見出し画像

萬屋 健司『ヴィルヘルム・ハマスホイ 静寂の詩人』

☆mediopos2639  2022.2.6

不思議に心惹かれる画家
ヴィルヘルム・ハマスホイを知った

2020年1月から6月にかけて
東京と山口で開催された
「ハマスホイとデンマーク絵画」展に合わせ
本書は刊行されたと思われるが
ハマスホイについて知ったのは
昨年暮れになってからのこと

ハマスホイ(1864-1916)はオランダの画家
17世紀オランダの画家たちから学んだこともあり
「北欧のフェルメール」と呼ばれたりもするようだが

「画面に様々な象徴が鏤められた17世紀オランダ風俗画と、
何も語らないハマスホイの室内画は本質的に異なるもの」
だというのはその作品を見るだけで明らかだ

「100年前のコペンハーゲンで「一枚のハマスホイ」といえば」
「背を向けた女性が一人佇む−−−−あるいは無人の、静かな室内画」
が思い浮かべられたという

「私はかねてより、古い部屋には、
たとえそこに誰もいなかったとしても、
独特の美しさがあると思っています。
あるいは、まさに誰もいないときこそ、
それは美しいのかもしれません」
とハマスホイ自身が語っているように
その絵の主題は人物中心ではなく「古い部屋」そのもの

その「古い部屋」には
堆積している時間の深みゆえの美しさがあり
その空間は繊細な光に満たされ
また「少ない数の抑えられた色」が使われていることで
落ち着きのある雰囲気を醸し出している

この静謐さはおそらくは
画家の魂の深みにある
元型的なものから伝わってくるのだろう

絵画を観るときに
(多くは画集でしかないけれど)
いつも気になるのは
その画家のそうした元型的なものだ

その作品が心惹かれるものであるとき
おそらく観るこちらの魂の深みにある元型と
画家のそれとが原風景を共有するかのように
夢のなかでじぶんがそこにいたかのように
共振するときでもあるのだろう

とくにハマスホイの「背を向けた女性が一人佇む
−−−−あるいは無人の、静かな室内画」を観ると
その静寂のなかにいるじぶんを重ねることになる
じぶんがそこにいるというより
静謐な時間を湛えた空間そのものとなって・・・

■萬屋 健司『ヴィルヘルム・ハマスホイ 静寂の詩人』
  (ToBi selection 東京美術 2020/1)

(「はじめに/一枚のハマスホイ」より)

「19世紀末から20世紀にかけて活動したデンマーク人画家、ヴィルヘルム・ハマスホイ。静謐な室内画をはじめ、独特の詩情を湛える風景画や建築画、モデルの内面を鋭く捉えつつも、共感に満ちた肖像画など、およそ30年間の活動を通じて優れた作品の数々を世に送り出しました。ハマスホイの「寡黙な」芸術は、初めこそデンマークの人々になかなか受け入れてもらえなかったものの、やがて国内外で高い評価を得るようになります。およそ100年前のコペンハーゲンで「一枚のハマスホイ」といえば、人々は背を向けた女性が一人佇む−−−−あるいは無人の、静かな室内画を思い浮かべたそうです。
 没後、一時は忘れられたハマスホイですが、近年、世界中で再び注目を集めています。日本でも初めての回顧展が2008年に開かれ、多くの人々に深い印象を残しました。本書は、ハマスホイのデビュー作から、最後に描いた室内画まで、画家の創作活動を辿りながら、その人生と同時代のデンマーク美術(の一端)を紹介する画集です。」

(「灰色と白のパレット」〜「古い部屋の美しさ」より)

「ハマスホイ自身の回想によれば、画家が初めて室内画を描いたのは1888年のことだた。その後も、時折このモティーフを取り上げてはいるが、「室内画の画家」のイメージに反して、初期の創作活動の中心的な主題は人物や風景である。19世紀末のコペンハーゲンでは、多くの画家たちが室内の情景を描いており、ハマスホイが本格的にこの主題に取り組み始めた1980年代半ば頃、それはすでに流行の画題となっていた。
 同時代のコペンハーゲンで描かれていた室内画の多くは、画家自身の家庭生活をモティーフとするものだった。遊び疲れて眠る幼いわが子や、その様子を優しい眼差しで見守る妻、あるいは近しい友人たちが居間で寛ぐ情景といった、親密の温かみのある日常の一場面が好んで描かれた。幸福な家庭生活を暗示するそうした絵画は、19世紀末のコペンハーゲンの人々が求めたイメージだった。
 一方、ハマスホイの室内画が醸し出す雰囲気は、同時代の画家たちのものとは異なっている。ハマスホイは、17世紀から18世紀に建てられた古い建物に住み、その室内を描いていた。室内画に登場する家具調度も18世紀後半から19世紀前半の、当時としても過去の時代のものである。ハマスホイは、1907年のインタビューで「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません」と述べている。この言葉は、ハマスホイの絵の主題が、室内を舞台に人物が中心となって展開するなんらかの物語ではなく、古い部屋そのものであることを示している。
 扉や窓を効果的に用いた画面構成や、手紙を読む女性などのモティーフは、フェルメールやピーテル・デ。ホーホ、ヘールライト・テル・ボルフといった、17世紀オランダの画家たちから学んだものである。従って、ハマスホイが時折「北欧のフェルメール」と呼ばれるのも、あながち根拠がないことではない。しかし、画面に様々な象徴が鏤められた17世紀オランダ風俗画と、何も語らないハマスホイの室内画は本質的に異なるものである。ハマスホイが惹かれ、描いたのは、時間が堆積した古い部屋そのものの美しさであり、同じように古びた家具調度に降り注ぎ、空間を満たす繊細な光だった。」

「「Ⅲ 1898-1908 ストランゲーゼ30番地」より)

「なぜ私が少ない数の抑えられた色を使うかですって?それはまったくわかりません。それについて何かお話することが、私には本当に不可能なのです。私にとって自然なことで、それがなぜかは説明できないのですが、初めて作品を発表したときから、そうなのです。それは、落ち着きのある限られた色彩、と呼ぶのが相応しいかもしれません。一枚の絵において、純粋に色彩という点に限って言えば、色の数が少なければ少ないほど、絵画的な効果は高まると私は確信しています」(ヴィルヘルム・ハマスホイ)

「モティーフを選ぶとき私が重視するのは、その線であり、それは絵画における調和した構造美とも呼ぶべきものです。もちろん、光も大切です。それが重要なことは、言うまでもありませんが、モティーフの線は、総じて私が重きを置くものです。色彩も確かに副次的なものではなく、どのような色に見えるか、無関心なわけではありませんし、調和した色彩になるよう努めています。しかし、モティーフを選ぶ際に私が目を向けるのは、何よりもまず、その線なのです」(ヴィルヘルム・ハマスホイ)

「個人的には、私は古いものを好みます。古い住居や古い家具、それら全てに宿る、極めて独特の雰囲気が好きなのです。しかし同時に、新しいものを犠牲にして、つまり良質の新しいもの、という意味ですが、古いものを偏愛するのは間違っていることに、気づいていないわけではありません。現代人は現代の、時代に合った住宅に住むべきです。現代の美的感性の流れに従う方が、古いものを模倣するよりも遙かに良いのです」(ヴィルヘルム・ハマスホイ)

◎「ハマスホイとデンマーク絵画」展のサイト

画像1

画像2

画像3

画像4

画像5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?