『茜(tipToe.)』の歌い出しの話
(※以下の文中、敬称略で失礼します)
■鶯谷 東京キネマ倶楽部(2019年12月)
『茜』を初めてライブで聴いてから、ちょうど3年が経とうとしている。
2019年12月19日、東京キネマ倶楽部で行われた、tipToe.とukkaのツーマンライブ。
この日、事前にツイッターで予告されていたコラボは、両グループによる1曲ずつの楽曲交換だった。
tipToe.が『せつないや』を、そしてukkaが『茜』をそれぞれ披露することになった。
アンコールブロックだったか。
ふと、ステージに立つ6人の誰かが息を吸う音が、フロア最後方の自分にまで届いたように感じた。
そんな静寂の中、緊張した面持ちで立っている、茜空の歌声からukkaの『茜』は始まった。
どこか切羽詰まったようにも見える表情の後ろ、一本の照明によって、らせん階段が浮かび上がっている構図は、その場にずっと静かにとどめておきたい、まるで絵画のような美しさだった。
そこに被さる少し上ずった声は、心の琴線にダイレクトに触れてくるものだった。
ほどなくして、日常生活の全てがコロナ禍に見舞われた。
フロアからも声が消えた世界は、2年余り続いた。
感染症との戦いが一進一退を繰り返すさなか、2022年4月半ば。
ukkaのファンクラブサイト(ファニコン)で、茜空が投稿したのが、あの日の『茜』の歌い出し、20秒ほどのリハーサル動画だった。
このタイミングで、そっとしまい込んでいた宝物を見せてくれた真意は、正直わからない。
白のトレーナーとスウェットというラフな格好で、声のメリハリと伸びを強く意識しているかのような歌い方は、自グループの曲でいつもトライしているような、情感をせいいっぱい自分なりに表現しようという試みではなく、緊張に少し震えつつも、tipToe.の大事な曲を壊すまいとしていたように見えた。
そんなあの日。
自分は、この日以外に、1期体制のtipToe.のライブを見ることはなかった。
キネマ倶楽部で見た、少しこわばったメンバーの顔、一瞬の静寂に浮かび上がった舞台照明とを頭の中に浮かべながら、tipToe.1期の成瀬ゆゆかが歌い始めるCD音源が合わさったもの、それが、そのあとまでずっとずっと、自分にとっての『茜』だった。
tipToe.2期による『茜』に出会うまでは。
■「青春」の当事者
高校2年生の茜空は、この対バンライブをきっかけとして、翌月に行われた1期体制ラストライブに足を運んでいる。
高校3年生に進級した茜空は、本格的に世の中の動きが封じられ始め、自グループのライブ活動もままならない状況のなか、寄る辺のない感情とともに『砂糖の夜』を聴いていた。
そして、おそらくその頃に書かれたであろう、コメント入りのランダム写真に、1期のラストライブで歌われた特別な曲の一節が書きこまれていた。
大学1年生になった茜空、2022年3月。
念願かなって実現した生誕ソロ生誕ライブで、トリの曲に選んだのは『夢日和』だった。
高校2年生から大学1年生の、おおよそ3年近く。
あるいは、彼女自身が思い描いていたかもしれない日常の「青春」とは、ずいぶんとかけ離れていたかもしれない。
でも、19歳になった茜空の中にも、ずっとtipToe.の曲は流れ続けていた。
■渋谷 Sotify O-Crest(2022年3月)
唐突に自分語りに戻る。
『茜』に出会ってから、この『夢日和』を聞くまでの期間、自分は、tipToe.2期が、活動を本格化させたということすら、一切知らなかった。
