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レッツ!ぷあ~ボートレース!第1話【未来のSGレーサーが女子高生になっちゃった?】

22☓☓年。ボートレース界は大きな変遷を遂げていた。
プロペラは廃止され、ウォータージェット式のボートへ。機力の差は無くなり、操艇テクニックとスタート力のあるものが成績を残せる世界となっていった。
ここに、寄る年波には勝てず艇界のトップから転落したベテラン選手がいた。
「富豪金矢(ふごうきんや)」。68才。
富豪はいくつものSG(最高峰クラスの大会)タイトルを持っていた。賞金王になったことも3度ある。
全てのSGレースを優勝するというグランドスラム達成にはあと一つのSGレースを残すのみとなっているが、それはもはや無理難題といえる。
金矢は現在B1級。3期連続でだ。
22☓☓年現在のボートレースでは、選手のクラスはB2級からS級まで、五つのランクに分かれている。
S級はA1級の中から特に成績の良い20人が選ばれる。
金矢は40年連続S級在籍という前代未聞の記録を持っていた。
しかし体力や反射神経の衰えや若手の台頭もあり、ほんの少しのきっかけからA1級に落ちてからはランクはみるみる下がっていき、今のB1級に至っている。
「俺はもう終わったんか…、オワレー(終わったレーサー)なんか…。」
「4R 予選!出走!」
出走のブザーが鳴り、10艇がピットアウトする。
この時代のボートレースが現在と変わっているところは、先に触れた「ウォータージェットエンジン」と「五つの級別」、それにレースを行う艇の数だ。
競艇発祥から6艇を貫いてきたボートレース界であったが、「○連単時代」のブーム到来で競馬や競輪、オートレース界に差をつけられたボートレース界がやけくそになって行った改革が「10艇立て十連単」の販売方式だ。
この改革により、十連単の一番人気でもオッズは100倍を超す。大穴十連単の的中で家が買えるというロト6もビックリの夢の公営競技となったのだ。
しかしレースの道中はかなり激しい。トップ争いは従来のボートレース同様、目まぐるしく変わることは無いが、水面が荒らされまくっている下位争いにこそ見どころがある。
特に三艇以上が交差旋回した引き波に飲まれる「鬼キャビテーション」は最悪沈没まであるという恐ろしい罠の一つだ。
大外トップスタートからの九艇絞りまくりの「鬼マイ」の次に事故が起こりやすいと言えよう。
10艇立てのコース争いもひどい。
青色4枠の金矢に外側3艇がコース取りを仕掛けてくる。
「最近は前付けすりゃあ俺が譲ると思いやがって…!」
金矢は必死で抵抗する。
すると、哀れ7艇はごちゃごちゃになり、レースを観ているものでも容易にコースの判別がつかない。かつてのボートレースでは、3コースまでが助走距離の少ないスロースタート、4コースから6コースが助走距離を長く取れるダッシュスタートという形が一般的だが、この時代はスロースタートとダッシュスタートはレースによって様々である。比較的有利なコースであるダッシュスタート勢の最も内側「カド」が2箇所できてしまうという展開もあるのだ。
「スロー勢がだいぶ深い進入となりました。8カドを取ったのはヨハン・カラエフ。」
外国人選手の参入も増えてきた。
「体重が軽いほうが絶対有利」というボートレースであるが、豊食の時代により日本人の平均体重は増加。それに伴い男子レーサーの最低体重は60kgとなったため、小柄な外国人選手であればパンとステーキ好きでも選手としてやっていくことができた。
「進入は内から、13562479108、スタートしました!」
金矢のスタートは選手の中では平均的。0.10だ。
現在のレース界ではかなり早い部類だが、この時代のレーサー達の平均スタートタイミングは相当早くなっていた。
これは人類の進化によるものだろうが、トップのS級クラスになると平均スタートタイミングが0.05などザラだ。
この予選レースで2着以内に入れば準優勝戦に進める金矢はメイチのスタートを決める。
「ウォーーーっ!ここはマクリじゃあ!」
3コースの5号艇が放ったマクリの上を行く2段マクリを敢行する。しかしその上もいる。
「あーっと!8号艇が4段マクリに行ったぁーっ!」
10コースの8号艇が4段マクリを決めて先頭に立つ。
この時代のボートはプロペラ式では無い反面、出力を相当上げている。
最高速度は120キロであるため、いわゆる「全速ターン」というものは不可能であった。
ということは、レバーを調整してのターンスピードで差がでることが多く、若手の大外からのヤケクソマクリが決まることもしばしばあるのだ。
「クソっ!2着は確保したい…!」
金矢は2着争いに集中する。準優勝戦進出がかかっているからだ。
現在2着争いをしているのは4号艇の金矢と1号艇の周萬平、5号艇のクリストファー・D・ロペスjr.だ。
「富豪さん!アンタを倒さないと俺たち世代は上に行けないんですよ!」
周萬平が内側から金矢に突進する。
「甘いわ!周ーーーっ!」
金矢はレバーを限界まで握ったまま間一髪突進をかわした。
「まだまだお前のターンは遅ぇんだよ!…し、しまっ…!!」
突進をかわして外に膨らんだところにまくってきたクリストファー・D・ロペスjr.のマクリと重なってしまった。
「Oops…!fuck off!」
4号艇に乗り上げたクリストファー・D・ロペスjr.の艇先が金矢の身体に激突する…!
「ぐわぁぁぁーーーっ!」

