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Q. 中原さん、鹿児島から福岡はどう見えていますか?

 

中原さんが作った会社《ランドスケーププロダクツ》は、人の営みのある風景を作りたいという思いを込めて、その名が付けられたと聞いている。中原さんはモノと人の心を動かす人だと僕は思っている。中原さんの取り組みはその土地に根付き、その名の通り、その土地の風景となって息づく。何を大事にすれば、そんな仕事ができるのか。九州のちょっと上の先輩である中原さんに聞きたいと思った。

 
 

自分が関わっている風景が
思い浮かぶ仕事に興味がある。


伊藤 中原さんはいつも自由に動き回っているイメージがあるんですが、最近はどんなことをされているんですか?

中原 会社(株式会社ランドスケーププロダクツ)の代表を抜けてからは、個人で動けるようになったので、個人でかなり動いていますね。

伊藤 会社のことはもうやってないんですか?

中原 やっているけど、前ほどいろんなミーティングに出なくなったから。

伊藤 個人のことって、具体的に言うとどんなことされてるんですか?

中原 別会社のアドバイザーを始めたりしています。例えば、鹿児島のウイスキーの蒸留所のデザイン顧問をやったり。

伊藤 中原さんが仕事を受けるポイントって何ですか?

中原 全部に言えるけど、自分が関わっていく上でその先に風景が思い浮かぶものには興味がありますよ。思い浮かばないものもいっぱいあって、そういう場合はやらないです。

伊藤 分野とか、ジャンルとかは?

中原 やらないのは……、音楽活動(笑)。あと文筆業はやらないか。社内に岡本(仁)さんがいるから、僕には来ないよ、その仕事は。

伊藤 今、注力している仕事は何ですか?

中原 始まるものをサポートする仕事が多いかもしれない。ブランディングもそうなんだけど、最初の良い状態を育てていくために自分がどのように動くべきかということをよく考えてるね。だからなのか、最初から入れる仕事の方が多いのかもしれない。鹿児島のウイスキーの蒸留所《嘉之助蒸溜所》の仕事を始めた時も、焼酎の輸出が少し頭打ちになった時、日本のウイスキーが年間100億くらいの輸出高だったのが翌年200億になった時で、蒸留酒だったらウイスキーをやる選択があってもいいのではという相談があったところから一緒にやり始めた仕事です。実は2021年にLVMHグループの《ディアジオ》との資本提携が日本で初めて決まったりしたんだよ。

伊藤 それはすごいですね。

中原 メーカーとしてはまだ1本しか出してなかったのにすごいよね。ウイスキーのブランドとして、味はもちろんなんだけど、一番評価されたのはロケーションだったと思う。だから、日本のウイスキーメイカーとして唯一欲しいと思ったと聞いている。

 

福岡は、都市であるがゆえ、
良いコミュニティが見えてこない。


伊藤 中原さんは早くから故郷である鹿児島に拠点を置いて活動されています。東京と鹿児島の2拠点生活を始めた時と最近では中原さんと鹿児島との距離感って変わっていたりしていますか?

中原 鹿児島に通い始めた当初は鹿児島にいるアーティストや作家との仕組みや仕事を作ったりして、彼らのために何かをしに行っていた部分があったけど、今はみんなが成長して、食べられるようになって、会社になったり、成功している人がいっぱいいる。そうなってからは自分の役割はなくなっちゃたからね(笑)。でもウイスキーの仕事もそうだけど、その活動を見ていた地元企業の担い手が今度は僕に仕事をくれるようになってきた。いろいろな新しいプロジェクトに入ってほしいと言ってもらえるようになってきたかもね。

伊藤 中原さんから見て、今の鹿児島に足りないものってあるんですか?

中原 物足りないことはいっぱいあるけどね。市内は別として、郊外にポテンシャルがある場所がいっぱいあるのにそれが活かされてない。みんな、いまだに街が良いと思っている。それぞれの地域には独自の産業があったり、海や山といったロケーションがあったり、良いものがいっぱいあるのに、なぜか人が居着いていない場所がいっぱいある。アメリカの友人たちを連れて行くと「なんでこんなにポテンシャルがある場所なのに、なんで誰も手を付けてないの!」って言われることが多い。そういうのは本当にもったいないなと思うね。

伊藤 気づかれていない場所が気づかれる場所になるためにはどうしたらいいと思いますか?