日野あみが1期から引き続いて活動をしていたことも、もともとtipToe.のファンだった未波あいりが加入してtipToe.を守ろうとしたことも、そのあとに宮園ゆうかが加入して一度脱退したことも、全部あとから知ったことだった。
「長くてもメンバーが3年間で入れ替わっちゃうグループでしょ」正直そのくらいの認識だった。
茜空の生誕ソロライブの翌日。
長年にわたって(5年以上)も、ばってん少女隊をめぐるさまざまなブログを書いている友人と、ukkaとばってん少女隊がともに出演する渋谷のサーキットフェスの合間、ラーメンをすすっていた。
いろいろな話をするうち、かつて、彼が、tipToe.1期について、何度か現場レポートのブログを書いていることを、その場で知った。
その彼に、前日の生誕ライブが『夢日和』で大団円を迎えたという話をした。
「tipToe.は、3年でメンバーが卒業というシステムですよね。その活動期間の中で何かを残して終わっていくということと、昨日もしかすると茜空さんがtipToe.の曲を選んだこととは関係あるのかもしれないですね。でもそんなことはともかく、のうえさんが昨日のことをどう書いて、どうやってそのライブを記録に残すか、楽しみにしてますよ。誰かが書かないと残らないんですから」
さらにその翌日。
週明けの気だるい気分で帰宅したら、たまたま、ツイッター上でやりとりのあった方が「#私はこれで推しました」というスペースを開いていた。
ちょうど、Ringwanderungのみょんちゃんを推している方のアイドル遍歴、と、現在過去の推しに対する向き合い方の話だった。
どういうきっかけで推しと出会って、どういうところを見ているのか。
大人数ではない仲間うちだけのトークを、まるでファミレスで横の席から盗み聞きしているかのような感覚は、昭和生まれの深夜ラジオ世代には大変心地よい。
話は、tipToe.1期の話に転がっていった。
「メンバーでいられるのは3年間というルールの中で」そんなグループを推しているオタクもまた、3年間という時を刻むということの現実感を知る。
「2期は、3人で活動していたんですが、今度新メンバーが加わって新体制になるんですね。いったん昨年末のライブを区切りにして準備期間に入ってるんです。その新体制スタート、ホントは先週だったんですけど、コロナのせいで延期になっちゃいまして…今週末ですね。きっといいライブになりますよ。延期になった分、メンバーはさらにパフォーマンスが磨かれているだろうし。聞いている皆さん、これは見ておいた方がよい」
聞いているのは、30人ほどだったろうか? 全くのアカの他人として聞いていたのは、もしかしたら1人かもしれない。
だが、そのことが、そして深夜に音声で伝えられることは、妙に自分に向けられたメッセージのような気がした。
そして「ここで聞いたのも運命かな?」なんて勝手に思い込んじゃうのはなんなんだろう?
あけて火曜日、年度末に向けてのあれやこれやで、あちこちが燃えそうな仕事のさなか、
「2期のtipToe.は見ておいたほうが良い」
というフレーズが頭の中を繰り返される。
脳が「行く理由」を勝手に考え始めた。
茜空が生誕ソロライブで伝えたかったこと、大トリの曲にtipToe.を選んだことを、自分なりに勝手に整理をしたかった。
そもそもtipToe.が歌うオリジナルの『茜』とか『夢日和』って一体どんな感じなんだろう?
