メモ:検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット 1080)

名は体を表す
(これを聞くと、国柄の意味で「国体」という言葉が使われることをふと思う。)

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?(岩波ブックレット、小野寺拓也氏&田野大輔氏)という本があるが、個人的には、はじめにと、第1~3章までが特に学びが多かった。
私なりに理解したところを書くと:

❶まず、ナチズム(nationalsozialismus)を「国家社会主義」ではなく、「国民社会主義」と訳すべき理由が語られている。

ドイツ語では、nation+sozialismus、
英語では、nation+socialism
仮に「国家社会主義」であれば、
国家を表す「staat(英語では state)」の語が当てられていたであろうと。

ヒトラーの言説の中では、
ナショナリスト=社会主義者であるが、
ここで「社会主義」とはマルクス主義に由来するそれとは本質的意味が異なっているという。

本来、マルクス主義に根差す社会主義とは、労働者階級の団結と階級闘争による社会正義の実現や反資本主義的体制への転換を目指すものである。

しかし、ヒトラーの言説では、ある「民族共同体」を中心に、その一員としてその同質性や優越性の保持に自らを献身すること(そして民族統合によるドイツ再興・膨張に導く)こそがナショナリストのあるべき姿として謳われている。

確かに、ナチス政権下では、一部社会主義的政策も実施されたのは事実であるが、そこには、労働者を階級闘争から引き離し、民族共同体というシステム・秩序への同化(assimilation) ・統合・順応・服従へと動員する(mobilize)狙いがあったとされる。つまり、本質的に、より実質的な個人の自由や平等の実現を謳う社会主義の思想とは縁がなく、その社会主義的政策は、むしろ全体主義的narrativeのなかで特定の民族的共同体への同化・順応、被支配的立場への動員のために、利益誘導的、個人抑圧的に利用されていたという。(以上について同書第1章参照)

実際、ナチスは、左翼・共産主義的政治思想とは敵対関係にあり、政権奪取後は、それらを弾圧の対象とした。(同書17頁参照)

政治的敵対者以外にも、民族共同体との同質性を否定されたユダヤ人、ジプシー、同性愛者、障がい者等は「敵」とされ、排除、弾圧、攻撃の対象とされた。(同書15頁参照)そして、剥奪された利益は共同体の構成員に分配されることになる。(同書36頁以下参照)

特にナチ党は、元々、急進右派として政界を躍進していった経緯があり、とりわけ暴力的なダイナミズムをもっていたことが指摘されている。典型的には、1923年11月のミュンヘンでの武装蜂起が挙げられる。クーデターは失敗に終わったため、その後は、選挙による政権獲得をめざす合法戦略に転向したらしいが(同書21~22頁参照)、仮面を被ったということだろう。

いずれにしてもナチズムは、社会主義を意味する言葉の上に、「国民(nation)」という排外的な要素を含意する右翼的な政治的思想を示す言葉を冠することで、社会主義の本来の意味を根本的に異なるものにかえてしまった。仮にナチズムを「国家社会主義」との表現した場合にはその特異な意味合いが見えにくくなってしまうという。

よって、ナチズムは「国民社会主義」と訳さなければならない。これが一つ目。

❷次に、ナチスは民主的に政権を取得したとされているが、この言説に関しては、本当の意味で民主的基盤を持ち得ていたのか疑問符をつけることができる。

当時は、1923年に発生した世界恐慌による経済危機と社会不安から、国民の間に保守党による現体制への幻滅と反体制的であったナチスへの支持が広がりつつあった。しかし、議会選挙でもナチス党が単独過半数をとったことはなく、保守党との連立によってもほとんど過半数を占メルことはなかったらしい。

そうした中、1933年には、ヒトラーが首相指名されるが、これは、ワイマール憲法下の大統領大権に基づいており、大統領周辺の保守党の思惑としては、ナチス党の支持基盤を政権運営に利用できるとの楽観的な見通しがあったらしい。

ところが、その思惑を超えて、ヒトラーはその後わずか数か月でワイマール憲法を骨抜きにし、一党独裁制の確立まで行ってしまう。その政権掌握の過程ではナチス突撃隊などによる暴力の行使が大きな役割を果たしたことが指摘されている(同書21~24頁参照)。

その意味ではナチス党の民主的基盤は決して強固なものではなかったというべきだ。この点、著者によれば、ヒトラーの権力掌握のプロセスは、民主主義(憲法的秩序)の自己破壊を本質とし、民意を背景に遂行したという意味では「民主的」といえるが、過半数の国民はナチス一党独裁を望んでいなかったことも事実であるとしている。民意によって権力の座までたどり着いたが、あとは民意とは異なる政治が行われたということか。それこそなんてことはない、独裁だ。

❸『感情のジェンダー化』というメカニズムも説明として面白い。
一方で、ヒトラーの人間味のある姿をもって、主に女性、子供によるヒトラーへの感情的な熱狂を生み出し、他方で、ヒトラーの居丈高で英雄的カリスマ性をもって、主に男性兵士による揺るぎのない固い決意と献身(感情と情念の支配、さらには有能な殺戮の道具となること)を情緒的に媒介し、いずれもヒトラーという一人の人間に投影・統合(中和)されるようなイメージ戦略(政治的演出)がとられていたと。

いずれにしても、ヒトラーやナチスへの政策や言説への情緒的な共感は、そのコンテクストやプロパガンダ的背景を理解しておかないと危険だ。

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