中原 やっぱりキーになる人がいることが重要だと思う。特に小さな単位の町だとキーマンがいないと成立しない。逆に言うと、情熱を持ったキーマンがいれば成功する確率は高いと思うよ。

伊藤 中原さんから福岡はどう見えていますか?

中原 都市だなと思いますけど、都市であるがゆえに良いコミュニティがあっても見えてこないことが多いかもしれない。小さなコミュニティはいっぱいあると思うんだけど、まとめられてないというかまとめ切れてない感じがありますね。年に一度、僕が東京でやっているストッキストという合同展示会でも、大都市の人たちってまとまりが悪いなって思う。みんな、都市意識があってプライドが高い。なぜかまとまらないんですよ。他の小さな地域の人たちはすごい結束力がある。福岡や北海道などの観光地として飛行機の便が多いところはちょっとまとまりが悪い。それぞれ自分のパフォーマンスがしっかりしているから、なかなか人のものを受け入れられないってことがあるんじゃないかな。

伊藤 なんだかわかるような気がします。一方、福岡にいると福岡の人たちの中の何か満たされない気持ちを感じる時があります。中原さんの言うような振る舞いをしちゃっているんだけど、誰かと繋がりたいなとか、誰かと一緒にやりたいなという風には思っていると思うんですよね。

中原 今、僕にとって他の土地でも同じことだと思うけど、福岡は特に昼間時間ある時どこに行っていいか悩む。年齢によって感じ方はあると思うけど。昔は洋服を買いたいとか、レコード買いたいとか、物欲的なものあったけど、この歳になるとそれが無くなってきたりするんで、都市に行った時に面白いものってやっぱり郊外にあったりする。昼間は郊外に行って、夜は博多に戻ってご飯食べるっていうパターンになってしまう。今、福岡の中心部で昼間あちこち歩いては回らないでしょう。

伊藤 たしかに。鹿児島だと中原さんたちがつないでくれたこともあって、昼間いろんなお店や人に会いに行ったりしますね。

中原 総研はそう言ってくれるけど、鹿児島も昔ほど面白いなってところは街中でそんなになくなってきている気がする。だから夜だけ天文館に戻るパターンになっていたりして。福岡と同じ。昼間どうやって時間過ごそうってなっているし。朝やっているところも少ないし。

伊藤 しまいには、昼間はホテルで寝ておこうかって話になったりして(笑)。

中原 お茶するにしても5軒は回れないし、買い物もそんなにできないし。街中で過ごすって実は結構難しいんだよね。

 

モノが先にあるのでなく、
絶対に人が先にある。


伊藤 中原さんは東京だけでなく、世界のいろいろな都市に行かれていると思うのですが、都市機能とコミュ二ティみたいなものが良い溶け合い方をしている場所ってありますか?コミュニティ同士が良い共存をしている都市ってありますか?

中原 サンフランシスコはそうなんじゃないかな。僕自身が長く行っているというのがあるけどね。多分、サンフランシスコって世界一のコンパクトな街なので、小さい島みたいな感じで全部集まっていて、橋一本渡るとそこに大きいフードコミュニティがあったりして。そういう街の形をしっかりと作った人たちがいたんだよね。だからこそ、文化が生まれてきた場所だと思う。

伊藤 サンフランシスコのコミュニティって、横の繋がりもしっかりあるんですか?

中原 幅そんな広くないけど、縦は深い。ロサンゼルスはだだっ広くて縦が全くないイメージ。地区毎に全部がバラバラなんだよね。サンフランシスコはニューヨークと一緒で交通網がしっかりしていて、みんなが動く。一方、ロサンゼルスって道路網はしっかりしているけど渋滞も激しいから、みんな移動しないんですよ。だから端っこの人と内陸の人はそんなにコミュニケーションを取らない。SNSが普及してからは、今、何しているかいつでもわかるから、よりコミュニケーション取らなくなってるんじゃないかな。サンフランシスコは狭いからいろんな意味でコミュニケーションが取りやすいんだよね。

伊藤 サンフランシスコでもお店をやっていた中原さんですが、福岡で何かやるとなったら何します?