それを見て自分がどう思うか、っていうのも、ブログに素直に書いてみようか。
そんなことを考えているうち、あっという間に1週間が過ぎ去って行った。
金曜日の夜、ツイッターで、まだ前売チケットに余裕があるというお知らせがリツイートされてきた。
「※一度完売いたしましたが、日程・キャパ変更があったため追加販売しております」
その一言が最後の一押しになった。
土曜日の夕刻、渋谷O-Crestの、長くて急な階段の下にいた。
新メンバーが2人加わり、一度脱退したメンバーが復帰して、6人でこれから頑張っていきますという宣言があった。
確かに、とても素晴らしいライブだった。
前述のブログの中で、茜空が語っていた
ことも、初見の自分に伝わった気がした。
ただし、その日、『茜』も『夢日和』も歌われることはなかった。
この時点で、2期メンバーでの『茜』はまた披露されていないということは、もちろん自分には知るよしもなかった。
それは物足りなさではなかった。
ライブが良かったとか悪かったとかいう話でもなく。
なんだか、ぽつんと「知らない」現場に来ちゃった間の悪さを感じてはいた。
いいライブだったなという余韻のカケラと、でもなんだかちょっと持って行き場のない感情とを抱きながら、O-Crestの急階段をおりていく。
ふと、さっき耳に入ってきた目に入ってきた赤のサイリウムの大群が脳裏をよぎる。
ちょっと申し訳なさそうに「復帰しました」とさっき挨拶をしていたメンバーが、感情いっぱいに歌いきった落ちサビ。
そこへ向けてかかげられる祝福のサイリウム。
それが、2期の曲『ホワイトピース』との出会いだった。
道玄坂を歩きながら、Spotifyを開いてみる。
現実の世界では、新学年をむかえる季節にさしかかろうとしていた。
■福島-三崎公園野外音楽堂(2022年5月)
5月5日に、ukkaが結成7年にして、念願のメジャーデビューを果たすことが発表された。
それから2週間後、福島の野外フェスにukkaも名を連ねることになった。
そのフェスには、他にもいくつもの「いま見たいなあ」というグループが目白押しでクレジットされていた。
もちろん、新体制始動からまだ2ヶ月ほどのtipToe.も。
せっかくなら金曜日夜から行って久しぶりに遠征を満喫しよう。
そう思って東京駅から高速バスに乗り込む。
空と君のあいだに(2022/5/22 #リーディングエクストロメ 福島にukkaが出演した話)
tipToe.の出演は、ukkaの前日だった。
土曜日の昼下がり、2日間のフェスはまだまだ長いよね、ゆっくり行こうよっていう雰囲気も残る。アクセスが決して良いとはいえない山の中に、少し現実とはかけ離れていることもあるのかもしれない、どこかまだのんびりしたテンションで、タイテが進んでいく。
このフェスは、この界隈の大型イベントとしては、久しぶりの声出しが解禁された現場だった。
気がつくと、多くのtipToe.目当てのファンが、ちゃんとステージに声が届きそうなフォーメーションを組んで、集っている。
Interludeを挟んで『ホワイトピース』〜『夢日和』〜『星降る夜、君とダンスを』と、一瞬たりとも鳴り続ける音が止まらず、たたみかける後半のセットリスト。
ここぞのコールmix発動に、ステージと客席の一体感にドライブがかかる。
『ホワイトピース』、ひときわ手足の長さが目立つメンバーが、全身で感情をいっぱいに表して、落ちサビを歌っている。
そして、”いつどこで聞いても幸せになれる曲”ということを、あらためて実感した『夢日和』。
この場所で、このメンバーでのパフォーマンスを見られたことがなんだか嬉しくなって、予定していなかったけれど、おっかなびっくり物販をのぞいてみることにする。
フェスで、物販の時間も限られているというのに、机の上にはさまざまなオリジナルグッズが置かれている。
並行物販(ステージでライブが行われている中での物販)ということもあって、少し時間が経つと列は落ち着く。
手持ち無沙汰のようにも見える物販に立っている男性に、特典会のレギュレーションとともに、グッズについて質問してみた。
「ボクがホントこういうの作るの好きで」
と、てらいもなしに一つ一つ丁寧に説明してくれる男性。それが本間翔太だった。
丁寧に説明もいただいたし、という行ってみる理由をもらって(?)、1枚チェキ券を買って、列に並ぶことにする。
やっぱり、ひときわ手足が長いメンバーが目に入る。
あ、『ホワイトピース』の落ちサビの子か。
並んでいるオタクに、そっと名前を聞いてみる。
「宮園ゆうか」だそうだ。
ほぼ、ukkaの押し売りの会話だった。
■新宿ロフト(2022年7月)
新宿ロフトは、自分の職場から徒歩圏内にある。
いつからか、平日にふらっとライブ見てから帰ろうか、なんていう生活サイクルにはまると、現場数はどんどん増えていく。
何年か前までは、会社帰りに寄り道すると言ったら、新宿ピカデリーやTOHOシネマズのレイトショーだったのに。
現場にひとりでポツンといると、まわりからいろんな情報が聞こえてくる。
6月末に発売された、tipToe.新体制初のミニアルバム『candlelight』が、とても良いらしい。
とくに『さくら草の咲く頃に』はライブでまた一段といいよ、これを”引っ提げて”、いくつもの夏フェスに乗り込んでいくんじゃないかなあ、そんな強い勢いの声も、現場でもツイッターで、そんな話をちらほら見かけていた。
7月6日、週の真ん中水曜日。
tipToe.主催、計5組の対バンのリリースイベントで、3回めのステージを見ることになった。
RAY、美味しい曖昧、と世界観をはっきりと打ち出すグループのパフォーマンスに、ほんの少し目眩を起こしながら、トリの出番のtipToe.。
リリイベだからだろうか?
