世界が優しくなればいいな。
・太陽と共に目が覚めた→朝早く起きるだけで、こんなにも清々しく世界が見えるんですね!
・人と関わる→(講演会と被ってる? でも、似たようなこと書いちまったしなぁ……)人と関われば、世界広がりますね!
・富士山に行った(ネタない)→(旅行系でネタ考える)
・成果をブログに→これですよね! めっちゃ成果ありました笑
(少し項目減らすか)

 やっぱ書くことって大事ですね!
 書くことで自分が何をやるのか見えるし、怠けそうな心に喝を入れることも出来ました。
 こうして頑張ることが出来たのは、皆さんのおかげです。最初はどうなることかと思ったけど、新年早々に良いスタートを切ることが出来たのは、こうして読んでくれる人がいるからです。

 ――なんか一言。

 もっと頑張って、良い報告を皆さんにしたいです!
 こんな自分でも出来るんだから、諦めることないよって伝えたいです。……なんて、調子乗りすぎかな笑
 ひとまず次の更新をお楽しみください!
 また会えること、楽しみにしてます!


〈――下書きに残しますか? はい いいえ〉


 デスクトップに浮かび上がるひとつの問いかけを前にして、指を動かすことに躊躇いを覚えた。

 ここで左クリックを押したところで、この記事が全世界に公開されるわけではない。まだ暫定の記事なのだから、気軽に下書き保存でもすればいい。人差し指にちょっと力を籠めるだけでいいはずなのに、どうしても叶わなかった。

 下書き保存さえ出来なかった文字の羅列を、もう一度読み直す。

「……ふっ」

 思わず嘲笑が漏れた。

 ここにいるのは、誰だろう。
 この文字の中にいるのは、全くの別人だ。俺とは全く別の存在、今の俺とは掛け離れた理想とする人物像だ。
 こうなればいいなという妄想で書き上げただけで、実際の俺は何も行動していない。

 夢を抱えながらも、そのために自己研鑽をすることなく、環境状況が整えば勝手に叶えられると信じて上京した。だけど、現実のやるべきことに追われると、その日を生きるだけで精一杯になった。

 そんなありふれた大学生が、俺だ。

「それが入学してから九か月間ずっと、だもんなー」

 目の前に漂う文字の海を見ながら、ぽつりと呟く。
 俺は本当は、こんな風になりたくてわざわざ上京したんだ。

 下書きを書くまでに掛かった時間は、二時間ほど。自分にないものを無理やりに絞ったから、想像以上に時間が掛かった。目の周りや肩が、やけに痛い。そうまでして積み重ねた時間と共に、嘘偽りしかない文字の羅列を、この世から抹消した。これでネットの海の底深くに溶け込んで、決して誰かの目に触れることはなくなった。

 空白のページが見えると、虚無が襲い掛かる。

 まるで餌を求めるゾンビのように肩を落としながらベッドに近付くと、そのまま飛び込んで、俯せ状態でぼけっとした。
 何もしないでいると、さっそく後悔の念が押し寄せて来た。虚無よりも、嫌で、強い、そんな感情だ。「うぁぁああぁぁぁあ」布団の上でゴロゴロと転がることで、気を紛らわす作戦。だけど、消えやしない。余計に虚しくなるだけだ。

「はぁ」

 仰向けになると、天井が目に入った。安物のアパートを借りてるから、天井はやけに近く感じる。安いと言っても、仕送りのお金だけじゃ生活費は足りなくなって、バイトで生活費を継ぎ足すことで何とか暮らしているのだけど。

「やめだやめだ」

 際限なく浮かぶ負の感情を吹き飛ばすため、枕元に置いてあったスマホを手にして、SNSを適当に眺めることにした。

 ここにいる人達は、みんなキラキラしている。いかにも自分の人生充実してますよ、と写真で、動画で、文字で、主張していた。彼らを羨望する人達が、何かのアクションを取る。そうすると、更に多くの人の目に触れる機会が増えていく。

 俺もそうなりたかった。誰かの羨望の対象になりたくて、文字を書いてアップした。だけど、俺のブログの閲覧数は雀の涙ほど。むしろ、あんな嘘だらけの記事に時間を割いてもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「……なっさけね」

