カフェには女子

年末である。
部屋で一日中過ごすのは苦手なので、最寄りのカフェに出かける。
しかしカフェの時間も15:00までである。
1日をカフェの営業時間に合わせて生活している。

カフェには女子である。
2人組女子が2組いる。目の前にも女子の集まりである。
男たちよ、何処に。パチンコ屋かい?釣りかい?
それとも、愛する家族や恋人と家にいるのかい?
はたまた、愛する家族を家に置いてパチンコ屋にでも行っているのかい。

もうしばらくは独り身で過ごすと心に決めた。
しかしながら、1人で過ごすのが上手いわけでもない。
積年の後悔なんぞ、なんの役にも立たんのに、そんなものを抱いては凹む。
過去の自分の無知さを嘆いても、知識は増えんのである。

カフェには女子である。
だらしない男に比べると、女子たちはしっかりと活動している。
集まって、お出かけして新しい経験をして、その道中に相手と経験を交換して。
彼女たちにとって、カフェは社交場である。
女性店主よ、あなたもそんなカフェを作りたかったのだろう。
私のような1人で延々本やらパソコンやら触っているやつを二時間も匿うことになるとは思わなかったのだろう。大変申し訳ない。

カフェに1人でくる男というのはなんとも悲しい生き物である。
カフェの店員さんにファッション通として話している男の人もいたな。
カフェの店員さんにマリンスポーツ通として話している男の人もいたな。
両人とも1人で過ごすのが上手そうで何よりです。

息が詰まる前に、私は家を出てカフェに出かける。
カフェには女子である。
カフェじゃないと勉強もしないくせに、私はなぜか勉強用の机とくつろぐ用の机の二つを部屋に置こうとしている。
結局、私はまだ、自分のことをわかっていない。あるいは、わかっているくせに、それを生活に取り込めていないのである。理想の自分は家で勉強もくつろぐこともできる男なのだろう。どうせできもしないくせに、そんな理屈ばかり先走るのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?