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Q. 城戸さん、久山で何をやっているんですか?

福岡県糟屋郡久山町。福岡市の中心あたりから車で30分ほどのこの地に、一種異様なバイブスを放つ食の担い手、城戸勇也さんがいる。農家として、100種類以上のイタリアの野菜を作る一方で、キッチンカーで窯焼きピザを提供したり、朝食イタリアンという新しい業態を生み出したり、惚れ込んだ地元のお米で地酒を作ったり、さらに今は自ら小麦を育て、それで作るパン屋を計画中だという。一体、どんな人物なのか?朝7時、久山に城戸さんを訪ねた。

次から次へと提案できる
八百屋みたいな存在でありたい。

伊藤 このメディアでお会いしたことのない方を訪ねるのは初めてなんです。城戸さんの活動を勝手に外から見ていて、すごく興味深くて。メディアを通して多彩な経歴であることは知っていましたが、地元に根を張るにはまだ早そうな年齢だと思っていました。かつ、農業。どんな思いがあったんですか?

城戸 そう思いますよね(笑)。「農業をやりたい」と話すと、「リタイアしてからでいいんじゃない?」とはいろんな人に言われました。ただ僕の中で根拠のない自信があったのと、時流的に今なのでは?と思っていました。最初は、南阿蘇への移住も考えたんですが、自分のやりたい農業は都市近郊型の農業だったので考え直して福岡にしました。地元を選んだのは、継続するために重要である土地を借りやすいなど親族の伝手があるから。運が良く、生まれ育った久山が自然環境に恵まれたところでもあり、ここでやろうと決めました。

伊藤 まずは農業だけでスタートしたんですよね?

城戸 はい、それも全くの素人からはじめました。当時は福岡市内にある《ピッツェリア・ダ・ガエターノ》で働きながら、毎週休みの日に久山に帰ってきて家庭菜園をやっていました。少しでも土に触れておこうと思って。その頃はできたものはお店で賄いとして出したりしていました。農業をやろうと決めてから、1年後くらいにはじめた感じです。

https://www.instagram.com/satoyama_sapori/

伊藤 前職を辞めて、本格的に従事することになって、何から作りはじめたんですか?

城戸  12月に退職して、1月から農業をはじめたので、2月に種まきするものから作りました。イタリアの地方によっていろんな種類があるズッキーニだったり、茄子だったり、夏野菜が多かったです。あとは、メスクランというベビーリーフよりもちょっと大きいものとか。それはサラダで複数の野菜と混ぜてもしっかりした味で、ベビーリーフより使えるなと思って作っていました。

伊藤 販路は一から開拓されたんですか?

城戸 いえ、飲食時代のつながりですね。これまでの付き合いをしっかりとつなげていけば、取引先は増えていくかなと勝手に思っていました。

伊藤 実際に飲食の現場にいたからこそ、これを作ればいいというある程度の確信みたいなものがあったわけですよね。

城戸 それが意外と外れる時もあるんですよ…(苦笑)。売れると思ったけど売れないとか、売れないと思ったのに売れるとか。今でも本当にわからないなと思います。

伊藤 今では100種類以上作られているとお聞きしました。次々と作りたいものが出てくる感じですか?

城戸 そういうこともありますし、たまたま種が手に入ったからとかもあります。僕の場合は、レストランに直接販売がメインだから、お客さんから見て、僕自身は八百屋でありたいと考えています。変わったものをいろいろと取り扱っている八百屋みたいな感覚で捉えてもらえると売りやすいんですよ。例えばどんなに美味しくても一種類しか作っていなかったら、お客さんは一個一個違うお店とやりとりしないといけません。それは面倒でしょうから、次から次へと提案できる八百屋みたいな存在でありたいです。

料理の仕込みは
土づくりからはじまる。


伊藤 久山では農業からはじめて、いつから飲食をやろうと思ったんですか?

城戸 農業だけを4年くらいやった後に飲食をはじめました。だから2年前からですね。キッチンカーの《サポリカー》からはじめたんですけど、ここの駐車場(伊野天照皇大神宮の駐車場)前の渋滞が本当にひどくて。特に夏の渋滞問題が大きくて、地元の人が困っていたんです。僕も、農業をはじめてから3年間ずっとここの渋滞には悩まされていました。ここの奥に行く用事が頻繁にあるので、そこへ行くためにわざわざ遠回りをして20〜30分かけて行っていたんです。近くの《茅乃舎》の人も、「夏はここを通らず、ダムのある逆の方から遠回りをして出勤しているんだよ」という話をされていて、本当に解決させないといけないことだなと感じていました。それでここにキッチンカーを夏場に出させてほしいと神社の総代会に申し出ました。僕が営業する代わりに、キッチンカーの収益から交通警備員を雇ってこの渋滞問題を解決させたいと話をして、今のようになりました。

