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ビーンボーイ


数学者のピタゴラスは、豆を嫌っていました。「俺も数学は嫌いだわ。ルートの記号なんか滑り台にしか見えないし」という人もいるでしょう。全くもって同感です。しかしながら、ピタゴラスの豆嫌いは、そんじょそこらの嫌いのレベルとは隔絶しています。ピタゴラスは教団を組織していて、そこに所属する全員に対して「俺は豆が大嫌いだ!だからお前らも豆を食べるな!」と強制したのです。なんというか「私は〇〇ちゃんが嫌いだから、あなたも〇〇ちゃんと話しちゃ駄目だからね!」と言い放つ女子小学生みたいですね。身勝手の発露でございます。

ピタゴラスが豆を嫌いになった理由は様々あります。「豆を食べない方が安眠できるから」といった穏当なものから「豆は地獄の門に似ているから」といった不穏なものまでバラエティに富んでいます。実際に行ったことも見たこともない地獄の門に似ているという理由で嫌われた豆が不憫でなりません。もしも私が豆だったら、煎り豆となって熱を身にまとい、無思慮に飛び散るでしょうね。怒りの発露でございます。まことに憤懣やるかたない。

ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』には、ピタゴラスの臨終の様子が記されています。それによると、追跡者に命を狙われていたピタゴラスは、豆畑を通って逃げることを忌避して命を奪われたそうです。豆畑を突っ切って最短距離を移動すれば追跡者から逃げられたのに、豆畑を避けて迂回したために、追跡者に捕まったといわれています。「俺は豆に関する事象全般が大嫌いだ!だから豆畑なんか通れるか!」というピタゴラスの姿勢は清々しさすら感じます。

「いくら豆が嫌いだからといって、生命の危機に瀕している場面でもそれを貫くなんて馬鹿げている」という意見もあるかもしれません。御説ごもっともですが、好悪の感情は千差万別であり、時として生死を超越するのです。私の場合、しいたけが大嫌いなのですが、アサシンに追われているときに巨大なしいたけが現れたら、迷わず迂回すると思います。危急存亡の秋に、しいたけを虐げる勇気を発揮することができるかどうか。私個人に課せられた永遠の課題でございます。

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