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夢の世界の冒険—未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4—

概要

訳:森瀬繚
著:H・P・ラヴクラフト
絵:中央東口(1)


あらすじ

 怪奇小説作家H・P・ラヴクラフトが創始し、人類史以前より地球へと飛来した邪神たちが齎す根源的な恐怖を描いた架空の神話大系〈クトゥルー神話〉。
 その新訳コレクション第4集となる本書では、「北極星(ポラリス)」から「未知なるカダスを夢に求めて」に到る、地球の夢の深層に広がる異世界〈幻夢境(ドリームランド)〉が舞台の幻想譚と、をラヴクラフトの分身とも言える〈夢見人〉ランドルフ・カーターが夢と現(うつつ)にまたがる脅威に直面する「ランドルフ・カーターの供述」以下の作品群を完全に網羅した、実に17篇を収録。

 永劫の探求を果てに、夢見人の眼前で今、〈窮極の門〉が開く――!

〔収録作品〕
・北極星(ポラリス) Polaris
・白い船 The White Ship
・サルナスに到る運命 The Doom That Came to Sarnath
・ランドルフ・カーターの供述 The Statement of Randolph Carter
・恐ろしい老人 The Terrible Old Man
・夢見人(ドリーマー)へ。 To a Dreamer.
・ウルタールの猫 The Cats of Ulthar
・セレファイス Celephais
・忘却より(エクス・オブリビオン) EX Oblivione
・イラノンの探求(クエスト) The Quest of Iranon
・蕃神 The Other Gods
・アザトース Azathoth
・名状しがたいもの The Unnamable
・銀の鍵 The Silver Key
・霧の高みの奇妙な家 The Strange High House in the Mist
・未知なるカダスを夢に求めて(ドリーム=クエスト) The Dream-Quest of Unknown Kadath
・銀の鍵の門を抜けて Through the Gates of the Silver Key (元作品「幻影の君主」併録)(2)

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各話あらすじ

北極星

 北極星が狂える伝達者のように輝く光が隠される夜の夢の中、高原にある太陽が昇らない都邑で確かな叡智を語り手に分け与えられていた。その叡智を、都邑を現実のものとしたいと切望し始めた。するとある日議論に耳を傾けていると身体を得たいう実感との都邑の住人だという確信のもと友と一緒に都邑、ロマールを侵攻する部族を妨害する作戦に参加した。

 切望した夢が現実のものとなった感覚から目覚めたことにより得た喪失と都邑を救えない罪悪感の中夢の生物に懇願する妄信的な現実逃避、その中で北極星はこの世界は現実だと語り手に狂える伝達者の様に睨みつけている。


白い船

 代々灯台守をしていたバズル・エルトン、閉鎖的な空間の中で船が持ってくる知識を楽しみにしていた。月が満ち、天高く昇るとやってくる白い船、船長に心惹かれ、ある日旅に同行した。

 素朴な灯台守が最大の美しさを求めて、かなぐり捨て突き進む慢心と天罰による崩壊と閉鎖的な報い。船を先導していた鳥は死に絶え、あの時見た風景だけが心に寄り添う。


サルナスに到る運命

 サルナスという都邑の発端と終幕の記述。サルナスの発端により破壊された都邑イブそこに住まう醜い生物の彫刻を持ち帰る。翌日に大祭司が運命の印を書きなぐっていた。

 歴史的な記述が目立つ淡泊な語りの中で始めと終わりに見せる醜い生物たちとそこで栄えた人間のどうしようもない絶滅に至るための虐殺を描く。


ランドルフ・カーターの供述

 太古の印が残る墓所に忍び込んだハーリイ・ウォーランに支配されていたランドルフ・カーターの供述。墓所からのトランシーバーにより語られる墓所の秘密。

 音声のみで語られる脅威の体験。安全な地点にいるはずの語り手ランドルフ・カーターとは対照に墓場の中のハーリイ・ウォーランの恐怖が映えて、自分の身にも迫っている錯覚に陥る。


恐ろしい老人

 町で噂になっている恐ろしい老人の話。そこを入ろうとする泥棒の最後。

 童話の様な短さと皮肉めいた転結、よくある奇妙な家とそこに侵入した泥棒の結末だがそこをラヴクラスト的な要素が組み合わせた作品で語り手が子供に読み聞かせするような柔らかな口調で個人的にお気に入りの一遍である。


夢見人へ。

夢見人に宛てた短い詩。

幻夢境(ドリームランド)が盛り込まれる、ある人の対話による恐怖の反応。


ウルタールの猫

 ウルタールでは自由民による猫の殺害が禁止されていた。それ以前に猫を殺すことを愉しみとするある老夫妻の影響からだった。放浪者の中の少年が連れた黒い子猫を殺したことによる祈りと報復。