https://www.instagram.com/sapori_car/

伊藤 お困りごとの解決からはじまったんですね。
 
城戸 これまでも軽トラに窯を積んで行って、ピザを焼くイベント出店はやっていたんですよ。ただキッチンカーの方が楽だよなと思うこともあったので、まずはキッチンカーを作ってみようと思いました。ここは神社の駐車場なので、それを前提として雰囲気をそこなわない色味や営利的なものを排除したキッチンカーを考えました。あと、どんなキッチンカーを作ろうかと考えていた時に動かなくていいキッチンは最強だよなと思って(笑)。
 
伊藤 動かなくていいキッチン?
 
城戸 唐津の虹の松原にある《からつバーガー》とか、志賀島入り口にある《金印ドック》とか最強だなと思っていました。ふたつの共通点を考えても、その地域で一番の自然環境の中でやられているんですよね。だからゆくゆくは《サポリカー》のある場所も、ああいう場所にしていけたらと思っています。
 
伊藤 農業で野菜を作ることと飲食で料理を作ること。今両方やられていて、どちらの優先順位が高いですか?
 
城戸 やっぱり、一番は農業です。もともと料理の仕込みは土づくりからはじまると考えていましたし、食業界を発展させるのにも素材づくりが重要だと思っています。本当に僕自身、飲食店をやるとは思っていませんでした。ピザ屋さんだったら自分なりにマネタイズできるような気はしていましたが、それをやってしまうのが面白くないなと思っていましたから。
 
伊藤 やる前からわかってしまうことは面白くないという。
 
城戸 そうですね。とはいえ、自分なりに根拠を持ったうえで新しいことははじめています。


既存のカテゴリーにおさまるだけでは
気づいてもらえない。


伊藤 朝食の店《キッキリッキー》をやろうと思ったキッカケは?

https://www.instagram.com/chicchirichi_hisayama/

 城戸 それは単純な理由で、僕自身が朝ごはんを食べに行くのが好きだったんです(笑)。あと、朝ごはんのお店だと昼から畑に出られるので。
 
伊藤 なるほど。

城戸 朝からちょっと遠出して、朝食を食べに行くのって気持ち良いですよね。自分もそういう場所を作ってみたかったんです。あとは、ありそうなお店はやりたくないと思っていました。
 
伊藤 はじめて聞いた時、朝7時から久山で!?と驚きました。最初からお客さんが来る確信はあったんですか?
 
城戸 お客さんが来ると思ったというよりは、この価値観は先々みんなが大切にしたいと思うようなものだからやろうと思ったんです。僕が農業をはじめた時もそうだったんですが、有機農業や無農薬など既存のカテゴリーにおさまるだけではみんなに気づいてもらえないと思うんです。僕がやろうとした時にはすでに世の中に増えている傾向でしたから。
 
伊藤 それだけだと差別化にはならないと。
 
城戸 だからもっと付加価値を考えないといけないので、僕は自分のやっている農業を”循環型農業”にしようと思ったんです。最初はみんなわからないものだし、3年くらい打ち出さずにいましたが、最近ようやく言うようになりました。
 
伊藤 最初からずっと自家製肥料で土づくりからやっているんですか?
 
城戸 はじめのうちは、近所の《久原本家》さんから食品廃棄物を少しだけ提供してもらっていました。本格的に取り組み出したのはその3年後。コロナになってから、SDGsという言葉がよく出てくるようになったので、それがいろいろと後押ししてくれました。今では自分のお店で出たものも使って、全て自家製肥料でやっています。SDGsの流れもあって、このところ農家の屋号である《里山サポリ》がいろんなメディアに出してもらえたので、農家がやる朝食もきっと3年後くらいにもっと理解してもらえるかなと思っています。
 
伊藤  3年後を考えているんですね。
 
城戸 僕が農家をはじめる時、《二◯加屋長介》の玉置さんからアドバイスいただいたんです。「3年くらいみんながわからないことを先にやった方がいい」と、それを大事にしています。あとは自分なりにネーミングも大切にしていますね。「朝食イタリアン」「キッキリッキー」は、まだうちしか使っていないものです。そういう名前を早めに取っておきたいと思っています。

久山の米は美味しいということを
少しでも広く伝えたい。


伊藤 久山町で初めてだったという地酒のプロジェクト「our sake」についてはどんな思いがあったんですか?
 
