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【短編】少しずつ

今年の蝋梅は、すでに散りはじめていた。

去年の今頃は、青空に眩しいほどの鮮やかな黄色い花を咲かせていた。
肌を切るような冷たい空気に、満開の黄色いトンネル。
とてもいい香りを漂わせていた。
君と二人、思いきり吸い込んで鼻が痛くなって笑った。

ジャスミンの匂いに似てるって言ったら、ジャスミンてなに?って。
帰りにコンビニでジャスミン茶を買ってあげた。

内緒でポケットに入れた小さな花殻の香りと、答え合わせをした。


一年前と同じ日に合わせて、わたしはひとりここを訪れた。

もう半分は散ってしまっている。
残っている花は半透明の薄い黄色で、まるでほんとの蝋みたい。
花びらの向こうに、曇り空が透けて見えそう。

君の影を追ってきたはずが、まるで違う場所みたい。
あの頃と同じ景色に、君を見ることはもうない。


少しずつ確認していくんだ。

ゆっくりと深呼吸をした。
ほのかな香りと優しい色が、わたしの心に浸透していく。

大丈夫、少しずつ。
少しずつ。

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