これまで見た2回は、これでもかと曲繋ぎを続けて、曲間をあけない音だと記憶していたが、今日は一曲一曲に少し間がある気がする。
こういう現場では聞き慣れない、どこか懐かしい歌謡曲テイストの曲(『marine blue』)のあと、ふっと間があく。ふと仕事用の携帯に通知があったのに気づいてiPhoneに目を落とす。
その数秒間、自分の前方のオタクが、フォーメーションをみて、息を飲みこんだような音を感じた。
その静寂は、シンバルの刻む小さな音とともに破られた。
あわててステージに目を戻す。
ステージの向こう、6人が中央に固まったフォーメーションの中で、ひときわ長いシルエットを浮かび上がらせていた。
宮園ゆうかだった。
ステージ奥から、まっすぐに正面を見据えて届ける19歳の『茜』の歌い出しは、記憶のなかにあった16歳の『茜』の歌い出しよりも、さらにひときわ”泣いている”ように聞こえた。
『茜』は、まぎれもなくtipToe.の曲だ。
そう力づくで説得された瞬間だった。
ライブが終わり、一目散に宮園ゆうかの特典会列に並ぶ。
今度は、ほかならぬ『茜』の押し売りだった。
そんなよくわからない圧にも、ニコニコしながら聞いてくれている。
きっと、真面目で実直なんだろうな。
宮園ゆうかは、最後にこう付け加えてくれた。
■渋谷 duo MUSIC exchange(2022年7月)
ちょうどその週末、tipToe.は、渋谷で、fishbowlときのホ。との3マンライブに臨んでいた。
タイムテーブルが事前に発表されない対バン。
2組が終わったところで、これはすごいボリュームのライブになるぞということはわかったけれど、tipToe.、うわあ、ここまでとは。
45分の持ち時間。
エンドレスに続くように感じながら、「いつまでも終わってほしくない」と思うアンビバレントな感情が交差するライブというのは確かにある。
『茜』の歌い出しに魅せられたまま、『さくら草の咲く頃に』を、『ホワイトピース』を、ひたすら宮園ゆうかの”泣き”パートを追いかける。
ライブハウスの左右に立つ2本の柱の間に、ホットゾーンのように、赤いサイリウムが大きく揺れている。
3月のお披露目ライブの時よりも、着実に自分を含む外の人たちにまで火がついているんだな、とわかる。
3組のライブは、3時間近い長丁場となった。
光と音圧と、少し過剰なくらいのエアコンの冷風にくらくらしながら、duoの出口を出た。
次のライブを待つ演者たちが、ドアのそばにしゃがみ込んで待っていた。
たぶん今のライブの時間押してるんじゃないかな、そう思った瞬間、ふと見慣れた横顔が目に入った気がした。
ukkaの村星りじゅだった…ということは…あ、そういうことか。
duoでは、この日の夜帯で、ukkaとNEO JAPONISMの対バンが予定されていた。
こういう時って、一体どういう顔をしたら良いのか。
横にいた友人によると、「のうえさん、見つかりに行っているのかと思ったほどキョロキョロしてましたよ」というほど挙動不審だったそうだ。
この数時間後のukkaのライブは、やっぱりホットゾーンの中にあった。
「闘う」というコンセプトのネオジャポの対バンシリーズ、見る方も、おおよそ「闘う」っていう言葉とは距離があるんだけどなあと思いながら挑んでみたライブ。
いつになく、ハイテンポな、ないしは、曲中の見せ場で強弱がはっきりした曲をセトリに並べつつ、一方で歌詞を丁寧に追いかけながら、いつも以上に説得力のある歌い方で、ukkaなりの闘いを展開していた。
そして、なにより、楽しかった。
茜空の2s列に並んだ。
こういうときに「良かったよ」くらいしか言えないのは、何年経っても変わらない。
あの「にやっ」は何だったんだろうな?
