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『ザ ミール ボブション ミーレ 』


16年前の5月…。

私は、かつて祖父母が渡ったシベリアの地へ向かっていた。

約9300kmのシベリア鉄道の旅をするために…。

この旅の中での印象的な出逢いを2つご紹介する。

まず、ひとつは富山からウラジオストク行きの貨客船ルーシ号の中での出来事…。(※富山〜ウラジオストク間の貨客船は2019年に運航廃止された)

出港まもなく、エントランスで寛いでいると、日本在住でバングラデシュ出身のヒラさんという男性に声をかけられた。奥様は日本人とのことで、日本語がとても流暢な方だった。

「こんにちは。ロシアにはどうして行くんですか?私は仕事で…」

「はじめまして。私達は、新婚旅行なんです。2人だけではなくて、こちらにいる仲間の皆さんも一緒なんですが…」

「へえ〜!それはかなりユニークですね…」

それでそれで?と言わんばかりに興味深そうに前のめりでインタビューする記者の様だった。

本当に…新婚旅行に同行者が10人もいるなんて、私も聞いたことはない。しかも、ほとんどが初対面の人ばかりで親以上に年の離れたメンバーもいるのだから…ユニークそのものである。

そもそも、この旅の発端はこういうことだった。

当時、たまたま結婚するタイミングで新婚旅行の旅先を考えていた時のこと…。

友人の旅の音楽家丸山祐一郎さん(マリオ)とこやまはるこさん(はるちゃん)夫妻から『シベリア鉄道レインボープロジェクト2008』に誘われて、「せっかくなら新婚旅行で一緒に行っちゃう?」という話の流れに乗ったのだ。

マリオとはるちゃんは、民族楽器やギター、ウクレレを携えて、国内外を旅して巡りながらライブや楽器作りのワークショップなどを開き、音楽を通して平和のあり方を伝える活動をライフワークとしている。

「シベリアに平和の虹を架けに行くよ!」

その想いに賛同して集まったのが、私達も含めた12人の仲間たちだった。福祉や教育関係者、フラワーアーティスト、クラフト作家や映画監督などもいる個性的な面々だった。

『平和を届ける旅…』

一言で言うことは簡単。
気持ちを行動に表すことにとても関心があった。

何より、『シベリア』と耳にしただけで、祖父母からなかなか聞き出せないでいた戦争や抑留のイメージがすぐに頭をよぎった。その地を自分の足で訪ねる意味を強く感じたからなのだ。

そういった経緯があり、私達はこの旅に参加した。

ルーシ号でのヒラさんの話に戻る。その中で、日本人の問題を指摘された。

「今、日本の子ども達に伝えたいことは命の重さ、尊さ…。バングラデシュの人達は毎日毎日生きることに一生懸命!死ぬことはバチが当たると思っている。自殺する人なんていないよ~。考えられない…。」と、日本に来て自殺のニュースの多さに驚いたと話をしてくれた。

「この世に、この時代に生まれてきたことは本当に奇跡的で、あなた達と今こうして出逢えたということも何兆分の1の確率…いや、それ以上のことなんだよ。すごいことだよね?悲しいこと辛いことがあっても生きていれば乗り越えられる可能性はいくらでもある…。日本では『生きている』ただそれだけで幸せなんだってことを感じられる子がどれだけいるかな?そういうことを親である大人は愛しい子ども達に教えなくちゃいけない!愛してるよ~って伝えなくちゃ!僕は毎日奥さんにも子ども達にも両親にもしつこいくらいに『大切だよ~愛してるよ~』って言っている。嘘偽りない気持ちを自分の言葉にして届けているよ。世界平和の礎は家庭の平和からだと思っているからね。」

ヒラさんがおっしゃる言葉はとても奥が深くそこにいたみんなの心に響いた。

「日本人は、自分自身を表現したり考えを発表することが苦手な人が多いですね。協調性も大切だけど、周りの意見に流されず、自分の気持ちをしっかり持ってる人はどれだけいるだろう?

でも、人にはどうしてもできないことがありますよね?何だと思う?…それは、自らの目で自分自身を見ること!鏡を見てもそれは反対の世界。左右逆に写るでしょ?カメラで撮影された自分を見ることはできてもレンズを通してのこと。本当の自分の姿を自分で直接見ることは誰もできないんですよ。だから、完璧な人なんていない。じゃ、どのようにしたら自分自身を見つめられるかな?…日本では類は友を呼ぶ…と言うでしょ?まさにそれ!パートナーや身近にいてくれる人は自分の映し鏡のようなものだと思えばいい。まずは身近にいる人の心に目を向け、耳を傾け、気持ちを感じてあげられる優しさを大切にすればいい…。その人が自分をどのように見てくれているか?大切に想ってくれているか?伝えたり伝えてもらったりの関係があれば、自分を知ることができる。みんなひとりでは生きていけない。こうして周りに支えられて生きていますよね?」と…。

「いつの間にかひとり漫談みたいになってごめんなさい…」とおっしゃっていたけれど、ヒラさんから紡ぎ出される言葉のひとつひとつにハッとしたり、なるほどと気づかされることが多かった。時々あの時のことを思い出すと、自分を省みることができる。

2つ目の印象的な出逢いは、シベリア鉄道の車内での出来事…。その日、私たちは、ハバロフスクからイルクーツクへ仕事へ向かう男性2人と出逢った。同行してくれた通訳のイリーナを交えての会話の中で、一緒に話をしたいと通路に呼ばれたのだ。

「皆さんロシアに来てくれてありがとう。美しい自然を感じ、素晴らしい仲間に恵まれ、どうか幸せな日々を…そしていつかまたご家族やご友人とぜひロシアへ来てください」と。

そして、こうおっしゃった。

「国は違っても、同じ地球に生きていますから気持ちは通じます。地球はたったひとつですから…。今、世界に目を向けると目を覆いたくなったり、耳を塞ぎたくなる出来事が多いけれど、ケンカや争い事をしている場合じゃない!人として地球で生かされているんだから、お互いを思いやり、大切にしていきたいですね」と…。

その後、日本の唱歌やロシア民謡を歌いながら交流したが「歌を聴いただけで、日本人の心がわかります」と涙をポロポロ流された。

話をしてみると相手の心が見えてくる。言葉が全て通じなくても真心は伝わってくる…。

そして、友達=Друг(ドゥルーク)というロシア語を教わり、固い握手を交わした。

相手への思いやり、優しい気持ちを大切にしていきたいと感じた出逢いだった。出逢うべくして出逢うのだろうか?人生は出逢いによって学ぶことが多い。

イルクーツクにあるシベリア抑留者が眠る墓地。
ここで唱歌「故郷」を歌い
鎮魂の祈りを捧げた。
世界自然遺産『バイカル湖』
透明度、水深、貯水量ともに世界一。
かつての日本人抑留者はバイカル湖を眺めて
日本海を想ったという。
現地の子ども達と竹馬で遊んだ楽しい思い出。
この子達も今は大人になっている年頃だろう…。


あれから、16年…。

ロシアによるウクライナ侵攻が今だ続く中、ニュースを見るたびに自分の中に息づいている美しい記憶を疑う。

私達が辿った旅先は今どのようになっているのだろうか?ロシアで出逢った人々、現地の可愛い子ども達の笑顔を思い出す。お世話になった皆さんはお元気でいるだろうか?

通訳のイリーナに教えてもらったロシア語。

『ザ ミール ボブション ミーレ』は、日本語で『世界が平和でありますように』。

あの日、モスクワに架かった虹を私はずっと忘れない…。


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