城戸 久山の中でも、この猪野地区は特に水がきれいなんです。農業をやったからわかることなんですが、猪野は豊富な水資源だからできる用水路で、猪野にある田はどこにも、一番風呂のようにきれいな水が来ている。だから、ここでできるお米は本当に美味しいんです。それと同時に、農業の中でも米じゃマネタイズがかなり難しいので、その問題を解決したいと思いました。米を作ってない時期に野菜を作って売るのではなくて、米自体の値段を高くできるような仕組みを作らないといけない。そのために「久山の米は美味しい」ということを少しでも広くアピールできるようにやりはじめました。

https://www.instagram.com/our_sake/

 伊藤 高く売れるようになった先も考えてるんですか?
 
城戸 はい。かなり長い目で見ています。高値になって、少しでも自信が出て、利益が増したら何かしら別の価値を生み出していければいいなと思っています。例えば、猪野公園の隣にある桜山という10分くらいで登れる山があるんですが、そこにフォトスポットを作ったり、需要はあるけどミモザが群生している場所ってあまりないのでそれを作ったり。ミモザを桜の時期以外の花見の名物にできたらいいなと思っています。
 
伊藤 城戸さんって頼まれてもいないことを自分でどんどん形にしていってますよね。いろんことが気になるんですね。
 
城戸 気になるというより、なかなか動き出せない人が多いから。町の人は役場にすごく期待をしているんですよ。役場に意見はするんだけど、補助金や対応策が出ないとそこで終わってしまう。愚痴ったとしても動くことはないから、僕らは誰かに推されたわけでもなく勝手にやっています。
 
伊藤 一緒にやっている仲間も増えていっていると聞きました。自然と集まってきたんですか?
 
城戸 久山に住む僕ら世代の人たちが集まって、事業ではなく、地域の部活みたいな感じで活動しています。もともとは焚き火をするグループでした(笑)。ずっとここに住んでいる人もいるし、外から来た人もいるという中で話をしていると、「ここをどうする?」みたいな話になるんです。糸島や那珂川とか他の地域がキラキラして見えるよねとかいいながら(笑)。
 
伊藤 なんかいいですね。
 
城戸 そんな風に火を囲みながら、ここにこんなコンテンツがあったらいいよねとか話しています。今はまだ久山にコンテンツが少ないので、わざわざ久山に泊まる必要はないんですよね。だから、みんなでもっと魅力的なスポットやレジャーなどを作っていって、町をもっと充実させて宿泊してもらえるようにしたいねって話をしています。今後そうなったとしたら、宿泊先に地元のお酒がないとつまらないですよね。だから作っておこうって(笑)。
 
伊藤 そんな先からの逆算なんですね(笑)。
 
城戸 ここに先々必要になるものはまだまだたくさんありますが、リストアップしたものの中からやれそうなことをひとつずつやっていっています。

パン屋のために、
小麦を作りはじめました。


伊藤 風の噂で聞こえてきたんですが、パン屋さんもやるんだとか?
 
城戸 やろうとは思っています。今年はとりあえず小麦を作ってみてはいるんですよね。
 
伊藤 やっぱりそこからなんですね(笑)。久山にはいろいろなスポットは増えていってるんですか?

城戸 僕自身も誘致したりして、少しずつですかね。この前は「居抜きのこのスペースに入るところを探してくれん?」と言われて、イタリアンを紹介しました。
 
伊藤 すごい。もう“ まちづくり”というか、未来を描きはじめている感じですね。
 
城戸 どうなんですかね…、僕、“まちづくり”という言葉があまり好きではなくて。
 
伊藤 あ。すみません。
 
城戸 ”まちづくり”という言葉って、人によって点にもなるし、スプレーみたいなぼかしにもなるし。すごく曖昧な言葉だなと、僕は捉えているんですよね。
 
伊藤 確かにそうですね。
 
城戸 今は僕なりの経済活動や縁をつなげられたらと思っているだけです。
 
伊藤 結果、まちができていくという。
 
城戸 おそらくみんなそうだと思うんです。まちを作ろうとして作ってはないと思うんですよ。
 
伊藤 ですね。肩肘張って、まちを作ろうと言い出している人たちって、実はいいまちを作ってないことが多いかもしれませんね。

福岡人は東京もんが嫌いですよね。
だから格好いいインディーズを
欲している気がする。


伊藤 久山から見て、昔の活動の場だった福岡の中心地あたりのことをどう見ていますか?
 
