ブラック企業勤めのアラサーが文学フリマ東京に出るタイプのアラフォーに成長するまでの話⑧<最終回>

前回までのあらすじ

 ブラック企業勤めで心身を病んだ山羊座の女(アラサー)は2019年、朗読と文章の学校に通い始めた。2021年、そこでできた友人たちと「お題を出し合って、月に2000字以上の文章を書いて、10000字以上の作品を作る会(以下10000字の会)」を結成。「声朗堂」として文学フリマ福岡に出店した。
 一方、個人では2022年から短歌付き日記をつけはじめ、日記屋月日のメールマガジンに投稿。2023年4月に一冊目の日記本『#ショートで生きる』、2023年12月に2冊目の日記本『わたしのかけらをそっと手放す』を発行。最初は通販と日記屋月日さん(店舗・通販・日記祭委託販売)だけで売っていたが、通販の売れ行きが徐々に悪くなっていったため、「地元ではない場所で日記本を手売りしてみよう」と思い立ち、衝動的に2023年2月25日の文学フリマに申し込んだ。



 2024年2月24日、新幹線に乗り込んだ山羊座の女は震えていた。はじめての文学フリマひとり参加。しかも知り合いのいない広島で。一冊も売れる気がしない。交通費・宿泊費の30000円強が頭にちらついた。

「30000円(+出店料)も使って、だれともしゃべらず、一冊も売れず、観光もせずに福岡に帰るのか……」

という気持ちでいっぱいになった山羊座の女は、広島駅に到着するやいなや、海鮮居酒屋に行き、蒸し牡蠣と刺身の盛り合わせを注文。うつくしい牡蠣に舌鼓を打つ。

「私はおいしいものを食べに、広島に来たんや……」

そう自分に言い聞かせながら、バスでホテルに向かった。
ホテルは、大浴場があるホテルをとっていた。そこでも、

「私は大きな風呂に入りに、広島に来たんや……」

と自分に言い聞かせる。山羊座の女は自分のことがよくわかっているので、予約時に「1冊も売れなかったら風呂入りにきたんやと思えるようなホテルをとろう」という基準で選んでいた。ベッドの寝心地もよく、最高の宿だった。

 朝はホテルのバイキング。ふだんの旅行では素泊まりプランを選択する山羊座の女だが、ここでも予約時に「だれともしゃべらない旅行になったとしても、モーニングで広島グルメを食べられたからいいやと思えるようなホテルをとろう」という発想で朝食をつけていた。穴子飯、もみじ饅頭、カキフライを食べ、満腹になる。

 そしてついに文学フリマ広島の会場へ向かった。

 結論からいうと、本は売れた。

・私個人の日記本
『#ショートで生きる』5冊(これで手持ちぶん完売) ※1
『わたしのかけらをそっと手放す』7冊
・文フリ広島に合わせてキンコーズで作った本
『このむねの孤独はいつでも好きなときに映画に行けるタイプの孤独~映画「カラオケ行こ!」に行った10日ぶんの日記』7冊 ※2
『みちのくひとり旅日記』7冊
・声朗堂(10000字の会)の本
『イチマンブンノゼロ』7冊
『イチマンブンノイチ』1冊
計34冊

※1 『#ショートで生きる』は日記屋月日店頭にまだあるかもしれない。
※2 この時、私は映画「カラオケ行こ!」に狂っていた。というか、現在進行形で狂っていて、最終的には23回劇場に行き、配信で4回観ている。

 そして、たくさんの方としゃべった。

 両隣のブースの方。福岡の文フリで知り合った方。見本誌をみて、「私も山羊座なんですよ」と訪ねてきてくださった方。「『カラオケ行こ!』観ました!」と話しかけてくださった方。『わたしのかけらをそっと手放す』を買ってくださった数十分後に『#ショートで生きる』を買いにきてくださった方。お菓子をくださった近くのブースの台湾から来られた方。

 本は売れたし、たくさんの方としゃべった。

 私は、愛想のよさやコミュニケーション能力に自信がない。何年もいるブラック企業にも未だになじめない。

 短歌にも、自信がない。賞はぜんぜんとれないし、毎日詠んでいる歌の中で納得のいくものだってごく一部だ。
 日記にも、自信がない。私の日常が、日々の文章が読むに値するものなのかがわからない。

 文学フリマ広島では、本がたくさん売れた。だけど、今回はビギナーズラックで、次は売れないかもしれない。今回買ってくださった方は、既刊がおもしろいと思えなければ次は決して買ってくれない。

 だけど、文学フリマ広島に参加して、たくさんの人としゃべって、自分の本を手渡したことは、とても楽しかった。まだまだ在庫の本はたくさんあって帰り道のスーツケースはずっしりと重かったけれど、とても楽しかった。


2024年3月3日。


 文学フリマ東京38の参加申し込み締め切りを2日後にひかえ、山羊座の女はスマホとにらめっこをしていた。

 なんだか、文学フリマ東京に行きたい気がする。
 だって、文学フリマ広島が楽しかったから。

 そんな中、お友達の佐倉さん(イラスト工房さくら)とビデオ通話をしていたときに「文学フリマ東京に行くんだったら佐倉さんに新刊の表紙頼みたいな~」と言ってみたところ、佐倉さんにその件を快諾していただく。

「とりあえず、締め切りの5日ギリギリまで検討しますね」

と言って佐倉さんとの通話を終えた。

 九州人の私にとって、東京に行くのはかなりの勢いがいる。しかも文学フリマ東京の日は普通の土日。一泊二日で東京。本も売れず、だれとも話さないかもしれない、東京。

「どうせ抽選やし、いったれ」

 佐倉さんとの通話を終えて1時間もしないうちに、私は文学フリマ東京38に申し込んだ。もう完全に勢いだった。

 文学フリマ広島が楽しかったから。
 そして好きな書き手さんがたくさん参加申し込みをされていたから。

 そして無事、抽選に通った。残念ながらすこし不具合があるのだが、新刊も無事刷り上がった。不具合のフォローの算段もついた。

 あとは明後日、文学フリマ東京に行くだけである。

 こうしてブラック企業で心身を病んだアラサーは数年かけて文学フリマ東京に出るタイプのアラフォーになった。

 そして、つい一週間ほど前、「どうせ抽選やし、いったれ」と文学フリマ大阪に参加申し込みをした。文学フリマ大阪に出るタイプのアラフォーに成長できるか否かは、神のみぞ知る。

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