 気を紛らわせるためだったはずなのに、結局は拗らせてしまっただけだった。

 電源ボタンを軽く押して、画面をブラックアウトさせる。黒くなったのは一瞬だけで、すぐにパッと画面が光を灯した。
 中央にアプリの通知が表示されている。誰だろう。画面のロックを解除してアプリを開くと、反射的に溜め息を吐いた。

「里志、正月終わったのに、いつ帰って来るの? お父さんもお姉ちゃんも、里志が元気なのか、気にしてるわよ」

 母親からの連絡だった。

 三月末に地元を離れてから、俺は一度も帰省していない。アホのように時間があった夏休みも、正月休みもずっと東京にいた。
 その理由は、誰にも言っていない。わざわざ言いたい人もいないし、聞いてくれる人もいない。そもそも俺の勝手な我が儘みたいなものだ。

「まだ冬休みじゃないの? さすがに一年に一回は帰りなさいよ」

 文字だけでも、母親がどんな表情でスマホと向き合っているか分かる。

「お金がなくて帰れないなら、気にせず帰って来なさい。これから銀行に行って、振り込むから」

 連続した投稿に、既読を付けたくもないのに既読を付けてしまった。

 俺は手にしていたスマホを枕元にポイっと投げると、目を瞑った。

 ここまでお膳立てされたら、帰らないわけにはいかない。ここで無視したら、いざ家に帰った時の家族の反応が怖い。
 俺の実家は、新幹線を使っても半日くらい掛かるほど遠い。それでも、今から家を出れば、少し遅めの夜飯を家族と食うことは出来るだろう。実家に何泊かすることも考えたら、ここで起き上がって帰省の準備を始めなければならない。

 だけど。

「もうちょっと、このままで……」

 腕で目元を覆い隠すようにすると、深く長く息を吐いた。全体重を預けても拒むことなく受け入れてくれるベッドは、今の俺にとって、何よりも縋りたいものだった。

 ***

 何もない田舎で一夜を過ごし、朝とも昼ともつかない空気の中、ゆっくりと散歩していた。

 本当にこの町は変わらない。嫌でも人と対面する東京と違い、全然人とすれ違わない田舎。人の声よりも、鳥や虫などの生き物の声の方が響く。ビルなんかよりも、もちろん自然の方が多い。まさしくザ・イナカと呼ぶべき風景で、俺が十八年間過ごした町そのものだった。目を瞑ったって、町の中を一周出来るほどに過ごした。

「母ちゃん達も、相変わらずだったし」

 久し振りに帰省したというのに、母親も父親も姉も、今まで通りに接してくれた。それがどこか嫌で、俺は仏頂面を貫いていたと思う。帰ってから口にした言葉は、「うん」とか「そう」とか「へー」とか、そんな適当な相槌だけだった。実家帰ったら、夜飯食って、長旅の疲れですぐに自分の部屋で泥のように眠った。
 起きた時も、姉は既にどこかに出掛け、父親は休日の惰眠を居間で貪っていて、母親は食器を早く片付けたいが故に俺が朝飯を早く食うように催促していた。
 いつもと変わらない日常だった。

 まぁ、九か月会わなかっただけで、俺の家族が変わるとは思えない。だって――。

「変わろうと意気込んだ俺が、なーんも変わってないもんな……」

 東京に出れば、自分のやりたいことは何でも出来ると思っていた。大きな人間になれるのだろうと、勝手に思い込んでいた。アメリカンドリームならぬ東京ドリームを掴もうと思ったけど、結局は何一つ成長していない。

 俺の唯一変わった点と言えば、服装だけだろうか。
 この田舎では誰も着ないような、ブランド物のコートを纏っていた。そういえば、俺の近況については色々聞かれたけど、このコートについては何も言及してこなかった。生活費を確保しつつ、贅沢は控えながら、なんとか節約して買ったコートだったんだけどな。

「……はぁ」

 コートのポケットに手を入れながら、空を見上げる。見た目だけ見栄を張っても、何の意味もない。

 晴れ渡った空。俺はちっぽけな存在なんだと、余計に思い知らされる。その視界の端に、枝が見えた。俺は焦点を枝に移す。遊具が一つ二つしかないような小さな公園の敷地の中に、大きな木が佇んでいた。