中原 福岡だけに関わらず、僕は自分がいいと思っている人がその場所で何かをやりたいと思った時に僕自身も何をやりたいか思いつくタイプ。《PHO321》も、《PAPIER LABO.》も、《TasYard》も《Pili》も、全部人からはじまっているから。自分のエゴで始めるとダメなタイプ。こども服の会社も作ったことはあるけど、会社の商売としてはあんまり良くなかった。

伊藤 「こいつのやりたいこと、面白いじゃん」ってなったら、一緒にお金を出し合ってやるんですか?

中原 そうなったら、うちが全部責任を持ってスタートサポートする。

伊藤 で、その人とはずっと一緒にやって行くんですか?

中原 独立したほうがいいなと思ったら、背中を押すよ。《PAPIER LABO.》はそうだった。設計のメンバーに対しても、時期が来たと思ったら、「そろそろ自分でやったほうがいいんじゃない?」って言う。今は俺がそういうこと言わなくなっちゃてるから、独立しない人が多くなっているかも。

伊藤 言わなくなってきたのはなぜですか?

中原 昔は独立心満々でみんな東京に出てきていたよね。今は独立心を持って、僕らみたいに工場を作って、在庫を持って、お店をやって、人を雇って、家具売るかって聞かれると、そういうテンションでやれる人間ってそんなにいないんだよね。それって、今、一番やりたくないことなんじゃないかな(笑)。PC一台持って、どこでもできるほうがいいってなるでしょ。でも僕らの頃は流通まで含めて自分でやることがかっこいいと思っていたから。でも今はそれを誰も評価してくれない。

伊藤 中原さんの仕事ってお店を含めたリアルな場がありきという感じがします。リアルなショップが難しいと言われる昨今ですが、リアルな場がある意味ってどこにあると思いますか?いろんな局面で「それ、全部ネットでいいじゃん」ってなることが多い気がするんです。とはいえ、人は場所に行きたいし、実際にモノは見たいし、何をリアルな場に残しておくことが大事だと思います?

中原 リアルな場の良さをわかっている人がいないと、それは良いリアルな場にならないと思う。やっぱり人だと思う。まずはモノを取り揃えて、ネットもやるし、場もやるしって感じで、場のことが中途半端になっている人っているじゃない?そういうやり方は僕にはできない。

伊藤 多くの人は中原さんもモノが先にあるんじゃないかと思っている人が多いんじゃないかと思いますけど。

中原 それは僕の罠みたいなものかな(笑)絶対、人が先。でも、そういうパブリックイメージを持ってもらっていた方が僕を真似た時にみんな失敗するからいいんじゃない?こっちとしてはラッキー。対抗馬がいなくなるから(笑)。

 

一緒にモノを作って、売って、
同じ船に乗った同志になった。


伊藤 福岡の残念なところってさっきの個に行ってしまうこと、以外に何かありますか?

中原 今、鹿児島はものづくりの世代間が繋がるコミュニティができた感じがある。今、40半ばくらいの世代から20代ぐらいまで、世代が繋がりながら下りてきている。世代で括られるコミュニティって、7、8年で一塊だと思っていて、そこが限界な気がする。その以上は年齢差がありすぎて、一塊になりづらい。例えば、「軽井沢に行きます」とか親の都合やエゴで違う土地に行くとする。親たちはここが最高だって言って、そこでコミュニティを作ろうとする。でも、その子どもたちは成長と共に都会に行きたがったりすることが多いと思うんだよね。そして海外に行ったりすると二度とそこには戻ってこない。戻ってきても夏休みに数日帰ってくるぐらい。そんな感覚と似ていて、僕はコミュニティは7、8年周期で必ず止まることが多い。僕はそれが嫌だったから、鹿児島で起こしたデザインとクラフトのイベント《ash》は実行委員の世代をどんどん変えていくことにした。結果として、世代を渡りながら、コミュニティは広がっていっていると思う。

伊藤 鹿児島のみんなが繋がっている感じはもともとあった文化なんですか?

