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Q.中岡さん、福岡に何か思うところはありますか?

 

1923年創業、福岡を代表する和菓子屋である《鈴懸》の3代目、中岡生公さん。中岡さんとの出会いは《鈴懸》の店舗デザインをする二俣公一くんからの紹介が最初だったように思う。それ以来、よく会うという間柄ではないが、会って話すと、いつも普段着で向かい合ってくれる。気持ち良い物言いとそのスタイリッシュさも相まって、僕の中で中岡さんは福岡の誇れる先輩のひとりである。

 
 

今だからこそ、九州って面白いかも。


伊藤 今日はよろしくお願いします。急に中岡さんのお話が聞たくなって、ショートメールしてしまいました。

中岡 大丈夫ですよ(笑)。なんでも聞いてください。

伊藤 中岡さんが今の福岡をどう見ていらっしゃるのかお聞きしたくて来ました。福岡のことを聞く上で、まず鈴懸の話からお聞きしていいですか。2023年で創業100年、3代目である中岡さんから見て今の鈴懸はどういう状態なんですか?

中岡 だいぶ肩の力が抜けて自由にやれている感じですね。今となっては東京2店舗、名古屋1店舗と展開してきて約20年、それはそれで非常に刺激があってやってきたんだけど、逆に最近になって、九州って面白いかも?我々の根っこはやっぱりこっちだよなって、意識するようになってきたかな。

伊藤 いつもマーケティングや戦略のようなことは考えてないんだよっておっしゃっていますよね。

中岡 そう。そんなに言うほど考えてないんですよ(笑)。

伊藤 では、最近、“九州”とお思いになるのは感覚的なものですか?

中岡 生産者も近くにいるし、より自由にやれる。僕が東京に出て行ったのって20年くらい前なんですけど、それはそれで刺激があったし、情報量が全然違います。でも、この数年間、特に福岡に限らず九州の面白さを体感するようになった。意識してってわけではないけど、勝手にそう思うようになってきたね。東京に出店したのは、僕が30歳になるかならないかの頃。和菓子の世界って、東京があって、京都があってって言われるんだけど、僕らは九州ってことで割と自由にやれたんだと思う。途中ちょこちょこと「そんな事やっていいの?」みたいに言われたこともあったけど(苦笑)、逆に縛りがない分、自由にできたところはある。で、最近は「やっぱり地方が面白いんじゃない?」って思うところがすごくあるね。

伊藤 「いいの?」ってどんなこと言われたりしたんですか?

中岡 領域とか持ち場とか。それはどの業界にもありますよね。僕は単純に美味しいものや綺麗なもの、興味あるものを作りたかっただけ。それを自由にやっていたら、今の形になっちゃった。

伊藤 先代がやっていなかった日持ちしない朝生菓子を提供してしまう突破力みたいなものとか。

中岡 今考えたら恐ろしいよね(笑)。でも、やっぱり子供の時に口にしているんですよ。本当に美味しい和菓子を。だから、「美味しい姿はこれなんだ」っていうのが自分の中にあるんです。綺麗な菓子を作ることだけが技術力じゃないよねって。米と小豆だけだって綺麗。そして、美味しい。でも、なぜか綺麗なものばかりもてはやす傾向にあるんだよね。でも、大福って綺麗。きんつばって綺麗。おはぎって綺麗。和菓子売り場って、意外とパッケージでいっぱいになっちゃっているお店が多いんだけど、僕はお店に置いているお菓子を全部裸にして、並べて売っている。工房の近くでずっと育ったので出来立てがそこに並んでいる姿が一番綺麗だなと思っているから。

伊藤 鈴懸は商品の幅を狭めて、商品数を絞って展開されているイメージがあるのですが、そこは何か意図があるんですか?

中岡 確かに狭めているけど、きちんと季節を追いかけているから2週間で季節の商品は出て行っている。今食べて欲しいものに特化したいっていうだけかな。

伊藤 中岡さんの話をお聞きすると、いつも「足るを知る」という言葉が思い浮かびます。これでいいじゃんっていう感じ。包装紙もきちんとお届けしたい時のための籠は用意されているけど、それ以外はかなり簡易な包装であるとか。

中岡 捨てなきゃいけないちょっと立派な箱ってちょっと嫌じゃない?(笑)。

伊藤 確かに中途半端なやつありますよね(笑)。同様にお店の展開も非常に厳選されています。

福岡5店舗、東京2店舗、愛知1店舗。きっとたくさんお話があると思いますが、店舗展開にポリシーってあるんですか?