「……お前も、か」

 ここらへんのシンボルともされている木だ。小さな公園には似つかわしくない大きさの木が植えられていて、よく友達との待ち合わせにも使っていた。
 懐かしさに手繰り寄せられるように、俺は公園の中へと足を運んでいた。木の前に立つ。唯一変わったのは、木目を見る視線の高さくらいだろうか。いや、雨風によってか、ところどころ木の表面は剥げていた。子供のころは、もうちょっとツヤみたいなものもあった気がする。

 ふと木に手を触れようとした瞬間――、

「おやぁ、そこにいるお洒落なシティボーイは、もしかして仲吾里志くんけーの?」

 気さくな口調と方言混じりで、背中越しに声を掛けられた。

 面倒くさい絡み方なのに、不思議と厭味ったらしく感じさせない話し方。胸の奥に確かな安堵を感じながら、俺は木に伸ばしかけていた手を止めて、振り返る。

 そこには、ボサボサというべきか、ツンツンというべきか、判断に迷うような髪型をした男がいた。服装は上下ともに高校指定のジャージで、左胸元の一部分は長方形に焼けている。

「……翔真か」

 風巻翔真。俺の同級生もとい幼馴染……、腐れ縁と称してもいい奴だ。家は隣同士ではないが、同じ区画にあって徒歩数分以内だったこともあり、よく一緒に遊んだ。

「うわははははっ。久し振りやの、里志」

 相変わらず、見てるこっちまで自然と明るくなってしまうような笑みを浮かべながら、翔真は軽快な足取りで俺に近付いて来た。

「上京してから初めてこっちで会うたな! いつからこっちに戻って来たんや?」
「昨日の夜から」
「なるほどのぅ。どうりで会わんかったわけや」

 一人嬉しそうに納得する翔真に対して、俺の心境は複雑だった。正直なところ、家族以外の誰かと会う心構えは出来ていない。

「……なんで、こんなところにいるんだ?」
「んあ、日課のランニングじゃ。毎日ここらへん走っとるんじゃが、里志っぽい奴の影が見えたから近寄うてみたんや。そしたら、見事正解。うわははははっ!」

 どこかの漫画の登場人物のように、翔真は陽気に笑う。翔真と接していると、実は上京なんてしてなくて、ずっとこの田舎町で暮らしていたんじゃないかという錯覚に陥って来る。それくらい翔真は、変わっていなくて、昔通りに接してくる。俺が不愛想に振る舞っているにも関わらず、だ。

 翔真は笑い終わると、「で」と話題を切り替えた。

「東京ってどうなんや? 楽しくやっとるか?」

 問いかけた翔真の顔は、俺のことを気遣っているようだった。

「……」

 一瞬だけ言葉を詰まらせた。なんて言おう。出すべき言葉が浮かぶよりも早く、反射的に手が大きく動き出した。「やっぱすっげーぜ、東京って!」そして、唇も。

「ここにいたんじゃ味わえない経験も出来たんだ」
「お、そうけ」
「おうよ。町は賑やかだし、お洒落なカフェにも行けるし、スカイツリーで遠くまで見れるしさ、富士山だって気軽に行けるし、有名な社長の講演も生で聞けるんだぜ。得られるものがとにかく違うんだよなー、東京って!」

 ネットの海に捨てたはずの言葉が、ここぞとばかりに浮上して、俺を介して外の世界に出ていく。やめろ。言いたくない、そんな嘘。けど、止まらない。上京してから誰とも話せなかった分、タガが外れてしまったようだ。

 翔真が羨望の眼差しを注いでくれていた。翔真は、いつも人の話に真剣に耳を傾けてくれる。だからこそ、優越感と敗北感と色んな感情が胸中を抉る。
 相槌を打っていた翔真が、「楽しそうで何よりじゃ」と言ったところで、すかさず「しょ、翔真はどうなんだ?」と問いかけた。

「俺か? 里志ほどじゃないけど、俺も充実しとるき」

 急な話題転換だったにも関わらず、翔真は答えてくれる。

「えーっと、大学で農業の勉強しとるじゃろ。大学でサークルを立ち上げて、過疎化していく町をどう活性化出来るか、考えることが出来る場所も作ったけ。参加してくれる人、みんな意見が違ってて、めっちゃおもろいんよ」

 指折りしながら言う翔真。その声からも表情からも、充実していることが伝わって来る。俺が捨てた場所でも、こうして何かを見つけて、楽しそうに生きられる奴だっているのだ。
 というか、普通に俺よりも充実した生活を送っていて、羨ましくなった。