中原 全然なかったよ。それで言うと、鹿児島で最初作ったお店《GOOD NEIGHBORS》が重要な役割を担ったんだと思う。お店をオープンさせて、お客さんも来たけど、どこで売っていいかわからないアーティストやクリエイターがいっぱい来たんだよね。僕から見るとそれらはだいたいダメだった(笑)。でも、自分なりにアドバイスをしたり、一緒にモノを作ったりして、そこから良いプロダクトだけを集めて、それらに《さつまもの》って名前を付けて、全国を回るツアーしたんだよね。最初は売れなかったんだけど、外に出て、売れるものは何なのか、鹿児島で何を作ったらいいかをみんなが考え始めて、それから変わっていったんだよね。

http://good-neighbors.info/

伊藤 実際に売れないってことも経験になるでしょうし。

中原 その時に一緒にモノを作って、売ったりしたことで、同じ船に乗った同志になったんだよね。それが鹿児島でみんなが繋がってやるようになった流れになったと思うよ。

伊藤 それって何年前ですか?

中原 12、13年前ですかね。

伊藤 だとすると、さっきの7、8年理論で行くと、本当はコミュニティに断絶が起きていてもいいですよね。

中原 それを見て、モノ作りを始めた世代も入ってきたりしていて、もう2、3世代に渡ってきているから良い感じだよ。今や、行政も認めてくれて、支援してくれるようになったから。

 

問題意識を持てるかどうか。
持てる人がいれば変えることができる。


伊藤 福岡の好きなところってありますか?

中原 昔は楽しかったからよく遊びに行っていたけど、今は福岡市内よりもその周辺が面白いよね。僕は基本的にできるだけ車で移動したい人で、九州だったらどこでも自分で運転していくから、福岡もすぐに郊外に車を走らせてしまう。

伊藤 中原さんは本当に九州中を車で巡っていますもんね。その面白さってどこにあるんですか?

中原 車で移動するとどこでも途中下車できるのがいいんだよ。どんなに寂れた田舎でも、必ず和菓子屋と工芸品と温泉って残っているんだよね。あと地酒屋と醤油。本当に美味しいものは残っていたりする。そういうのは知りたいんだよね。九州に限らず、どの都市でも探してる。知らない土地でも、Googleで“老舗”をつけて検索したりして。老舗旅館、老舗和菓子屋、老舗洋食屋。海外でも“historic”って付けて全部調べてるもん(笑)。

伊藤 そうやって調べているんですね(笑)。

中原 どうやって調べたんですか?ってよく聞かれるんだけど、「全部グーグルマップです」って(笑)。

伊藤 中原さんと一緒に旅すると饅頭を売っているところを見つけては、よく食べていますよね。

中原 “砂糖の甘さ”って、その昔、とてつもないブームだったはずなんだよね。伊勢神宮行くと黒砂糖を使った黒糖餡を使ったお店が多い。四国の和三盆も鹿児島にルーツがあったりしてね。砂糖の道を辿って行くと本当に面白いんだよ。

伊藤 地方には地方の良いものがあるじゃないですか。でも、そのままだとなくなってしまったりすることが多々あります。それは誰かが外から手を入れるべきだと思います?

中原 本人が気づかないようだと、それはもう無理だと思うよ。問題意識を持てるかどうか。持っている人が1人でもいれば、中からでも外からでも変えることができる。今、変わることができて、うまくいっているモノは、そのモノだけでなく、それを作る人や扱っている人にも変えるポテンシャルがあったんだと思う。

 

九州という括りが難しければ、
自分たちの感覚で繋がればいい。


伊藤 福岡の中心地は再開発が進んでいます。福岡にあった方がいいものって何だと思いますか?