同じものを見て、同じように好意を持っている、そう、連帯を求める笑顔だったということにしておこう。
2期のライブには行ったことがないと言っていた、そんな同志のために、ほんの数ヶ月だけ自分が見てきた「2期tipToe.」の話を、文章にしたためて、インスタのDMを送ってみた。
長い…いま見返してみても相当文章が長い。
言いたかったことは、
「『ホワイトピース』もいいぞ」「宮園ゆうかはいいぞ」
たったふたつなのに。
duoのホットゾーンのまっただ中にいた2人の演者。
夏のど真ん中。
今年のTIFもすぐそこに迫っていた。
(閑話休題)リミスタという凶器
閑話休題。
コロナ禍ですっかり定着したオンライン形式のサイン会やリリースイベント。
ライブ会場だと、なんとなく現場での界隈の雰囲気ができていてちょっと構えがちなところ、自宅でワンクリックで買えるっていうのは、ぼっちにはありがたい。
リミスタは、リリイベなどで、オンライン限定の特典が用意されていることも多い。
7月終わり、tipToe.は、アルバム『candlelight』のリリイベで、リミスタに登場した。
その日の特典は、全員サインと15秒動画とのことだった。
リミスタで動画?
後日、撮影されたファイルが送られてきた。
そこには、『茜』の歌い出しをアカペラで歌う、宮園ゆうかが映っていた。
きちんと2箇所の「君」が、「のうえ」に差し替えられて歌われていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
8月末のアットジャムで、ukkaのメジャーデビューへ向けての新衣装と、アルバム名が『青春小節』に決まったとの発表があった。
メジャーデビューまでは、2ヶ月半ほど。
こちらのリミスタでのリリイベは、9月終わりに行われた。
この日の特典は、少し大きめのA4クリアポスターにサインとコメントが入るというものだった。
丁寧に、真摯に、笑顔でメッセージに対するコメントを読む茜空。
そして、そのコメントとは全く関係ないメッセージが添えられていた。
いつのまにか、外堀は埋められていたようだ。
■渋谷チェルシーホテル(2022年9月)
夏はあっという間に過ぎていった。
自分は、夏を駆け抜けたtipToe.を見る機会はなかった。
2期メンバーの力で出演を勝ち取ったTIFスカイステージのパフォーマンスは、少し遅れて画面越しに見たけれど、屋上からメンバーが見たであろう風景までは、配信では切り取ってはくれない。
9月になるといつも思うこと。
毎年こんなに暑かったっけ? このままいつまでも暑さが残り続けるんじゃないか。
暑さが残る中、次に訪れたtipToe.のライブは、未波あいりの生誕ライブだった。
未波あいりは、たびたびukka(桜エビ〜ず)の楽曲、とりわけ『灼熱とアイスクリーム』が好きだと言うことを公言している。
tipToe.は自身の生誕ライブをどう組み立てるかは、メンバーに任されているという。
もしかしたら、ワンチャン、カバーの『灼熱どうアイスクリーム』が聞けるかもしれない、そんな安直なことを思いながら、汗を止めるすべもなく、会場への道を急ぐ。
ライブ前半は、未波あいりが憧れていた、1期の花咲なつみとの2人のステージだった。
夢の中で、憧れの人と一緒のステージに立つという演出。
フロアもどこかしら夢見心地な雰囲気の中で、少しだけお姉さんに見える衣装で、花咲なつみが、ゆっくりと『茜』の歌い出しを歌い始める。
感情に色をつけられるとしたら、この『茜』は、いつもよりも中間色に近かったかもしれない。
燃えるような青春、教室に差し込む夕日、をもしかしたら過去のものとして脳裏に浮かべながら、ひたすらに優しい歌声がライブハウスに響いていた。
これを書いているいま、この『茜』を表現するほどの解像度を自分は持ち合わせていない。
