解毒②

小学四年生になった私は田舎暮らしを満喫していた。新任式、大学を卒業したばかりの若い男の先生が赴任してきた。かっこいい先生だった。

私は学級委員長をしていたので、各学年の代表が集まる日があれば、出席しないといけなかった。その時にその若い男の先生と初めてお話しした。「先生はどうして先生になったんですか?」と聞いてみた。え?って顔を一瞬したように見えたけど、んーっとしばらく考えて「先生にはお父さんがいなくて、お母さんがお仕事をしながら先生を育ててくれたから、お母さんを助けたくて勉強をいっぱいして先生になったんだよ」と教えてくれた。

先生の苦労が子供ながらに感じて、「そうなんですか・・・」と言った後、大切な話をしてくれた先生に何か言わないといけないと思って「私も先生みたいに頑張って勉強します」と言った。先生は顔を真っ赤にして、「頑張ってね」と言ってくれた。優しい先生だった。先生は色が白くて顔がすぐ赤くなる。耳まで赤くなる先生だった。

女の子からのいじめもなくなったし、落ち着いたように見える田舎の小学校生活だったけど、学年(クラス)に一人落ち着きのない男の子がいて私はその男の子が苦手だった。その男の子は勉強はできる・・・けど、スイッチが入ると近くにいる女の子を殴り続ける。女の子が泣いても叫んでも殴るのをやめない男の子だった。私も何度か被害にあって泣かせられたし痛い思いをした。何よりも納得できないのは、絶対に男の子にはやらないということ。必ず同じ学年の女の子、もしくは下級生の女の子をターゲットにする。男の子の中では誰も彼を頼らないし相手にされていない感じ。

クラスの女の子で放課後遊ぶことになった。その男の子の家の近くを通った時にすごい泣き声が家の中から聞こえてきた。その男の子の妹が外にいたので聞いたら、お母さんに怒られてお兄ちゃんが泣いてるんだよと教えてくれた。びっくりしたので友達に聞いたら、近所の女の子が「いつも家で泣いてるよ」と言っていて、クラスの子はみんな知っているようだった。お母さんがとても厳しい人らしい。いつも女の子を泣かせているのに家では泣いていたんだ…。

4年生になると部活動が始まる。小さい小学校は何でもやらないといけない。春はバスケット、夏は水泳、秋は陸上、冬はスキー。とにかく人数が足りないから上手いとか下手とかではなく、やらないといけない。秋の駅伝が終わって冬のスキーに部活動が変わるころ、その日はみんなで結構な距離を走る日だった。外は暗くなって、先生の話を聞いてもうすぐ終わる。部活の先生は40代の男の先生だったけど、その日はその先生がいなくて、新人のすぐ顔が真っ赤になってしまうあの若い先生がコーチだった。「今日はものすごい頑張った人がいるのでみんなで褒めよう」と言って一人の男の子が名前を呼ばれて前に出た。私のクラスのあの意地悪な男の子。弱いモノいじめの男の子だった。そんなにスポーツは得意ではないのに気持ちを入れ替えたのかな?と思った。私だけではなくみんなそう思ったと思う。素直にみんなで手をたたいておめでとうの雰囲気だった。その男の子はちょっと照れ隠しなのか右手でガッツポーズをしていた。

何が起こったのかわからなかった。

あの優しい先生がその男の子に平手打ちをした。

真面目に走っている下級生の男の子の邪魔をしていたらしい。あの優しい先生が怒るなんてよほどのことをしたのだろう。30年以上前の話。PTAで私の母がよく言っていたのだけど、当時はうちの子が悪いことしたら先生遠慮なく𠮟ってください!!と保護者全員が言っていた。だから先生の平手打ちは全く問題にならなかった。邪魔をされた男の子は私より1つ学年が下。やる気があれば3年生でも部活動に参加はオッケーだった。頑張る下級生の邪魔をするなんて呆れる。全員がドン引きした。

弱いモノいじめの彼は私が転校してから名前を聞くこともなかったし、会うこともなかった。しかし、結婚して娘が生まれて子育て中に新聞とニュースで彼の名前を見た。あれ?このひとは…。あの男の子だ。出会い系で知り合った女性に暴行し逮捕されていた。住所と名前と職業が世の中に出た。彼は勉強ができる人だったから、きちんとした職業についていた。だからこそ大きく報道された。そして、暴行された女性は未成年だった。


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