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雨 Ⅴ

邪魔しないように、ピアノを弾き終わるまで待つ。
知らない曲。クラッシックかな…。

そっと声を掛ける。
「あの…お久しぶりです。」 

「あ!あの時の…こんばんは」
振り向いて、にっこりと微笑む。
髪は短く切り揃えられて髭も綺麗に剃っていた。

「傘を忘れていったから。はい。じゃあ…」
今、ここで引き返さないとハマる。ダメだ。

「そんな!せっかくだし、ちょっと話せませんか?
そうだ!ピアノ弾いてみます?」

「え?でも…」戸惑う私を座らせて右隣に立つ。
フッと男の人のイイ匂いがする。

「卵を握るようにそっと手を丸くして。そう上手。
こうすると優しくて、繊細な音が出るんです。鍵盤をポンっと叩いてみて。」

言われた通りにラの音を押す。
「ね!綺麗でしょ。次はこの音…次は」

私の右手にそっと自分の手を重ねてきた。
キュっと力が入る。
卵はとっくに潰れて黄身と白身が混ざり合って溢れる。
私の手からトロトロに溶け合って溢れていく。

あなたが優しく握れって言ったんだよ。
どうするの、こんなにめちゃくちゃにして。 
私の気持ちだってどうするの。

不意に強く右手を握り、反対の手で私の髪を撫でた。
「子どもの頃からピアノ弾いてるから、わかる。
相手が自分のピアノにどんな感情を抱いたか」

私は、恥ずかしくて目を合わせられない。
体を斜めにして私の顔を覗き込む。

「もしかして、感じてた?」

「!!!!」
知ってた。この人は全部知ってたんだ。
私がここに来た理由も。私の気持ちも。
顔がみるみる、赤く火照る。

もう、嘘はつけない。ごまかせない。
そう思って真っ直ぐに見つめ返して頷いた。


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