 こちらも「恐ろしい老人」と同様童話の様な短さと皮肉な展開であり、残虐性も申し分ない。極悪な夫婦により殺される猫たちの復讐を猫好きによるある種の愛らしさを含んだ作品でこれもお気に入りの一遍である。



セレファイス

 夢の世界の名をクラネスという現実世界では孤独な人間の幼き時の光景に似た都邑セレファイスを求めて止まなかった。美しい夢の為に現実を犠牲にしていく。

 醜い現実から逃避するために美しい夢の世界に居続ける。そして夢の世界の住人になりたいと強く願う様になり、それが一瞬でも叶ってしまったが故により現実の醜さが引き立つ。多くの読書偏愛者の願望を写した作品ともいえる。


忘却より

 最期の時に訪れによる生の逃避により薬を使って夢の世界に入り込む。

 必ず訪れる最後の時、その恐怖と到達に至るまでの動かない日々をどの様に克服するのか。彼は薬を使った。多くの小説家が描く終焉の時をラヴクラフトはこの様に迎えた。


イラノンの探求

 美しきイラノンを探す若者の旅路。ある都邑で嫌悪の目で見られても、ある都邑で裕福になって求めるその都邑と少年の真実。

 どんなに美しさを求めていても、逃れられない現実の影ある。都邑で出会った少年も富と快楽を得られると美しさを求めるのをやめてしまう様に。虚しく、瞬間的でそれでも愛してやまない美しさに殉じた故に訪れた悲劇。嗚呼現実から目を逸らし続ければ、ずっと夢を見続けれれば良かったのに。


蕃神

 賢者バルザイは神々が現れ出るであろう夜にハテグ=クラ山の頂に立ちその顔を見ようとした。それは自身の知識により彼らの怒りから守られると信じての事だった。

 自身の妄信により神の怒りを買った老賢者とその弟子のアタルの奇妙なコンビ。しかしラヴクラストが最も感情移入するのが老賢者であるだろう。理性と知識の妄信により、神々の声を聞くことが出来たのだから。

 神の声を響く中、『ナコト写本』などクトゥルーのキーワードがふんだんに盛り込まれて、ウルタールの猫の続編でもある。


アザトース

 現実に嫌気がさした男の部屋に巨大な深淵の橋が架けられた。

 希望のない閉鎖された都市でのある男が夢の世界へ旅立つさまを描写した一遍。幻想的な表現の中美しき世界へ。


名状しがたいもの

 アーカムの墓場で語られる名状しがたいものについて。ある窓を覗き込むと負傷するという。

 窓がモチーフとなっている怪奇作品であり、現実世界のカーター登場すると思わしき作品でもある。

 他の作品群、まさに今まで読んできたラヴクラフトの小説、の中では薄味で特徴的なものはなく印象も残らない作品。強いて言えば窓の描写が逸脱的であった。


銀の鍵

 夢見人ランドルフ・カーターの一生。幼いころから夢の世界に入ることが出来たが今では30歳になるとできなくなってしまった。夢の穏やかな美しさを求めていた。50歳を過ぎたとき薬のおかげで酩酊を繰り返していた夢の中で銀の鍵について祖父に教えられる。

 長年夢見たせいで現実世界に固定されたことで満足感や幸福を得る事は少なくなっていた。それ故に老いても夢の世界を求める。そうして探し出した到達点、それが現実の世界のものなのか、夢の世界のものなのか。

 グリム童話の『金の鍵』をモチーフとしていると思いきや予想の斜め上を行くものであるがこれまでの作品の総集編の意味合いも兼ね合う(4)ものであるという事でグリム童話の『金の鍵』のモチーフであると推測できる。


霧の高みの奇妙な家

 ある男が地元の人も気味悪がる霧の高みにある家に興味をひかれ「恐ろしい老人」ですら知らない不思議それを知ろうと乗り込むのであった。

 神のとの邂逅とその享楽の果てに全てに生気を感じられなくなる。「蕃神」と似たような作りだが、こちらは現実が超越的なものに支配される怪奇小説の特徴がある。しかし神の描写は荘厳たる雰囲気はなく、どちらかというと享楽的で愉快な雰囲気を保つ存在として語られる。どれも人間が生きている間に起こる幸福に耐えられない強大なものであるが。



未知なるカダスを夢に求めて

 これまで出てきた単語や登場人物が総出演してくる。夢に出てくる美しいカダスの風景によりそこを訪れたいと願望を抱き旅をする。それはドリームワールドを横断する大いなる旅であった。