 更に思い出したように、「あ、そうそう」と翔真が言った。

「最近は、知り合いの農家の人から土地の一部を借りて、試させてもらってもおるなぁ。この後も、ちょっと様子を見に行かないといけんの」

 自分のやりたいことを着実に行動していく翔真。

「すげーな……」

 つい口から漏れ出ていた。翔真は一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑い声を出すと、「そんなことあらんわ」と手を横に振る。

「自分がやってみたいことを、勝手にやってるだけじゃ。周りにどれだけ迷惑掛けとるか、分からんけ。……本当、どれだけ感謝しても足りん」

 周りに対する感謝の想いを忘れておらず、自分の夢に向かって突き進む。勝ち負けなんかじゃないけれど。なんとなく上京しただけの俺は、こいつにはずっと勝てない。

 自分自身の情けなさを見せつけられたくなかったから、俺は地元に帰りたくなかったんだ。

「……俺、そろそろ帰るよ」

 翔真といることに耐えられなくなった俺は、別れを切り出した。

「了解じゃ。せっかく地元戻って来たのに、呼び止めて悪かったけーの。おばさん達にヨロシク言っておいての」

 爽やかに言う翔真に、俺は貼り付けたような笑みしか浮かべられなかった。ここで別れたら、俺は翔真と会うことはなくなるだろう。なんとなくそんな予感がした。だけど、それで良かった。

 去ろうとした時、「あ、そうじゃ」と何でもないように、翔真が口にした。

「なぁ、里志。次はいつこっちに帰って来るんじゃ」
「次? ……あー、全然決めてないな。一年後か、もしくはもっと後か……。今日だって、本当は帰るつもりなんてなかったし」
「そうなんか。なら、ひとつ言うてもええか?」

 ジャージのポケットに手を入れたまま、翔真が言う。俺は何も口にしないことで、続きを催促する。

「なぁ、里志。無理しとらんか?」

 いつもの明るい声音とは異なる、真剣味を帯びた口調で問いかけた。

 ***

 ――無理しとらんか?

 翔真の声を聞いて脳裏に過ったのは、やはりこの九か月間の出来事だった。

 上京してから最初の洗礼は、あまりの人の多さによる人酔いだった。止まらない人の波に、吐き気を催した。何度か遊びに来たり、受験もしに行ったのに、これから一人で暮らすというプレッシャーから襲い掛かったのだろう。その現象は大学の入学式でも同様に生じた。人の多さに当てられた俺は、体力的にも気力的にも疲れを感じ、自分から話しかけることが出来なかった。俺が躊躇っている間に、周りの人間関係は当然構築されていく。気付けば出遅れてしまった俺は、憧れだったキャンパスライフを共に謳歌できるような人には巡り合えなかった。校内では基本一人、コンビニのバイトでは淡々と接客するだけ。誰かと深く関わらず、誰かと繋がることが出来るギリギリのライン。そんな希薄な人間関係を保つための処世術だけが、上京してから得たものだと言っても過言ではない。

 だから、取り繕うのは得意になったつもりだった。けど、本当は人と関わる機会が極端に減ってしまったから、自分のことは分からない。

 上手く隠したつもりだったのに、すぐにバレてしまったことに対する憤りが、何故か胸中に湧いた。

「――無理なんて……、しないわけにはいかねーんだよ」
「んぁ?」

 囁くように言った言葉は、翔真には聞こえなかったようだ。

 ここで怒ったって、八つ当たりだ。それくらい、興奮する頭でも分かる。頭を冷やすためにも、一度目を瞑り、息をゆっくりと吐いた。

「悪ぃ、今のよく聞こえなかったけ。なんて言うたんじゃ?」
「……いや。俺は東京で楽しくやってるよ、って言ったんだ」
「そうけ。なら、ええんよ。里志が無理せずに楽しくやってるんなら、それでええ。悪かったのう。帰る言うてたのに、変なこと言うてもうて。次いつ言えるか、分からんかったけ。ここで言わないと後悔しそうな、そんな予感がしたんよ」
「……俺は昔からどんなこともやる奴だろ」
「うわははははっ。そうじゃけ。杞憂だったわ」

