2023.11.26 郷愁の表れとしての繰り返し

咳の薬が効いているらしく、寝入り端以外は咳では起きずに済んだ。このままおさまってほしい。
昨日からのエンジン警告灯はついたまま。慎重に走るが、あいかわらずバタバタ、ガリガリという異音がする。
空き時間に年賀状用の画像データを探す。お知らせ事項をメインにしたいので、さりげなく干支をあしらったデザインを使うことにする。
今日のような寒くて日が差さない日、母は何度も「雪でも降りそうね」と言う。あまりにも何度も言うのでいらっとして「今日はそこまでの寒さではないよ」と答えてしまう。今日は、母の育った北国ではこういう薄暗い空の日は雪が降り、晴れた日は積もった雪の照り返しでそれはきれいなのだと話していた。母にとっては懐かしさや郷愁の表れとしての発言なのか。私がカットしている間だけでも5、6回は言っていたが、お客様にもそういうニュアンスを伝えればいいのかもしれない。
近所の自動車修理工場に車を持っていく。日曜だけどやるよ、と言ってもらえて助かった。北海道で暮らす母の姉から届いた長芋をもっていく。
エンジンオイルがすっからかんになっていたことが原因らしい。言われていた目安の距離数に至るよりもずいぶん早くオイルが減っていたことになる。
早めに帰宅して、簡単に夕食を済ませ、年賀状の叩き台データ作成。明日印刷してみて、調整していく。
思ったよりもスムーズに進んだので、外出帰りの夫とファストフード店で合流。百万年書房の北尾修一氏の『調子悪くて当たり前日記』を読む。私はがんになったのが会社員時代で本当によかった。会社員時代じゃなかったら、両親に隠し通せなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?