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宮田珠己(イラスト:網代幸介)『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』

☆mediopos2879  2022.10.5

ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』のことは
まったく知らずにいたのだが
(そもそも宮田珠己という著者のこともはじめて知る)

宮田珠己の『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』は
そのデタラメ旅行記の作者である
ジョン・マンデヴィルを(亡き)父にもつ
アーサー・マンデヴィルが教皇に命じられ
そこに描かれている「プレスター・ジョンの王国」へと出向き
「かの王国と同盟を結」ぶべく親書を託される…
という設定で語られる奇想天外な旅行記である

はじめから「ありもしない王国を探しに行くなど、
人生をねずみの餌にくれてやるようなものだ」という主人公に
柄の悪い傲岸不遜な修道士ペトルスと
書物好きで夢見がちな弟エドガーが同行する
ひたすら東へと向かう旅である

それは羊のなる木や
魚にまたがるアマゾネス
犬頭人にマンドラゴラ
背中にギザギザのある怪物などなどがいるという
荒唐無稽な東洋奇譚となっているが

発想のもとになっているのは
ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』と
いうまでもなくマルコ・ポーロ『東方見聞録』
その他にも著者自身のつくっている選書リストもある

そしてこの奇譚を書く動機づけになっているのは
渋澤龍彦の『高丘親王航海記』のようだが
個人的にはむしろ本書のほうが
ユーモアたっぷりで面白かったりもする

イラストを担当した網代幸介も
「それはそれは面白くて、
これは写本を残さねばというテンションにな」ったそうで
それで作られたらしい「じゃばら絵巻絵巻」も豪華で
遊び感覚にあふれている

ストーリーは荒唐無稽であるものの
旅の最後の少しばかり微笑ましくも感じるエンディングまで
それなりに筋が通っていて読後感も悪くない
なによりお説教くさいところがまるでないのがいい

著者は「不思議な世界の冒険譚が昔から好き」で
子どものころ『ドリトル先生航海記』『ガリバー旅行記』
『船乗りクプクプの冒険』などを夢中になって読んだというが
たしかに本書を読みながら
かつて読んだそうした物語が懐かしく思されたりもする

ああ面白かった!
そう思える無邪気な時間が持てるのは
なんと贅沢なことだろうか
意味に雁字搦めにされがちな時代だからこそ
こんな意味づけから自由になれる贅沢を忘れてはいけない

■宮田珠己(イラスト:網代幸介)
 『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』
 (大福書林 2021/10)

(「第2章 スキタイの子羊を求めて」より)

「教皇はわたしに、プレスター・ジョンの王国へ出向けと命じられた。
 キリスト教徒にとってローマ教皇の命令は絶対である。
 だが畏れ多いことに、わたしはその計画に賛成することができなかった。
 なぜなら、父の著書『東方旅行記』に書かれてある内容はほぼ嘘八百であり、そこに書かれたプレスター・ジョンの王国への道筋などでたらめに決まっているからである。あの稀代のイカモノがご丁寧にも知りもしない王国への道筋まで書き込んでいたとは、馬鹿につける薬はないとはこのことだ。」

(付録:宮田珠己「『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』をめぐる選書リスト」より)

「不思議な世界の冒険譚が昔から好きでした。子どもの頃『ドリトル先生航海記』シリーズや、『ガリバー旅行記』、『船乗りクプクプの冒険』などを夢中で読み、大人になってからは『高丘親王航海記』に感動し、いつか自分もそんなちょっとユーモラスな雰囲気のある冒険物語を書いてみたいと思っていました。今回ようやくそれを形にすることができ、宿題をやっとひとつ終えた気分です。そのうえ、憧れていた網代幸介さんに素晴らしい絵を描いていただき、作者としてこれ以上の喜びはありません。みなさんにもぜひこの奇妙で不思議な世界で心遊ばせてもらえたらと思います。」

『東方旅行記』
ジョン・マンデヴィル(東洋文庫)
『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』の原典であるデタラメ旅行記。内容がぶっ飛んでいて面白い。とりわけ中盤以降のアジアに入ってからが最高。ほとんどは他の見聞録などからの剽窃だが、奇抜な話ばかりを煮詰めた感があって楽しい。ずっと愛読していた。

『高丘親王航海記』
渋澤龍彦(文春文庫)
渋澤龍彦の傑作。日本から天竺を目指して旅立った高丘親王がさまざまに不思議な体験をしながら西へ向かう。『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』を書いた動機のひとつは、これに触発されたこともある。もちろん文学性は桁が違うけれども。

『東方見聞録』
マルコ・ポーロ(平凡社ライブラリー)
言わずと知れた古典的旅行記。チパングに関する表記は人肉を食べるなど実際の日本とは結構異なっていて、日本のことではなかったのではないかという説もある(的場節子『ジパングと日本』)。

(付録:網代幸介「『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』の絵巻ひとこと解説」より)

「宮田さんの本を最初に知ったのは『おかしなジパング図版帖——モンタヌスが描いた驚異の王国』でした。モンタヌスは行ったことがないジパングを、それは面白く奇妙に描いていました。同じく、妄想旅をする僕にとって、この本はバイブル的な存在です。
 そして、この度、幸運なことに宮田さんの小説の装画を担当する機会を頂き、大変驚きました。それはそれは面白くて、これは写本を残さねばというテンションになり(編集の瀧さん、デザインの大島さんには、いろいろとわがままをいってしまいました…)絵巻物を描いた次第です。『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』の旅をさらに楽しむきっかけになってくだされば幸いです。」

◎目次
・第1章 アーサー・マンデヴィル、ローマ教皇に謁見する
・第2章 スキタイの子羊を求めて
・第3章 女軍団の島アマゾニア
・第4章 犬頭人の舟
・第5章 マンドラゴラを採る方法
・第6章 海を漂う少女
・第7章 巨大蟻と金の山
・第8章 ワークワークの美人巣
・第9章 最果ての国
・第10章 プレスター・ジョンの祈り
・参考文献

宮田珠己(著者):1964年、兵庫県生まれ。95年、旅エッセイ『旅の理不尽 アジア悶絶篇』でデビュー、以後ユーモラスな文体で、独特な著作を次々発表。主な作品に『ときどき意味もなくずんずん歩く』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『おかしなジパング図版帖 モンタヌスが描いた驚異の王国』『無脊椎水族館』『ふしぎ盆栽ホンノンボ』『晴れた日は巨大仏を見に』『ニッポン脱力神さま図鑑』などがある。

網代幸介(画家):1980年生まれ。30歳を機に絵を描き始める。これまで国内外で個展を開催。『サーベルふじん』(小学館)、『てがみがきたな きしししし』(ミシマ社)などの絵本を手がける。作品集に『Огонёк アガニョーク』(SUNNY BOY BOOKS)がある。

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