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レッツ!ぷあ~ボートレース!第3話【クセ強女子レーサーデビュー!】

品子は優勝したくはなかった。優勝してしまうとメディアで報じられるため、現役レーサー達に少なからず名が知れてしまうからだ。
「次のレースはもう本番。体を慣らしておかないとな…。」
3周1マーク、2着の確保を確信した1号艇の万国翔は後方を確認せずにマイペースに回る。
ターンマークスレスレであり、スピードも乗っている。今でも一般戦ならすぐに戦えるレベルのターンだ。
品子はその外を回る。しかし周囲は目を疑った。
大きく弧を描きつつも、そのスピードは乗っている舟の規格がまるで別物に見えるようなものであった。1号艇の外に吸い付くように旋回し、1号艇を引き波に飲み込んでターンのみで3艇身の差をつけた。
「そんな…、バカな…!」
「加奈子ちゃん、追いついちゃうよ!」
必死で逃げる5号艇の加奈子。追随する品子から何とか2艇身の差で逃げ切った。
「やった…!優勝できちゃった…!品子さんの追い上げが怖いぐらいだったけど…。」
「金菜…!お前はSGを取れる逸材だ…!3年苦労すればSG出場も見えてくるぞ…!」
富田林教官は号泣していた。
こうして優勝戦は幕を閉じた。