ただ「夢だった」というように言われても納得してしまう、不思議なライブだった。
■渋谷 O-Crest(2022年12月)
12月10日、tipToe.は立ち上げから6周年を迎えた。
その同じ日に、宮園ゆうかは20歳の誕生日を迎えた。
翌12月11日、それぞれをお祝いするライブが2部(昼帯・夜帯)制で行われた。
そして、それぞれのライブで1回ずつ、計2回『茜』は歌われた。
宮園ゆうかの希望で、夜帯-生誕ライブでは『群青と流星』そして『茜』の2曲は、未波あいりによるピアノ伴奏だけで歌われた。
ライブの構成・セットリストまで含めて、プロデューサーの指示も何もなく、ピアノ譜面も耳コピだけで起こしたという。
ゆっくりと『群青と流星』の歌声と照明が落ちる。
音が落ちた数秒間、舞台真ん中、キーボードと未波あいりの横に立って、ほんの一瞬だけ、宮園ゆうかは、いつも以上に大きく息を吸ったように見える。
曲が終盤にかかるにつれて、茜色の空は、徐々に黒に染まる未来を予感させる。
あの日、東京キネマ倶楽部で『茜』のラストを見事にうたいあげたのは、水春だった。
tipToe.のオリジナル音源で、心かき乱されるような、消えゆく声で歌っているのは、花咲なつみだった。
このパートは、いま、3月からtipToe.に加わった小宵めみに受け継がれている。
ステージの照明がいまにも消えゆくような、それでも祈りにも近い感情だけで演者が立っているような、そんな言葉が空気の中に溶けてゆく。
「茜色」は、夕暮れ時の空をさすのが一般的だ。
昼にも属さない、夜にも属さない「茜色の空」が広がる黄昏時、暗がりが少しずつ広がっていく中で、誰そ(たそ)が歌っているのかすら、少しずつ記憶が消えゆくような儚さ。
一度きりのパフォーマンスの素晴らしさ、消え入るような記憶を押しとどめるのには、たとえ言葉が思いに足りないとしても、この日の、この曲の何かをここに残せたらと思う。
■鶯谷 東京キネマ倶楽部(約束されていないいつか)
2022年11月20日。
念願かなってメジャーデビューを果たし、その直後に行われたukkaのライブイベント。
茜空は、この場で、ファンから問われた「個人としての次の目標は?」という質問に対して、
「ソロ生誕ライブを、東京キネマ倶楽部でやってみたい、できたらバンド生演奏とかで」
と答えた。
(※2020年、東京キネマ倶楽部でも行われる予定だった、ukkaの春ツアーは全公演が中止になった)
茜空は、次の3月に20歳をむかえる。
あの日、東京キネマ倶楽部で自身が歌ったtipToe.の『茜』は、いまどんな彩りをもって彼女の中に流れているんだろうか?
12歳で、この活動を進めていこうとするとき、自分の名前に「茜」の文字を入れた彼女は、このあと何を見て、そして何を見せてくれるんだろう?
アイドル活動を、そしてステージに立ち続けるモチベーションってなんだろう?
一度tipToe.を脱退した宮園ゆうかが、また復帰しようと思ったきっかけが、復帰1ヶ月後のブログに記されていた。
いま、宮園ゆうかが『茜』の歌い出しを担っていることは、きっといろんな偶然が重なって成立している。
いや、偶然を必然に変えたいという彼女の覚悟が、「真っ直ぐありたい」思いが、きっと今日のステージを作っている。
偶然の先をもっと夢想するのなら、新しい6人に歌い継がれた『茜』が、より多くの人たちの彩りに光を当てられたらと思う。
20歳の茜空の彩りにも、いまの6人の『茜』の音色が加わるような、そんな世界線を見られたらいいな、と、ごく個人的な思い込みを残しておきたい。
そんな言霊を。
電気会社だろうがガス会社だろうが、いくらだって変える用意はある。
May your 20s be the best decade.
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