・・・・・

「ここは…?」
金矢は河川敷のような場所で目を覚ました。
ボートに乗ってはいない。ましてやボートレース場でも無い。
金矢は立ち上がった。
「あれ…?景色が違う。足を失ったか…!?」
足元を見る。足はある。エンジのジャージを着ている。
「体が…違う!?若い…?」
金矢は自分の体が変わっていることに気付いた。
「どしたんだい?」
全身緑色の男が声を掛けてくる。
「いや…、別に何もないですけど…。」
「そうか、でも女の子が一人でこんなところにいたら危ないよ。早く帰るんだよ。」
緑色の男が言った。
「俺は女の子なのか…?」
学校用バッグを所持していたのでその中を見てみる。学生証と携帯電話が入っていた。
「金菜品子(かねなしなこ)…?この近くの住所か。行く宛もないし、とりあえず行ってみるか…。」
金矢は学生証に記載の住所を辿ってみることにした。

十数分後、金矢は学生証記載の住所に辿り着いた。
「ここが俺の家か…。」
建物は1階平屋建て。築50年といったところか。決して裕福では無いだろうということが容易に想像できる家であった。
「すいませーん、じゃない。ただいまー。」
金矢は家に入った。
「お帰りー。今日はアルバイトは無いの?」
40代位の女性が現れた。
「いや、まあ…、そうだね…。」
金矢は話を合わせる。
「まあ今日はお父さんが帰ってきたら志野(しの)について話さなきゃね…。心配だから…。」
金矢が推測するに、どうやら金矢は一介の女子高生であるらしい。生まれ変わったのか何なのか、とにかく自分の姿は客観的に見ると女子高生らしいのだ。
おまけに母と父、少なくとも志野という妹がいるらしいことも分かった。
「…どういうことだ…!?」
金矢は自分の部屋らしい所で考えた。
自分はどこかの高校に通う女子高生らしいこと。4人家族の長女らしいこと。貧乏らしいこと。今のデータはこれだけだ。
「こんなことがあるのか…。」
金矢は現状を疑ったが、夢では無いことは自覚した。
とりあえずさらに現状を把握するため、家族での夕食の場に参加した。
「品子は志野についてどうしたらいいと思う?」
この女子高生の母らしき女性が聞いてくる。
「品子は関係無いじゃないか。子どもに負担をかけるな。」
この女子高生、品子の父親らしき男性もいる。
「うーん、っていうか何が?」
金矢はストレートに聞いてみた。
すると母親らしき女性が話す。
「何って、志野を家に帰す方法よ。私達が5000万円ってお金を返すしか無いじゃない?」
「5000万円…!?借金なの?」
「そうだよ。私が全て悪いんだ。私があんなとこから借金なんてしなければ志野は普通の人のように生活できたんだ。」
どうやら志野という妹は借金のカタにどこかで働かされているらしい。
「5000万円返せば志野は帰って来られるの?」
「そうよ、でもそれはありえないこと。それより無理やり奪い返すことを考えないと埒が明かないわ。」
その後も両親と思われる者と話した結果、金矢の現状の姿である女子高生は「金菜品子」、18歳。妹の金菜志野は借金のカタに地方温泉街でコンパニオンをやらされているらしい。もちろん違法である。
姉の品子ではなく妹の志野がいったのは、姉には未来があるから自分が行くということだったようだ。 
「許せん…!コンパニオンで働かせる奴も働かせた両親も…!しかし俺は何でこんなところで生まれ変わってしまったんだ…!?」
金矢は自分がレース中の事故で死亡し、生まれ変わったのだと思っていた。一番合点がいくのがそのシナリオしか無かったからでもある。
しかも生まれ変わったところには大きな問題があり、平穏な人生を送るわけにはいかなくなったのである。
「金…、金かー。捨てるほどあるのにな…。」
金矢は前世ではかなりの富豪であった。B1クラスという現状ではあったものの、賞金王にも3度輝いたことのあるレーサーである。現在までの獲得賞金は30億をゆうに超していた。
