『偶然の世界支配者』: 短編小説
高橋誠は、朝起きると世界を支配していた。
いや、正確には「支配している」と思われていた。
それは、彼が深夜にビールを飲みながら、酔っ払って書いた意味不明なブログ記事から始まった。「明日の株価は絶対に上がる」という根拠のない予想が、なぜか的中。そして、その後も彼の戯言のような投稿が次々と現実になっていった。
世間は彼を「予言者」と呼び始め、やがて「世界を操る影の支配者」という噂が広まった。
誠は困惑した。彼は単なる平凡なサラリーマンだ。世界経済なんて、まるで理解していない。でも、周りの期待に応えなければならない。そう思った彼は、必死でネットの経済ニュースをコピペし、難しそうな言葉を並べ始めた。
「今後の世界経済は、マクロ的視点からミクロ的アプローチへのパラダイムシフトが必要不可欠だ」
何を言っているのか、自分でもわからない。
ある日、誠は秘密結社のリーダーだと噂されていることを知った。慌てて「秘密結社の掟」をネットで調べ、真顔で「我々の存在は、闇の中にこそ輝く」などと意味不明な発言をSNSに投稿した。
世間の反応は凄まじかった。
「さすが高橋誠!深遠な言葉だ!」
「これは、きっと世界の裏側で何かが起こっているという暗号だ!」
誠は頭を抱えた。彼の人生は、嘘と戯れの綱渡りとなっていた。
ある夜、酔っ払った勢いで「実は私は何も知らない」と正直に告白するブログを書いた。しかし翌朝、それを読んだ人々は「なんて謙虚な方なんだ」「これこそ真の支配者の姿だ」と、さらに熱狂した。
誠はため息をつきながら、またもやネットで「世界制御の方法」を検索し始めた。
彼の葛藤は続く。世間は彼を神のように崇め、政治家たちは彼の意見を求めてくる。そのたびに、誠は慌ててウィキペディアを開き、それらしい返事を作り上げる。
「世界平和は、相互理解と協調の精神から生まれる」
(いや、これ小学生の作文かよ…)
そんな日々が続く中、誠は徐々に「偽物の自分」に慣れていった。彼は気づいた。人々が求めているのは、必ずしも正解ではない。希望であり、導きなのだと。
そして彼は決意した。たとえ自分が本物の「世界の支配者」でなくとも、人々に希望を与え続けよう、と。
最後に、誠は満面の笑みでカメラの前に立った。
「みなさん、私たちは皆、自分自身の人生の支配者です。世界を変えるのは、あなた方一人一人なのです」
「さもないと人類は宇宙人により滅ぼされるでしょう」
(よし、これでいい。誰も怪しまないだろう)
こうして、偶然にも世界を「支配」することになった平凡なサラリーマン。
夜空には一機の円盤がやってきた——。
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