 どこまでも明るく翔真は笑う。けど、その底抜けに明るい笑い声は、空に虚しく解けて消えた。「さぁ、帰ろうじゃ」、とまるで明日も会えることを疑わないかのように、軽く言い放つ。それが、翔真の気遣いだということは分かっていた。

「……」

 俺のことをここまで心配してくれる奴なんて、どれだけいるのだろう。

 風巻翔真は、自分が傷つくことを恐れずに、深く足を踏み入れて来る。本音を言うことにも、必要であるのなら躊躇うことはしない。
 少なくとも、俺に対して真剣にぶつかってくれる人は、上京してから一度も出会ったことがない。

 いや、人のことを言う前に、俺自身どうなんだろう。いつしか本音を言うことは出来なくなっていた。……いつしか、なんて嘘だ。上京してから、思い描く自分と本当の自分があまりにも異なっていて、自分自身に恥ずかしくなってしまった。大言壮語した挙句、何も出来ていない自分が、ちっぽけに見えて仕方がない。

 だから、俺は嘘と見栄で自分を包まなければならない。

「里志?」

 立ち尽くす俺を気に留める翔真の声音は、優しい。

「なぁ、そんな無理してるように見えるか?」

 気付けば、俺はそんな質問をぶつけていた。言ってから、自分で何を言ってるのだろうと後悔する。一度出した言葉は、戻らない。弱音を出したことが恥ずかしくて、コートのポケットに手を入れて、「……何でもない」と襟元に顔を埋める。

「見える」

 迷いなく翔真は言った。

「顔つきも目つきも、東京に行く前の里志と全然違うけ。だからこそ、心配なんよ。……じゃけ、里志が大丈夫言うなら深くは突っ込まん」

 普段は底抜けに明るいくせに、人の心の機微を敏感に察するのが翔真だ。翔真が人の嫌がっていることを行なって、傷を抉る姿なんて、今まで一度も見たことがなかった。

「……はぁ、もういいや」

 溜め息交じりに言った言葉。翔真の頭の中で、疑問符が浮かんでいるのが伝わって来た。「ええって、何がじゃ――」と言い終わる前に、俺は言葉を重ねていく。

「俺は東京に行っても、何も出来ていないんだ。大学でも一人、家に帰っても一人。一人でやることと言えば、ただネットを見るだけさ。さっき翔真に言ったことは、全部嘘なんだ。俺の中で、こうなったらいいなっていう、願望なんだ……」

 ネットで齧った知識だけが、頭の中に入っている。だけど、それは手にすることは出来ず、とても空虚なものだ。

「すっげーじゃ」
「は?」
「いや、だから、里志はすっげー言うたんじゃ」
「……今の話、聞いてたのか。俺は何もしてないんだぜ?」
「そんなことないじゃろ。この田舎から東京に適応するために、里志が頑張ったのは分かるけ。口調だって完全に標準語になっとるし、服装だって学ランとジャージしか着ていなかったのに変わっとる。でもな。何よりもすげー思ったんは、そんなに自分が出来ていないと認めているくせに、東京から逃げんかったことじゃ。やっぱり里志は昔からすげー奴なんよ」
「……昔から?」

 翔真は屈託なく「おう!」と言う。

「東京に行くって決めたら一人でも行っちまうし。俺にはこの町を飛び出して、東京に行こうという考えすら浮かばん。もちろん、それだけじゃないけ。他にも、小中高で里志のやったことを挙げれば、キリがないくらいなんよ。その行動力は、本当に尊敬しとる。……けど、少しだけ寂しかったんじゃ。これ、俺の本音じゃ」

 翔真の言う通り、俺は上京することを一人で決めた。俺が周りに伝えたのは、事後報告だった。しかも、卒業する前日くらいの急な話。
 俺は俺のことだけに必死になっていて、残される人の気持ちを考えていなかった。翔真と話すことで、約九か月ぶりに気が付いた。
 どれだけ傷つけてしまったのだろう。

「……ごめ」
「今までは準備期間やったんじゃ」

 俺の謝罪を遮るように、翔真が大きく腕を振る。翔真は自分の感情よりも、俺がやることを後押ししてくれているんだということが、今なら分かる。今も昔も変わらず優しくて、けど昔よりも遥かに人間としての器が出来上がっている。