「この家族に貸してやるか…。…!え!?俺世界が違うじゃん!紙幣が変わってる…?いや、そもそも貯金も全てパァなのかーっ!」
金矢改め金菜品子はパニック状態でありつつも、妹の志野を助ける方法を考えた。
「あれ?ここはいつの時代なんだろう?印象としては過去の日本みたいなんだけど、そしたらアレはやってるのかな…。」
品子は自分の職業であったボートレースについて調べてみることにした。
調べることは容易である。自分にはスマートフォンがあったからだ。
「ボートレース…。あ、あるわ。へー、6艇立てなんだー。」
自分が現役だった頃のルールとは違う。6艇立てのレースだったり、ボートにプロペラが装着されていたり、S級ではなくA1級がトップカテゴリーだったり。しかし行われていることは同じボートレース。自分がやれることはこれしか無いと思った。
「募集要項は…。」
1年間の養成所生活を経て、レーサーとしてデビューできるとのこと。しかし養成所へ入所するための試験の倍率は30倍以上だというのだ。
「まあ…、仕方ないな…。」
品子は両親にそのことを話す。
「ボートレーサー!?アナタ運動神経も大して良くないじゃない?そんな子がレーサーになんて合格できるの?」
「レーサーなんて危険な職業は父さんは反対だ。子どもなんだからそんなことは考えなくていいんだ。」
「でも…、養成所ってタダなんだって。私の生活費が1年浮くよ。別に将来やりたいことなんて無いし、なんとなくレーサーって向いてると思うんだよね…。」
「しかし…!」
「レーサーの平均年収って1800万円くらいらしいよ。」
「・・・・・!?」
両親は黙った。平均年収が1800万円というのが効いているようだった。
「まあ養成所に受からなかったらそれまでだし、受けるだけはいいでしょ?」
品子はまだ自分自身についての整理ができていなかった。しかし妹の志野という子があまりにも可哀想だと思った。前世では金矢には2人の娘がおり、もしその娘が同じ境遇だったと考えると気が狂ってしまいそうだった。
とりあえず養成所の試験を受けるまでは自分自身について確認を進めることにした。

そしてボートレーサー養成所一次試験当日。
この日までは普通の貧乏女子高生を演じて所属している高校にも通った。
「何だか不思議な感じだったがまあまあ楽しかったな…。」
会場の入口で二人組の女性に声を掛けられる。
「あれ!?金菜さん…!?どうしてここにいるのー!?」
「あ、こんにちは、すいません、どなたでしょうか?」
「同じ学校の富田と豊川だよ!話したことはあんまり無いけど知ってるよ!」
声を掛けてきたのは同じ高校であり同じ3年生の「富田幸(とみたこう)」と「豊川加奈子(とよかわかなこ)」だった。なんと2人もボートレーサー養成所の入所試験を受けるという。
「(同じ学校から3人、しかも女子。なかなかの偶然だな…。)」
品子は前世のボートレーサー時代を振り返って、ありえないほどの奇跡だと言うことが分かっていた。
「(まあ3人合格することはありえないだろ…。)」
品子はボートレーサー養成所の厳しさを知っていた。入所するだけで競争率は数十倍。ようやく入所できても素質が無ければ即退所を告げられるような機関であり、また自ら退所を願い出る者も多いという現状を前世の身を持って分かっていた。
品子は前世でも特に勉強ができた訳では無いが、やはり68年間の年の功で筆記試験の及第点は取れた。当然ボート関連の基礎知識は満点であった。
そして体力試験。
「動く…!動くぞぉーーーっ!」
身体能力については品子の素質に委ねるほか無かった。しかし68歳の身体とは比較にならないほど18歳の身体にはキレがあった。
身体のキツさより動ける喜びで脳からの制御信号を無視したパフォーマンスを見せた。
終了後、当日の内に強烈な筋肉痛が出現した。
幸運にも品子は一次試験を突破でき、二次試験に進むことができた。

