『多彩な光の今日に、』バッバ・ガンプ・シュリンプ

あれからなんの関わりもないまま、冬が本気を出している2月になっていた。

今日はマラソン大会で、例年通りとても空気が重い。
目標も目的もなく、走れば成長できる、立派な大人になれる、といった価値観を押し付けてくる、たん唾を吐き捨てたくなるような行事。走らなかったり、失格になれば、放課後にその分走ることになり、それができなければ退学、そこまで価値観を押し付けてくる宗教臭が漂いそうな行事だ。
僕は毎年毎年、失格にならないギリギリのラインで大規模な散歩のようにこなしていた。散歩と違うところと言ったら、強制半袖半ズボン、並走禁止といったこれまた宗教の臭いがしそうな決まりがあるとこだった。

朝、教室に入るとやたら白い汚れを感じた。
どこもかしこもダルそうに、パンを食べていたり、携帯を触っていたりしていた。ごく僅か、このマラソン大会に並々ならない気合いを入れている人たちからは汚れは感じなかった。
『今日はマラソン大会です。みんな、一生懸命走ってクラス対抗をとろう!』
走ってから言えと、総ツッコミが入りそうな担任の話で締めた朝のホームルームが終わり、外へ向かった。

1年生、2年生と順にスタートし、僕を含む三年生が一同にスタート地点についた。
人だかりで見えないスタートライン付近には青春をかけている苦手なやつらが陣を取り、僕ら後方はやはりどんより白く汚れていた。
僕は少しでも寒さを和らげようと肩を内側に入れ体を小さくし、両手を体操ズボンの中に突っ込んで体温を保っていた。
もうすぐ地獄の散歩が始まる。

『バンッ』
と、空に向かって遠い前の方から開始の合図がかろうじて聴こえた気がした。
開始の合図はなったと思うが、周りの汚れた人たちは変わらずにどうでもいい話をしていて、僕の頭の中のゴムチューブが切れた音なのかと錯覚した。
時間が少しずつ経つにつれ、人の塊が徐々に動いていく。やはり開始の合図はなっていたようだ。
そして僕の頭の中のゴムチューブのようなものも切れていた。
周りが真っ白になっていた。汚れた白ではなく、まっさらな白だ。周りは真っ白で、聞こえてくるのは無音の中にあるジリジリした一定の音だけが聞こえていた。
なにも考えれずに突っ立っていた。一点に集中している視界がほんのわずか光が走っているのを感じた。瞬く間にその光が一つから二つ、二つから十に、十から百に。気付いたら、真っ白な僕の視界には無数の色々な色の光が艶を描くように僕の周りを走り続けていた。情熱的な赤色の光、穏やかな緑の光、ポップな黄色の光、そして訳の分からない色の光まで、本当にいろいろな光が走っている。その光は元々、僕が持っていたものもあるが、彼女からもらった光でもある。あるいは僕と彼女との光が交わり合ってできた光達なのである。
ゴムチューブが切れたかわりに、体の外部に両端から左脳と右脳に向かって、フランケンシュタインのように野太いネジがガシャコン!、と音が聞こえる勢いで取り付けられた感覚に陥っていた。
僕は今日決して、足を止めない。走り続けるのだと、決めたというか、それが使命で、宿命だと勝手に思い込んだ。

走ることを見つけた僕はたくさんの光と走り始めた。
周りが真っ白の世界からは抜け出していて、日常の風景とたくさんの人たちが走っているアスファルトの上、そこにいろいろな光も線になるスピードで走っている。
周りから見れば急に汚れをなくした、無目的に一心不乱に走っている意味のわからない奴に見えているだろう。フォレストガンプのように訳が分からずに走っている狂人に見えていたのかもしれない。
ただ僕からすれば無目的ではあるのだが、走ることに意味があるのではなくて、自分のシックスセンス的なものの直感を信じ、足を止めないことが大事なのだ。足を止めてしまえば、また余計なものが経験として僕を上書きしてしまう気がしていた。

車がギリギリ2台通れる狭い道を男塊が薄汚していた。僕はそれを視界には入っているが、存在を確認することはできなかった。
僕は住宅街の白い壁を左手で軽くサーっと触れながら走っている。右足はリズムよく白線を踏んでいた。踏み込む一歩一歩は叩き上げるようにアスファルトが押し返してくる。白い息が鼻近くで消えては新しい白い息が発生している。それを繰り返して僕は走っている。
目的などない。無目的な僕は瞬間瞬間に全存在をかけて、たくさんの光達と走っている。
僕は決して足を止めない。





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