中原 福岡はもっと周辺との繋がりを持つと面白くなっていくと思うけどね。九州全体はGDPで言うとオランダより大きいんだよ、確か。だから道州制になると面白いなあと思って見ている。カリフォルニアはリパブリックで、みんなはカリフォルニアのことを国のような感覚を持っている。あの感覚は面白いと思う。トランプが就任した時もカリフォルニアの空港にあった大統領の看板は外していたもんね(笑)。九州という括りが難しければ、自分たちの感覚で繋がればいい。例えば、鹿児島の感覚で言うと、東南アジアの最北端が鹿児島なんてことを言うんだよ。じゃあ、福岡だったら?って考えてみるのもいいんじゃないかな。

伊藤 それは中にいる人が持ちづらい視点ですね。

中原 そうだね。外の人が持つ視点は大事かもしれない。外の人が持つ視点で鹿児島を紹介した岡本(仁)さんが編集した『ぼくの鹿児島案内』も鹿児島で売れたからね。半年近く、鹿児島内の書店でベストセラーだったんだよ。

伊藤 福岡の中の人が気づいてない福岡の面白いものってたくさんありそうだし、それは見つけていきたいですね。

中原 あと、サンフランシスコを例にして言うと、あの都市を良くしていることでひとつ大きいなあと思うのは、街中にマーケットがあること。土曜日になると、そのマーケットにみんなが集まるんですよ。周辺で生活している消費者だけでなく、その人々が通っているレストランのオーナーやシェフも集まる。そして、みんなに会えるだけでなくて、みんなでマーケットを手伝ったりするから、そこで街の雰囲気が生まれている。食を通じて、街の空気が作られていく。集まる場所って重要だなと思うし、やっぱり集まりやすい場所が都市であることは間違いないと思うので、場を作る人が上手にオーガナイズして、どういう場所を作るかということが大事だと思います。

伊藤 今の開発はハードが先行して、ソフトが追いつかない感じがあります。本当はやりたいことが先にあって、そのための場所を作るというのが正しい順番だと思うんです。だけど、先に箱を作ることを決めて、中どうしよう?となっている。そうなると建物を作りたいだけなんじゃない?って思ってしまいます。今の福岡の再開発も福岡の真ん中で何をやりたいのかな?って。

中原 僕はものづくりの方に接していることが多いから大きく考えることは難しいけど……、東京に行かなくても福岡でできることがいっぱいあるのに、どうしても東京に行きがちになるじゃない?鹿児島に住んでいても、福岡に行くんじゃなくて、東京に行って仕事しちゃうみたいな。もうちょっと福岡でできることっていっぱいあると思うんだよね。そして、東京でできないことをもっと福岡でやるべきだと思う。僕が東京でやっている合同展示会みたいなものって、全国から東京にやってきてくれるんだけど、東京をはじめとした他の地域のバイヤーが福岡に来てくれるようにすることだってできると思う。例えば九州の人がみんな福岡に集まってやればできなくはないと思うんだよね。

伊藤 それ、中原さん、やってくださいよ(笑)。

中原 ね。そういうのがいいよね。東京は東京でやる良さもあるんだけど、自分的には今、九州で新しいことを始めるタイミングに来ている感じはあるんだよね。九州はまだしっかりとしたものがないから、九州でやるんだったら、絶対に福岡がいいよね。

伊藤 東京じゃなくて福岡でいいじゃんみたいな話って、意外とされてない気がしますね。九州を福岡で受け止めるという感覚は発想としてはあっても、うまく実践されたものは少ないかもしれない。

中原 福岡はちょうどいい場所にあるからね。韓国も近いから、韓国の人たちとの交流もしやすいよね。僕は韓国とのプロジェクトをずっとやっていて。僕がご一緒させてもらっている《沈壽官窯》を始め、鹿児島の薩摩焼は韓国由来が多い。だから、僕が進めているプロジェクトのデザインは全部韓国の人に頼んでいることもあって、韓国と行き来していたりして。もっと韓国ともやれることがいっぱいあるなって感覚を持っているので、それもこれからやりたいんだよね。

伊藤 福岡ってアジアの玄関口っていう割には、玄関口として機能している施策があまりない印象です。

中原 屋台街とかそういう雰囲気にみんな惹かれてるところはあると思うんだよね。賑わってるところに人は行きたくなるから。モノを売ることで消費者にわかるレベルの何かを起こそうとするとハードルが高いと思うけど、ものづくりの交流から始めればリアリティがあると思うけどなあ。

edit_Mayo Goto
photo_Satoko Imazu


 

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