中岡 作る量には限りがあるんで、それに合わせています。そんなに大量にはできないし、大量に作りたいとも思ってない。今のうちの品質を守っていく製造能力は今のここがギリギリだよねって。当然、もうちょっといけるなって思ったら、お店を作るかもしれないですけどね。

 

もっと自由なものづくりを。
やりたいことはたくさんある。


伊藤 今の鈴懸は中岡さん的には満足度何パーセントくらいなんですか?

中岡 70%くらい。もうちょっとやりたいことはあるね。

伊藤 具体的に言うと?

中岡 なんだかんだ言って、お店があって、たくさんのお客さんがいて、それに合わせてたくさんのお菓子を作っているんですけど、本当はもっと自由なものづくりをしたいし、作りたいものはまだたくさんあるんですよね。でも、今の8店舗同時に並べるのは難しい。僕らはそんなにマスを相手にしているわけじゃないんですが、もっとコアを相手にしてみたい気持ちもある。

伊藤 伝統と革新が絶妙な塩梅で中岡さんの中にあるような気がしていて、《WINE&SWEETS tsumons》の香月さんと作ったスイーツブランド《36》とか、二俣(公一)くんが店舗デザインをしていることとか新しい才能やアイデアを非常に柔軟に取り入れながらアウトプットしていますよね。

中岡 僕自身はそんなに新しいことって思ってないんだよ。全部がつながっている。肩肘張って、新しいことを取り入れよう、なんてことは全くしてない。香月くんがやっていることって「美味しいからいいじゃない」っていう、ただそれだけ。和菓子、和菓子って言って、江戸時代に今の形ができたって言うけれど、今は世界中から材料が入ってきて、その頃の材料と質も量も雲泥の差があって。日本人がアレンジすればそれを和菓子と言うんじゃないの?(笑)。カステラだって、誰がどう見たって日本の菓子じゃないんだけど、なぜか百貨店の中では和菓子売り場にあるじゃない。なんかそれくらいの感覚だよ。

伊藤 今、構想中のものはありますか?

中岡 今のお店は小綺麗にまとまっているんだけど、製造現場が一番かっこよくなるってどんなことだろうって考えていて、最近、二俣とよくそんな話をしてますよ(笑)。例えば、工場の片隅に自分の小さな店を作って、週に一回でも半日でもいいから完全オーダーメイドでお菓子を作るとか。そんなことができたら、こっちも楽しいよね。そんな提案をしたいなって。もっとものづくりを楽しみたいなってことなんだよね。構想というか、構想の前の段階だけどね(笑)。

 

福岡はあけっぴろげに見えて、
意外と閉じている。


伊藤 福岡の話も少しお聞きしていいですか?《鈴懸》の売りの現場や作る現場として、今の福岡をどのように見られていますか?

中岡 《鈴懸》は100年ここにいるわけで、やっぱり居心地いいなって思いますし、新しいことはここから始めたいとは思っていますよ。

伊藤 福岡での《鈴懸》の愛され方って他のお店やブランドとちょっと違う感じがしています。正直、僕は福岡の人の多くは、福岡や九州、アジアのような足元にあるものを当たり前のものとして、あまり愛していない傾向にあると思っています。その中でいうと《鈴懸》は愛されていますよね。

中岡 それは東京に行ってきたからっていうのもあるのかもしれない。

伊藤 そこから変わりました?

中岡 明らかに変わったと思うよ。

伊藤 そこはきちんと自己分析されているんですね。

中岡 そりゃあ、わかるよ(笑)。

伊藤 メディアなどで福岡の良いところはたくさん耳に入ってくるので、今日は福岡の残念なところをたくさん聞きかせてもらいたいのですが(笑)

中岡 そうだね……。福岡はあけっぴろげに見えて、意外と閉じているよね。絶対そうだよね。非常に明るく手を広げているように見えるけど、閉鎖的。

伊藤 そして、コミュニティ意識は強いかもしれませんね。

中岡 そこは良いところでもあり、でもそれって何か狭めてないか?って思うよね。僕はいろんな人と会いたいし、その中から取捨選択したいと思っているよ。

伊藤 僕の中では中岡さんは一匹狼。どこの人って感じがないですもんね。

中岡 (笑)。いろんな人と会うほうが楽しいもんね。

 

福岡がもっと居心地のいい場所に
なってほしい。


伊藤 天神ビッグバンもあって、福岡を新しい街に変えようみたいな動きはどう見えているんですか?

