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破綻した会社と幽霊の話・後編

枕元に現れた男

家内がいうには、明け方の寝室に、見知らぬ男の姿があったという。

一瞬、ぎょっとしたものの、その男は穏やかな表情を浮かべており、寝ている僕を見下ろしつつ、すうっと消えていったのだという。恨めしいとかそういう風ではなく、むしろ感謝しているような雰囲気でもあり、怖さは感じなかったのだとも。

前にも書いたように、家内には、今の仕事場に幽霊の出る噂があるとかなんとか、そんな話はしていないのだ。

なので、あ、本物なんだ、と思った。

経理の苦手な社長と粉飾決算

その後の報道によれば、この会社、社長は経理実務に明るい方ではなかった様子である。社長自身、破綻直前まで、自社の台所事情を把握できていなかったらしい。

理解できていなければ、指示も曖昧になる。丸投げされた経理部門は、具体的に何をすべきかわからず、混乱していたのかもしれない。山積みになった資料を読み込んでいくなかで、そんな状況が想像できた。利益を欲する経営陣と、混乱する現場の間で、深い悩みを抱えてしまった経理マンもいたのかもしれない。

気掛かりな経理処理でもあったのだろうか?たしかに、在庫の架空計上はあった。手っ取り早く、利益を水増しさせようとするならば、架空在庫の計上は、ポピュラーな粉飾の手法である。もちろん、問題のある行為であり、虚偽表示である。

僕の担当する科目のなかで、あやしげな在庫はすべて損失処理としたので、そういうところはクリアになった。はたしてそれが供養になったりするのだろうか?

仮に幽霊がいたとして(いたのだが)、何か人のよさそうな若いのがいる、話を聞いてもらおうなどと思って、僕についてきたのだろうか。

ところが、タクシーにまで一緒に乗り込んでみたものの、呼べと叫べど、彼の声は僕の耳に届かない。だって聴こえないのだもの。そうこうするうちに家に着いてしまったと。結局、明け方まで僕のそばにいて、こりゃだめだとあきらめたころに、「見える」家内が、その男の姿を目にしたとか、そういうことなのだろうか。

疑問形ばかりとなってしまい、申し訳ない。ただ、その後は、それなりにいろいろとあったものの、最終的に会社の再生計画は認可を受けた。無事にスポンサーもついて、事業継続への道筋もたてられた。

幽霊の彼は、それきり現れることはなかった。僕にとっては、世の中にはこういうこともあるのだと思わされた出来事でもあった。

仕事というものについて

ところで、仕事には誠実に当たるべきとは思っているが、健康を害してまで、ましてや命を損なってまで、やり遂げる価値のある仕事などまずあり得ない、というのが僕の基本姿勢である。

楽しく生きるための仕事なのだから、仕事で人生が暗くなってしまうようでは本末転倒である。仕事のなかで嫌な奴が現れる場面もないではないが、そういう輩との関係性は、その場でばっさり斬り捨てるくらいでちょうど良い。

もし彼が、迷いや悔いを抱えて、わが家に現れたのだとしたら、僕となんらかの形で共鳴した上で、何だそんなものと笑い飛ばしてくれていたら嬉しい。(了)


※なお、当記事のイメージ写真は、こちら↓から拝借した。幽霊イメージが秀逸で、とても驚いた。


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