「東京に適応するための、大切な時間じゃったんよ! 知っとるか、赤子も母親の胎の中で、十か月間準備するけ。それと同じなんよ、里志は!」

 その発想はなかった
 当の本人である俺は何も出来ない現状に、何かするわけでもなく、ただ嘆くだけだったのに。
 翔真は、俺が過ごした時間が無駄ではなかったと言ってくれる。

 言った本人は、自分の発言に納得していないのか、「ん? なんかちょっと違うか……」と一人首を捻っていた。

 だけど、すぐに「まぁ、細かいことはええんよ」と切り替えると、

「里志なら、これから新しい姿に変わることが出来るってことじゃ!」

 最後の最後、結局はゴリ押しか。だけど、底抜けに明るい翔真らしい。俺は胸の奥に光が灯るのを感じた。俺の表情を見た翔真が、ニヤリと口角を上げる。

「じゃけ、勝負や」

 翔真が、俺に向けて人差し指を突きつけた。その瞳は、真っ直ぐだ。いや、そんな真っ直ぐに「勝負」って、何を言っているんだ。

「この町を里志が帰って来たくなるくらいにデカくするけ。だから、里志はデカくなった町に相応しいくらい、大きな人間になって帰って来るんやよ!」
「なんだ、それ。本当に出来ると思ってんのかよ」

 この小さな田舎町が、変わるとは思えない。上京して大きくなる、という漠然な夢を持っていた俺よりも、あまりにも大きすぎることを語る翔真を、俺は笑った。

 だけど、

「知らん!」

 俺の想いを一蹴するように、ハッキリと言う。

「言うのは自由じゃ。じゃけ、俺は言う! それに、本気でやれば、結果は勝手について来るじゃろ」

 自分自身の可能性を、翔真は疑うことすらしていない。

 ふと俺は三が日のことを思い出した。あえてネット上で宣言することで、後に引けない状況を作ろうとした。それは叶わなかったけど、やりたかったことは翔真と変わらない。いや、今からでも遅くないかもしれない。

「あとな。俺、この町が好きだから、一人でも多くの人に足を運んでもらって、くつろいでもらえるような場所にしたいんじゃ。それが、俺の夢じゃ」

 初めて聞いた翔真の夢。だけど、それを嗤うことはしない。

「じゃからさ。いいな、里志。勝負じゃけ!」

 再び指を突きつけてくる。思わず、俺は腹の底から笑ってしまった。「な、なんじゃ?」翔真は指を降ろして、先ほどの威勢はどこへやら、おどろおどろしく振る舞う。 

「本当、お前は昔から漫画みたいなこと言うよな」
「どこが。カッコイイことなんて、何も言うとらんじゃろ」

 そういうとこだよ、と言葉にするのは恥ずかしくて、俺は肩を軽くぶつけた。一瞬、翔真はポカンとしていたが、すぐにニヤリと歯を見せると、俺の肩にぶつかり返して来た。

「のぅ、いつもの分かれ道までどっちが早く着くか、久し振りに勝負しようじゃ」
「勝負って……、さっき別の約束したばかりだろ」
「それはそれ、これはこれじゃ。んじゃ、始めるけ。よーい、ドンッ!」

 合図と同時、翔真は走り出した。うわっ、翔真の奴、本気で走りやがった。しかも、ずっと走り込んでいるから、マジで速い。あっという間に、翔真の姿が小さく見える。

 このまま放っておいたとしても、途中で俺が走っていないことに気が付いた翔真が、頬を膨らませながらブーブーと文句を言う姿が思い浮かぶ。だから、別に律儀に勝負しなくたって良いのだ。

 だけど――。

「負けっぱなしは性に合わない――よなっ!」

 俺は一度唇を舐めると、一歩を踏み出す。冷たい風をものともせず、もう一歩踏み出してスピードに乗ると、勢いよく公園を飛び出した。

「おい、翔真! お前、毎日走っとるんやろ! ハンデ寄越し、ハンデ!」
「そんなん言うて、里志も十分走れているけ。ハンデなんていらんじゃろ。うわははははっ!」

 少しずつ近付いていく背中に叫べば、晴天に似合う清々しい笑い声が返って来る。

 空は青く、高い。道は広く、自由だ。

 東京の狭苦しいビル街とは違って、解放感がある。

 そんな田舎の道を、俺と翔真は童心に戻りながら走る。

 そういえば。こうして翔真と駆けっこをして家に帰った時は、扉を開けた途端に「ただいま」と息を切らしながら言ったものだ。
 実家に帰って扉を開けたら、まずは「ただいま」と言おう。そんな当たり前のことも、昨日言えていなかったことを思い出した。