二次試験「操艇適正」。
品子は一次試験合格者の中では平均的な成績であった。
その品子の二次試験でキーとなるのは操艇試験である。
未来のボートレースでトップクラスの実力を持っていた品子であれば、操艇試験で高得点を出して二次試験に合格することも夢ではない。
操艇試験は二人乗りのペアボートに乗艇し、後ろに教官が乗って審査を行う。
教官達が試験開始前の説明をする。
「ペアボートでは最高速度60kmにも達する。自動車やバイクの60kmとは視点が違うため、体感速度は相当早く感じるはずだ。恐怖感を捨ててスピードに乗ったターンを行えるかを見させてもらう!」
「60km…!?」
未来のボートレースではそもそもエンジンの規格が違うため、最高時速は120kmと段違いである。
しかし今回乗るのは二人乗りのペアボートであり、その操作性に関しては品子には未知数である。
「スタート!レバーを握って!」
品子はレバーを思いっきり握った。
「ふーん、後ろに人が乗ってるからさらにスピードが出ないんだな…。しかも重心はかなり後ろにかかっている感じがする…。」
品子はペアボートのスピードに不満すら感じていた。
「前世にもペアボートはあったが、それでも100kmは出るからな。何だか気持ち悪い感じだ。」
未来のボートレースでは、高出力のエンジンを搭載しているため、後方の重心が強めである。
それがペアボートの重心と似ていたため、品子は遠慮なくターン動作に入ることができた。
「左斜め前に思いっきり重心をかけてみるか…。」
品子はレバーを握りっぱなしのままターンマークスレスレを旋回する。
鋭角な弧を描き、最初のターンをクリアする。
「次はスピードを重視してみるか…。」
後方の荷重を意識しつつ、最初のターンよりも大きめに弧を描いて次のターンマークをクリアする。
「ターンスピードも全然遅ぇなー!エンジンが壊れてたりしないよな…!?」
しかし客観的に見ても教官から見ても品子のターンスピードは次元が異なっていた。
他の受験生はボートを操縦するのは初めて。そのため慎重にレバーを落としてターンマークを回っている者がほとんどだ。
品子はレバーを握りっぱなしで自分の意図した航路を全速で回る。後方に乗っている教官の重心を意識した上でである。
操艇試験が終了した。
後方に乗っていた教官から声をかけられる。
「君は経験者だったか?以前ボートに乗ったことはあるのか…?」
「はは…、よくわかりませんが、一生懸命頑張りました…。」
品子のボートに乗っていた教官、元A1レーサー「富田林文蔵(とんだばやしぶんぞう)」は確信した。
「(現れやがった…!未来の女子SGタイトルホルダーが現れやがったぞぉーーーっ!)」

品子は二次試験も合格した。三次試験は身体検査が主であるため、事実上の入所確定である。
自宅に戻っていた品子の元に最終合格通知と入所案内が届いた。
「合格したの…!?すごいね!そんな素質があったんだ!?」
母親は驚きを隠せない。
「しかし…、品子には本当に申し訳ないが、かなりの負担をかけさせてしまう…。」
話を聞くとこうだ。
借金の返済期限は概ね2年後。しかも暴利を加算すると計6000万円までに到達する。
その2年間に全額の返済が行われないと、志野の身元は別の業者に渡ってしまうというのだ。
「はあ!?こんな闇業者刑事告訴しちゃえばいいいでしょ!?」
「それはもちろんなのだが、大事になった時点で志野の所在は教えてもらえなくなってしまうだろう…。最悪消されてしまうかもしれないし…。

「クソぉーっ!待ってろ!2年でSG取ってやるよーっ!」
富豪金矢の現世での戦いが始まった。

続く

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