竹田恒泰氏vs山崎雅弘氏の裁判を知って

原告は、作家で大学の講師を務める方、明治天皇の玄孫であるとしてメディアでの露出も多く、判決でも著名性があると言及されている。

これに対し被告は、原告の教育委員会主催の講演会の講演者としての適格性を論じるにあたり、その思想について言及し批判的意見ないし論評を行った。この方は戦史・紛争史研究家であり、過去の執筆記事において、ルワンダでの大量虐殺に至る過程でラジオの娯楽番組を通じて特定民族に対する差別と偏見、憎悪を煽る発言があったことを指摘し、また、著書の中で、日本や日本人を際限なく称賛する行為が、そのまま他国やその国民を見下し、侮蔑する差別感情にも容易に転嫁するという危険を指摘するなどの言論活動を行ってきた。

原告から被告に対して名誉毀損等として提起された訴訟では、1審も高裁も原告の請求を退け、上告審は不受理をもって終結した(22年4月13日)。これをニュースとして配信した主要記事は東京新聞のほかよく見当たらないような気がするので、私自身も仔細を知ったのは最近のことである。

訴訟の経過と判決の内容、関連する主要な主張書面等は、「山崎雅弘さんの裁判を支援する会」というサイトに掲載されている。

問題となった被告のツイートも、1審の判決末尾に掲載されている。

判決が依拠した理論的なフレームは高裁まで読まないと明らかにならないが、1審も高裁も、結論として、被告の一連の投稿記事の内容は、原告の社会的評価を低下させるものであることをみとめた。

その上で、そうだとしても、「公正な論評の法理」と言われる違法性阻却事由により違法性を欠くとされた。

重要だと思うのは、被告が原告に関して、一連のツイッターの中で、「自国優越思想の妄想」の持ち主であるとか、「人権侵害常習犯の差別主義者」であるとか評した部分は、原告を講演者とした講演会を主催する「教育委員会」への批判的意見ないし論評に関連して行われたものであり、「公共の利害に関する事実」に係るものであることは明らかである、とされたことである。やみくもに原告の思想を批判したものではなく、そこから何を述べるか、要はAgendaの立て方、切り取りかたが重要だということである。

同様に、「公益を図る目的」に関しても、かかる批判を主眼とするものであることが認められた。

さらに、「意見ないし論評の域を逸脱するか」に関しても、被告が原告の著書やツイートの内容を認識したうえで本件の一連の投稿を行っており、その内容も、原告の言動や表現方法等から導かれる意見ないし論評として不相当または不合理ということはできないとされた。

この判断のプロセスで裁判所は、原告の著書やツイートの内容について一定の踏み込んだ評価を行っているところが注目されるべきであるし、原告の社会的影響力や著書等で選択している表現方法などを踏まえれば、原告の活動ないし言動に関し「人権侵害常習犯の差別主義者」等の強い表現を用いたとしても、ツイートとして相当と認められる範囲にとどまるとされた。

いずれにしても、私には、山崎氏という方が普段から言論空間で言論人として実践しているのではないかと思われる基本的な作法や姿勢といったものがこうした好意的な結論を導き出したように思われた。公正な論評の法理や対抗言論の問題を考えるうえでとても重要な裁判であったと思う。

また、この裁判には、山崎氏、またずっと山崎氏を支援してこられた内田樹氏が述べるように、「スラップ(SLAPP)訴訟」への問題意識もあったようだ。

山崎氏の「ある裁判の戦記」かもがわ出版212頁から同氏の要約を引用すると、スラップ訴訟とは、「資金力のある組織や個人が、批判や反対意見を言論的に封じるために行う高額訴訟、およびそのような訴訟を起こすことで相手や第三者を恫喝し、委縮させて自分への批判を封じること」というものだ。

なお、この機会に、2019年11月13日に行う予定であった富山県朝日町教育委員会主催の講演会が一連の騒動で中止になったことを受けて、竹田氏が同日同時刻にネット配信した「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」という動画(全体の講演の前半に相当するもの)をYouTubeで見てみた(後半はニコ生の会員限定なので見れなかったが)。

所感としては、軽快な語り口で私個人は二倍速で聴いていても変な苦痛等は感じなかった。陸上自衛隊の幹部候補生にも後日同じ演題で話したというから、多少は違うのだろうが、一体どんな話をしたのだろうかと思う。11/13に配信された内容に関しては、山崎氏が前半と後半いずれも反訳して裁判所に提出し、fact checkを行って31か所の問題点を指摘した陳述書も提出しており、この陳述書は上記サイトから見ることができるので参考になる。

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