中岡 それは素晴らしいし、ありがたいことだと思う。でもまだちょっと核心が見えないね。

伊藤 中岡さんが見えていないってことは、誰も見えてない可能性がありますよね。

中岡 かなりぼんやりしている感じはあるよね。「東京から何を持ってくる?」「じゃあ、一階にあのラグジュアリーブランドを」とか。今でも、まだそんなことを言っているのはどうだろうねって思ってしまう。もうそれは東京でやっているじゃないって。一方、やっぱり地場も入れないといけない、九州らしさを出さないといけないって、今度は、福岡らしさを無理矢理なロジックで追加しようとするんだよね。

伊藤 開発側からすると、必ず入れたいキーワードではありますよね。

中岡 福岡らしさとか、九州らしさってことをあまり言葉にしない方がいいかもしれない。「今、考えられる最先端でいこうよ」くらいの方が気持ちいい感じがする。逆に、「福岡らしくゆるくしなきゃいけないの?」とか、「居酒屋がいっぱいなきゃいけないの?」って問いかけてみるとかね。

伊藤 《鈴懸》のお店が3店舗ある福岡の真ん中に位置する天神をどういう風に見られていますか?

中岡 天神は福岡の東京って感じで、県内外からいろんなものがやってくる交差点って感じかな。

伊藤 今後どうなってほしいと思いますか?

中岡 居心地いいところであって欲しいとは間違いなく思いますね。

伊藤 今はいろんな意味でドーナツ化が起きていますよね。

中岡 確かに天神で滞在する時間は減ったよね。

伊藤 天神に欲しいものってありますか?

中岡 ゆっくりと滞在できるところは欲しいですね。買い物をしに行くだけって非常につまんないなって思いますよ。やっぱりそこにどれだけ滞在できるかは大事。

伊藤 具体的に言うと?

中岡 美術館みたいなものもそうだろうしね。美術館ほど大きな箱でなくても、小さなギャラリーとかでもいいから。あと緑が少ないよね、天神って。歩きたい道がない。歩くことも含めて滞在じゃないかと思いますよ。歩きたくなる街ってなんなんだろうね。そういうところからもヒントはあるよね。

伊藤 行政のセンスも必要ですね。

中岡 それは必要だと思う。維持コストがかかるから、それが難しいってなるのかもしれないけど、それはその街から徴収してもいいんじゃないかと思う。間違いなくそれによって、みんなにとって良くなるんだから。天神だけでなく、赤坂、大濠公園までを本当にきれいな公園作ったら、どれだけ良くなるかって思ったりしますよ。

伊藤 中岡さんがおっしゃる通り、行政だけでなく、みんなが気持ちいいよねっていうものをみんなで作っていく姿勢は大事なのかもしれませんね。

中岡 これからの良い街って、きっとそうやって出来上がっていくものじゃないかなと思うけどなあ。

 

菓子屋の役割として、
昼ごはんと夕飯の間をどう埋めるか。


伊藤 例えば、中岡さん自身が天神で滞在させようとアクション起こすとするとどのようなアプローチをされますか?

中岡 菓子屋の役割としては昼ごはんと夕飯の間をどう埋めるかを考えますね。

伊藤 なるほど。そう考えますか。

中岡 通常のお店は店頭で5分くらいしかお客様のお相手をさせていただいていないんですよ。その時間をもう少し長くしたいと思って、本店の喫茶を作ったんです。それをやることによって、お客様との接点が30分から1時間ほどに伸びた。そういう目的で作ったので、空間もサービスも長居していいような作りになっている。二俣にはそう言って、椅子もちょっと低いし、ゆっくりできるようにしている。

伊藤 本店の喫茶は大人気でいつも行列ができています。2店舗目、3店舗目は作らないんですか?

中岡 同じ甘味処やるにしても、新たに作るんだったらまた別のものだよね。なんで作るの?という理由がないと。単純に甘味喫茶がないからって言われても、それだけだと理由にならない。だって、本当はもっと甘味喫茶ってたくさんあったんですよ。でもなくなってしまった。必要じゃないからなくなったんじゃない?って思ってしまう。ないから作ろうだと、カフェでもなんでもよくなってしまう。それはピースを埋めるだけだから。

伊藤 理由があれば、ですね。

中岡 はい。喫茶だけでなく、すべてそうです。理由があれば。やりたいことはたくさんあるので。

edit_Mayo Goto
photo_Makiko Nishizawa


 

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