〈挨拶〉
 すみません。
 まずは最初に謝らせてください。

 誰の目に止まっていないことは分かっています。
 何の変哲もない、ただの大学生が書いたブログなんて、誰も見ていないことは重々承知です。
 見ているのは自分だけなんだから、自分の満足のままに書いたっていいことも分かっています。
 だけど、俺の良心が許さなかった。

 嘘偽り、小さな見栄でしか自分を表現できない俺が、すごく情けなくなりました。

 年始に書いた記事は、全部嘘です。

 百人中九十人以上が思い当たることの出来ないような、小さな田舎町で、俺は生まれました。
 ずっと田舎町で暮らすことが耐えられなくて、大学に合格したことをきっかけにして、去年の四月に上京しました。

 田舎で暮らす俺にとって、東京は未知の世界で、憧れでした。上京すれば、最初にブログに書いたように変わることが出来るんだって思っていました。アメリカンドリームならぬ、東京ドリームを掴みたいと意気込んでいました。

 だけど、実際は違った。

 思ったよりも高い現実の壁にやられてしまって、それ以上行動することを諦めました。
 それからの俺は、ただ変われない現実に嘆くだけ。自分から動くことはなく、大学と家を往復するような生活を送りました。

 そして、いざ自分自身を振り返った時、残るものがなくて、怖くなりました。それが、去年の年末のことです。

 だから、ネットの世界だけでも、変わった自分を見せたくて、俺の理想を書きました。

 最初は楽しかったです。でも、次の日から後悔ばかりが胸に疼くようになって、気持ち悪くなりました。

 ここにいるのは、誰なんだろう。本当の自分って、何なんだろう。

 これ以上自分に嘘を付けなかった俺は、理想からさえも逃げ出しました。

 逃げた挙句、結局帰省することにしました(あ、今は東京の一人暮らししてるアパートに戻って、大学の講義に出てます)

 さっきも書いたけど、正直な話、俺の田舎は本当に何もないです。だからこそ、何もない田舎には一切期待していませんでした。むしろ、あれだけ意気込んで上京したくせに、何もしてないんだと、周りから後ろ指を差されるものとばかり思っていました。

 だけど、待っていたものは違った。
 俺が見限った田舎で、高校時代の同級生は夢を追って輝いていました。しかも、ただの夢じゃなくて、ハッキリと見定めていて、とてつもなく大きい夢。そいつの、堂々としていて、嘘をついていない姿に、正直羨ましく思いました。
 漠然と大きい夢だけを追って、時間を無駄にした自分の愚かさを突きつけられた気分にもなりました。

 でも、そいつ(漫画の主人公みたいに、めっちゃ明るい笑)は、今までは準備期間だったんだって言うんです。しかも、それだけじゃなくて、東京に行って腐った俺に「勝負じゃ!」なんて言うんですよ。

 俺とは別のベクトルで生きていたと思っていたのに、まるで昔に戻ったように、対等に接してくれました。

 単純かもしれないけど、もう一度やってみようって思えました。

 これから俺は自分自身に嘘をつかないように生きたいです。
 出来ない自分も自分だって認めて、何か挑戦してみたいことが出てきたら全力で自分の背中を押してあげたい。
 そうしたら、少しは変われる。そう信じて頑張ります。

 それが、こんな俺でも、見捨てないで見送ってくれた地元への恩返しだと思うから。

 うん、長ったらしくなりました(多分読み返したら恥ずかしくなるやつ笑)。

 でも、ここまで書くのは、そんなに時間掛かってないんです。正確な時間は分かんないけど、十五分も経っていないんじゃないかな。
 最初に投稿した記事は、頑張って考えて三時間くらい掛かって、投稿出来なかった下書きも二時間くらい掛かってたんですよ笑
 やっぱ本心で書いた方が、伝えたいものが溢れるんですね。

 だから、俺はこれからは本心を表現することを恐れずに、生きます。

 頑張って一歩踏み出して。
 そこから更に踏み出す、もう一歩の勇気。

 俺が変わるためのミッションです。

 今年何が起こるか、本当の意味でワクワクしてきました。もし機会があれば、また更新します。

<――終わり>

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