養成所卒業から時は経ち、ようやく初の斡旋となった。埼玉支部は品子と幸、加奈子の3人が今節でデビューを迎える。
「よろしくお願いします!」
3人がモーター抽選室で選手達に挨拶をすると、同じ支部の先輩レーサーからすぐに提案をされた。
「3人は誰か師匠についてもらおうか?」
「(師匠か…。人によっちゃ結構大変かも…。)」
品子は師弟関係の厳しさを知っていた。自分が弟子になったこともあるし、師匠になったこともある。
「ターンスピードを鍛えるために3年間は大外からレースしろ」なんていう縛りを課せられたら品子の借金返済の夢は絶望的になってしまう。
「はい!後ほど考えていただければありがたいです!」
品子は元気にそう返事をし、ピットへ駆け出した。
「品子ちゃん、モーターはどうだった?私のは複勝率42%だって!結構いいかも!」
「良かったね、幸ちゃん!私はとりあえず走ってみないとわかんないかなー。まずは試走させてもらえる時間を見つけないとな…。」
新人は艇を出して試走する時間を見つけるのもなかなか大変である。明日の本番レース前に一度は感触を掴みたいところ。
「いいよー、次走ってみたらどうじゃ?3人でだけど。」
かなり年配のレーサーから声を掛けられた。
「ありがとうございます!幸ちゃん、チャンスだね!」
2人は艇を出す準備をする。
「足合わせお願いします!」
年配レーサーが着ているシャツに載っている登録番号はかなり古いものであった。今節だと最も古い番号になるだろう。
品子と幸、その年配レーサーの3人で足合わせをする。
「うん、かなり弱そうだな。」
品子のモーターは複勝率24%のワースト機であった。しかし品子は特に気にしていない。
「(モーターなんて直しちゃえばいい話だからな。久しぶりに好きにいじれるな…。)」
整備室で部品を漁る品子。すると整備員に声を掛けられた。
「キミ、新人だろ?駄目だよ、モーター壊されたら困っちゃうから先輩レーサーと一緒じゃなきゃ!」
「(くそ…、見つかったか…。早くいじらないと明日までに直せないな…。)」
すると先程の年配レーサーが整備室に入ってきた。
「あ、師匠!エンジンを見たいのでよろしくお願いいたします!」
品子は自ら声を掛けた。
「え、あ…、うーん、別に構わんがワシなんかに見てもらっても何にも覚えんぞ…。しかも師匠じゃないしの…。」
不破謙三(ふわけんぞう)、68歳。30代の時に一度A1クラスに上がったことがあるが、その後はずっとB1クラスから上がれずに現役生活を続けてきた埼玉支部の重鎮レーサーである。
大変温和な正確だが、弟子を持ったことは無く、本格的に後輩の指導にあたったことは無かった。
「ピストンリングの交換をしたいのですが、練習の為に何も手を出さずに見ててもらってもいいですか?」
「いきなり交換かい?挑戦するなー。何もアドバイスできないけど間違ってるところがあったら教えるよ。」
品子は大急ぎで整備を行う。
・・・・・
「できました!これでいいでしょうか?」
「え…?もうできちゃったの…?すごいわー、整備が得意だったんだね。」
品子は前世ではエンジン出しが得意であった。得意というよりも天性の勘があり、エンジン音と艇の挙動である程度悪い部分を判別できるという能力があったのだ。
「早速足合わせをお願いします!」
デビュー節で指導者がついてくれるとありがたいのは整備時や足合わせ時である。毎回辺りの協力してくれる先輩レーサーを探すよりも決められた人物に頼めるというのはずいぶん楽だといえる。
「よし!良くなってる!これなら戦えるぞ!」
「い、いきなり正解を出すとは驚いたわ…!」
品子はピットインし、謙三と休憩室に入るとそこには幸と加奈子がいた。
「明日は私、加奈子ちゃん、品子ちゃんの順番だって!」
富田幸が第1レース、豊川加奈子が第2レース、品子が第3レースに出場する。
「品子ちゃん、もうモーターを整備してたみたいだけどホントに?」
「うん、少し良くなった感じがしたよ。プロペラが叩けないからエンジン整備だけはちゃんとしたくって。」
品子の前世のボートはプロペラが装着されていないウォータージェット方式の仕組みであった。そのためプロペラの調整というものは全く分からない。
「プロペラは経験だからな。ワシも何百枚のプロペラを叩いてやっと覚えたよ。」
「謙三さんは持ちペラ時代も知ってらっしゃるんですよね?」
今のボート界ではかつての「持ちペラ制度」は廃止されている。持ちペラ制度下では、各選手が独自に、またはグループを組んで自分専用のプロペラを作っていた。現在のレース場持ちペラ制と比べるとプロペラの得意不得意で大きく成績に差が出た。プロペラの知識が無い品子にとっては大きなビハインドとなっただろう。
「持ちペラの時代ほどではないが、やはりプロペラが調整できると有利じゃよ。ワシもプロペラだけでレースをしてきたもんだからな…。持ちペラ制度が無くなってから成績をだいぶ落としてしまったほどじゃ…。」
謙三は持ちペラ制度下でもほぼ一人でプロペラを研究してきた。しかし長年培ってきたその知識と技術は高く、同じ支部の先輩や後輩がこっそり教えを請いに来ていたほどだった。
「謙三さん、私を弟子にしてくれませんか?」
「えっ!いきなりかい?私なんかが教えられるものは無いよ。最もA1級のレーサーとかを師匠にしなさい…。」
「いえ、是非ともお願いしたいんです!私はプロペラができないから、プロペラの知識が一番欲しいんです!あとは必死に努力しますから!」
すると、2人も声を上げる。
「私も弟子にしてください!」
「私もです!」
「ええーっ!一気に3人もかい?それは無理だよ。私ももう引退を考える年だから、3人の将来の壊すことになっちゃうから…。」
謙三は頑なに断る。確かにこの年代のレーサーを師匠にするというのは一般的には無茶がある。
万が一、数年後に引退してしまったら、残された弟子は途方に暮れてしまう。そのまま師匠が見つからずにレースをすることになればそれは大きな損失と言えよう。
「駄目ですか…。じゃあ明日のレースで3人が一着を取ったら師匠になってくれますか!?」
「3人が一着?ハハハ…、それはハードルが高すぎるね。そうだな…、3人で12点ぐらいじゃないか?」
「12点でいいんですね!よし、幸ちゃん、加奈子ちゃん!やってみようよ!」
「分かった!幸も頑張るよ!6着取ったらゴメン!」
「私も!品子さんが師匠にしたいと思う人なら絶対に間違い無いと思う!私も6着取ったらあとは任せたわ!」
「6着取ったら今節の格納作業全部やってよね…。」

続く

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