城戸 数年前と比べて見ると、格好いいインディーズがいなくなったと思います。特に開発されているビルの中にはいない気がします。どうしてもどこかで成績を上げたお店が入る仕組みになってしまっています。実績がないと入れないところばかり。例えば、1店舗目がビルの1階にオープンしたとか、本当に狭くていいと思うのでそういうお店ができたらいいなと思います。もっと格好いいインディーズがあったら、街は楽しくなりそうです。今、そういう人たちが中心地から離れて、いろんなところへ出てしまいましたよね。浮羽とか久留米とかに。
 
伊藤 確かに市内でなくてもいいよねって流れがあります。
 
城戸 そろそろ、みんなはこのことに気づくよと、僕は偉い方々に言いたいです。
 
伊藤 僕は大学から関東に行ってしまったので、福岡で20代の頃に遊んだ場所とかがなくて、郷愁が少ないタイプだと思うんですね。そんな僕でも思うことがあるんだから、福岡でずっと住んでいる人たちはもっと血の通ったいい場所であってほしいと思っているはずですよね。
 
城戸 福岡人は東京もんが嫌いですよね。なんだろうDNA的に(笑)。だから格好いいインディーズを欲している気がしますけどね。
 
伊藤 城戸さんは福岡の中心地で何かすることはもうないんですか?
 
城戸 僕の資本でなければやるかもしれないですね。
 
伊藤 何かのプロデュースとか?
 
城戸 例えばの話ですが、これからの道の駅というのは街中にあるべきだと思っている派なんです。アンテナショップみたいな形で。今後はカット野菜とお惣菜の時代ですし。
 
伊藤 カット野菜とお惣菜の時代なんですね(笑)。
 
城戸 今、販売されているカット野菜の課題として、産地がどこだかわからないというのがあると思うんです。だから、久山産のカットニンジンとか、カレーセットとかいう商品ができれば需要はあると思っています。その次は、掛け算になりますよね。いろんなものを掛け合わせたら、結構早くビジネスになると思います。そういうことをお願いされるんだったら、僕は納得してやりたいと思います。市内でそういうクラフト感を求めている地域を考えると、今一番は照葉かなと思っています。
 
伊藤 具体的にもうイメージがあるんですね。
 
城戸 照葉にカット野菜やお惣菜が出せるような加工施設を併設させた今で言う道の駅みたいなのがあったら、いいと思いますよ。
 
伊藤 面白いですね。
 
城戸 品目がまだ十分ではないのですぐには難しいと思いますが、初めは他の地域と一緒になってやる感じですかね。一番大事なのは“産直”ということだと思うので、安定して供給できる仕組みが作れればと。お惣菜であれば、素材に久山産がひとつ、ふたつ入っていることからはじめてみて…、まあ勝手にいろいろ言ってますが(笑)。
 
伊藤 城戸さんの場合、すべて勝手に言って、本当に実現しちゃっているので、本当にやっちゃいそうですね。
 
城戸 行政に頼ると先が長い話になってしまうので、別のところから話が出たらいいですね。行政の人たちはあまり経営的な視点で考えないから。お金は生み出すものではなくて、あるものと捉えているようですし。僕らはいかにコストパフォーマンスを良くするか、いかに原価を減らして利益を生むかを考えていますから。
 
伊藤 時間の感覚も絶対に違いますよね。考えてから動くまでの時間の違いはフラストレーションを感じますよね?
 
城戸 だから勝手にやる(笑)。
 
伊藤 城戸さんの言うことは何だか実現しそうな気がしてきます。
 
城戸 本当ですか?ただ福岡の中央では自分でやろうとは全然思いませんよ(笑)。やっぱり自分は地元でやりたいと思いますから。久山に来てもらって、久山の良さ、自然環境の価値を味わってもらいたいと思います。そして最終的に自分の野菜の価値になればうれしいです。

新しい場所で
里山サポリの村みたいなところを
作りたい。

伊藤 スピード感のある展開の意思決定はおひとりでやられてるんですか?
 
城戸 そうですね。個人事業主なので。
 
伊藤 朝から営業して、農業して、お酒も作る。最近、夜のバルもやって…。時間の管理はどうしてるんですか?
 
城戸 みんな同じくらい働いていますよね?
 
伊藤 いやいや。
 
城戸 僕はまだ家庭を持っていないので、自分の時間を丸ごと仕事に費やせますから。今のうち働いとこうみたいな気持ちでいますよ。それに僕は夜の飲み会などに行くタイプではないので時間は十分ありますよ。
 
伊藤 最後に城戸さんが考えている新しいことを教えてください。
 
城戸 実はパン屋さんよりも前に、新しく土地を買って貸し農園をしようかと思っていて、絶賛土地を探し中です。
 
伊藤 貸し農園?

城戸 貸し農園の場所に今あるお店の全てを一箇所に集中させて、里山サポリの村みたいなところにしたいと思っています。

伊藤 その新しい場所に、同じような価値観を持った人たちが集ってきて、また何か新しいことがはじまるんですね。
 
城戸 そうですね。まあ、この話は資金繰りがうまくいけばなんですが(笑)。
 
edit_Mayo Goto
photo_ Miki Matsuoka

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