『パラドクス・マーケット』: 短編小説
西暦2199年。東京。
佐藤美咲は息子のヒカルの手を引いて、「パラドクス・マーケット」の看板の下に立っていた。
「ママ、ここで何を売ってるの?」
「そうねえ、矛盾かしら」
店内に入ると、棚には様々な瓶が並んでいた。「幸せな不幸」「平和な戦争」「静かな騒音」など、意味不明なラベルが貼られている。
店主が笑顔で近づいてきた。「いらっしゃい。今日のおすすめは"永遠の一瞬"だよ」
美咲は困惑した顔で「それって、どう使うんですか?」と尋ねた。
「簡単さ。飲めば、一生の思い出が一瞬で終わる。でも、その一瞬が永遠に続く」
店主はにやりと笑った。
ヒカルが急に光り始めた。まるで蛍のように。
「あら、この子はパラドクス・イーターだね」店主が目を細める。
「パラドクス・イーター?」
「そう、矛盾を食べる子さ。珍しいねえ」
その瞬間、ヒカルの口から青い光が漏れ、店内の瓶が次々と空になっていく。
「おや、うちの商品を食べてしまったね」店主は困ったように頭を掻く。
「こうなったら、あんたたち、うちで働いてもらおうか」
美咲が驚いて「え?」と声を上げる前に、世界が歪み始めた。
気がつくと、美咲とヒカルは「パラドクス・マーケット」の看板の店で働いていた。毎日、矛盾を集め、瓶詰めにする。
ある日、ヒカルが言った。
「ママ、僕たちってもしかして、誰かの矛盾を売ってるの?」
美咲は答えられなかった。彼女には、自分たちが瓶の中にいるようにも思えたからだ。
その夜、彼らは逃げ出した。しかし、どこに行っても「パラドクス・マーケット」の看板が見える。
最後に、ヒカルが言った。
「ママ、もしかしたら、僕たちが矛盾なのかも」
そう言うと、ヒカルは自分の体を齧り始めた。
美咲は叫びたかったが、声が出ない。
目が覚めると、彼女は「パラドクス・マーケット」の棚の中の小さな瓶の中にいた。
ラベルには「完璧な不完全」と書かれていた。
店主が新しい客に説明している。
「これは特別な品物でね。開けると、無限のストーリーが始まるんだ」
客は興味深そうに瓶を手に取った。
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