 今までの作品とは毛色が異なりこちらは中編サイズの冒険活劇となっている。〈大いなるものども〉の使者であるナイアルラトホテプとの幾度もの対決や懐かしき仲間たちの協力など目まぐるしく変わる状況は読んでいてわくわくする。

 そして悲劇の結末。全体を通して少年向けの冒険活劇の様に進むが細部は「ピックマンのモデル」のピックマンの成れの果てが登場や食屍鬼、夜鬼が仲間になるなどグロテスクで奇怪で、ナンセンス、クトゥルー作品と言える仕上がりになっている。



銀の鍵の門を抜けて  (元作品「幻影の君主」併録)

 「銀の鍵」により失踪したランドルフ・カーターの財産分与により集められた男たち。その中のターバンを巻いた男によりランドルフ・カーターは死んではいないと言われる。

 奇妙な埒外に干渉したランドルフ・カーターが得た新しい別の空間、別の時間に干渉できる能力を手に入れたことでの悲劇。

 読みにくい所が多々あり、特にランドルフ・カーターが魔法使い老エドモンド・カーターとの接触と〈案内者〉を受け入れる場面などがそうであった。それを簡潔にまとめるとランドルフ・カーターが時や空間を自由に行き来する能力を手に入れたがそれは実体として身体を伴ってではなく霊体としての能力であった為で身体を持ちたいとそれを実に経験したいと願う。その願いが叶った故に醜い体に囚われてしまう。

 醜い姿に慣れ果てたランドルフ・カーターの悲劇、それが地球外からやってきたことにより奇形のSFものでありながらゴシックの雰囲気を持つ作品となっている。そして私的にランドルフ・カーターの醜い姿を見て事を切れたアーネスト・B・アスピウォールが好きな人物になる。



良い点

童話の様

 今回の作品群は幻夢境(ドリームランド)を舞台にしたものやそのキーワードを触れたものを選んでいるためか今までクトゥルーの作品群と比べ幻想的でグリム童話のような残酷な教訓話のようになっている。


連作

 「未知なるカダスを夢に求めて」によって幻夢境(ドリームランド)の全体的な構図や設定が固まり、その他の作品群の登場人物や設定、地名などが共有されており、壮大な舞台となっている。そして慣れ親しんだ語り手ランドルフ・カーターの一生を描写したことによりその傾向が強まり、全体的に纏まりがある作品群になっている。



悪い点

雰囲気を楽しむもの

 全体的に内容の締まりがないものとなっている。恐ろしい老人がいたり、理想を求めた旅人などその要素からどの様な展開を経て、どの様な結末を迎えるのかがより分かりやすく、このような童話のような教訓話や悲劇を読んだ人は叙述トリックのような白けたものになることも多い。


拾いすぎ

 前述のとおり全体的に纏まりが良いと言ったが悪く言えば纏まりが良すぎて後味に残らなくなっている。幻夢境(ドリームランド)を冒険したランドルフ・カーターの一生を描いたことで幻夢境(ドリームランド)の作品群自体に終わりを迎えたような感じが否めない。事実、ラヴクラストはファンが望んで書いた「銀の鍵の門を抜けて」以降幻夢境(ドリームランド)の作品を書いていない。


クトゥルー要素は薄い

 幻夢境(ドリームランド)が舞台という事でクトゥルーの世界観の要素が極限に少なく、夜鬼や『ナコト写本』など文中に触れられることが多く、それに対峙したり、襲われることはない。それゆえにこれはラヴクラストのクトゥルーに僅かに触れる幻夢境(ドリームランド)シリーズ(本書内では〈ドリーム・サイクル〉とされている。(5))という別シリーズとした方が最適である。



感想

ラヴクラストの奇妙でナンセンスな童話

 上記でも度々述べている通り、本書は童話のような作品群が多々あり作品名を上げてみると「白い船」「恐ろしい老人」「ウルタールの猫」「イラノンの探究」「蕃神」「霧の高みの奇妙な家」。そして子供の頃に夢中になった冒険譚として「未知なるガダスを夢に求めて」もありラヴクラストが幼少期夢中になったであろうものに、自己の好むエッセンスを加えたことが様に分かる。


好みの作品集

 私的にこの作品集のとても好みの作品であった。理性による不条理な仕打ちや疲れ、美や知を愛するが故に悲劇を迎え、そして猫へ愛など幻想的な要素が満遍なく含まれている。他の作品とは違い一人称視点の個人の葛藤を描く以前の作品とは違い人外の脅威による対峙も淡泊なものとなっておりそれが童話や教訓の要素が出ている。



(註)

(1)、(2)、(3)以下から画像転載、あらすじ引用

(4)本書、『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』p.461

(5)本書、『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』p.2

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