【原子力電源について考える編❶】3.11について振り返り、南海トラフに備える〜地震本部の長期評価と東電国賠最高裁判決のロジック(少しずつ更新予定)

▶いざ大規模な地震が起きた際には、一人ひとりが連帯意識をもって互いに協力し合えるか、私はそれが問われるだろうと思う。・・・


▶2002年7月31日、地震本部/地震調査委員会は、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「本件長期評価」という)を公表した。以下では、まず、「地震がよくわかる会」の資料を拝借させていただき(コンパクトに要点をまとめている)、次に、その「参照元」資料=地震本部の該当資料を掲載する。そして、地震本部について。

▶本件長期評価とはどんな内容であったか?
 この点、東電に対する適切な権限行使を怠ったとして国に対する賠償責任等を求めた訴訟の最高裁判決(2022年6月17日、国の国賠責任を否定、以下「2022年最高裁判決」という)から以下の部分を引用するのがよいと思う。

本件長期評価は、上記の日本海溝沿いの領域 のうち、三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄りの南北に細長い領域に関 し、明治29年に発生した明治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発生 する可能性があること、上記領域内におけるマグニチュード8クラスのプレート間 大地震(津波地震)については、今後30年以内の発生確率が20%程度、今後50年以内の発生確率が30%程度と推定されること、その地震の規模は、津波マグ ニチュード8.2前後と推定されること等を内容とするものであった。

2002年7月31日、地震本部「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」

▶ちなみに、南海トラフに関する地震本部の長期評価は以下のとおり:

https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/
(以下のサイト)

▶2つの長期評価を便宜、単純比較すると:

筆者作成

▶ところで、2002年の長期評価に対してどのような対応が取られたのか。この点、2022年最高裁判決によれば、以下の事実が指摘されている。

・2002年7月末、長期評価公表

・2006年9月、原子力安全委員会(➡2012年に廃止され、環境省外局である原子力規制委員会に移行)は、平成18年9月、発電用軽水型原子炉の設置許可申請 及び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方 針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施 設に関する耐震設計審査指針」を策定

・同月、原子力安全・保安院(➡2012年に廃止され、環境省外局である原子力規制委員会に移行)は、東京電力を含む発電用原子炉施設の設置者等 に対し、既設の発電用原子炉施設等について、上記指針に照らした耐震安全性の評 価を実施するよう指示

東京電力、本件長期評価に基づいて本件発電所に到 来する可能性のある津波を評価すること等を関連会社に委託し、2008年4月 頃、その結果の報告を受けた。
 その内容は、本件長期評価に基づいて福島県沖から 房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、平成1 4年津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条 件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施して津波の試算を 行ったところ、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最 も高くなる津波は、本件敷地の南東側前面において、『最大で海抜15.707mの 高さになる』が、本件敷地の東側前面では本件敷地の高さ(海抜10m)を超えず主要建屋付近の浸水深は、4号機の原子炉建屋付近で約2.6m、4号機のタービ ン建屋付近で約2.0mとなるなどというものであった(以下「本件試算」、試算された津波を「本件試算津波」

・東京電力は、その後、本件試算津波と同じ規模の津波に対する対策等につい ての検討を行ったものの、直ちに対策を講ずるのではなく、土木学会に本件長期評 価についての研究を委託することとして、当面の検討を終えた

★素人目線の疑問その1:2002年から2006年、さらに2008年に至る時間軸の経過は、思いのほかのんびりしている印象を受ける。こんな対応速度で良いのか?
★素人目線の疑問その2:東電の対応方法として、関連会社に委託するのみで、その結果についても経営陣が真剣に吟味・検証した経緯が見えない。土木学会に委託して当面の検討を終えたというのも、長期評価を真剣に受け止め、原子力発電所を預かる者として、真意に対応したと言えるのだろうか?
★素人目線の疑問その3:原子力安全委員会などの対応も悠長に構えたものに見える。また、原子力安全・保安院も、東電の報告を十分に吟味、検証したのだろうか?原子力発電所の安全確保に対する体制は機能していたのだろうか?


▶そして以下は、本件事故(放射性物資の大量放出)至る経緯につき、最高裁判決より引用。

①    地震発生
牡鹿半島の東南東約130㎞、深さ約24㎞の地点を震源として、本件地震が発生
震源域は、南北の長さ約450㎞、東西の幅約200㎞に及び、その最大すべり量は、50m以上
本件地震の規模は、我が国の観測史上最大となるマグニチュード9.0、津波マグニチュード9.1

②    原子炉自動停止
本件各原子炉(1号から4号機)のうち定期検査のため運転停止中であった4号機を除く各原子炉がいずれも自動的に停止
外部の変電所から供給される電力についても、本件地震による設備故障等によりその供給が途絶えた

③    津波到達と浸水
津波が本件発電所(福島第一原子力発電所)に到達
本件敷地の海に面した東側及び南東側の全方面から大量の海水が本件敷地に浸入して、本件敷地のほぼ全域が浸水
浸水深は、主要建屋付近で最大約5.5mに及び、主要建屋の中に海水が浸入する事態に。

④    電源喪失
その結果、全ての本件非常用電源設備(ディーゼル発電機及びこれによる電力を他の設備に供給するための電気設備)が浸水してその機能を失い、交流電源が喪失
本件各原子炉施設には蓄電池が付属する直流の電源設備が備えられていたが、3 号機を除く各原子炉に係る原子炉施設については、上記電源設備も浸水してその機 能を失い、直流を含む全ての電源が喪失した。3号機の原子炉施設については、し ばらくの間、上記蓄電池を電源とする直流の電力が非常用炉心冷却設備に供給され ていたが、上記非常用炉心冷却設備が停止し、上記蓄電池の残量不足等により再起 動させることができなくなった。

⑤    水素爆発
本件地震の発生当時運転中であった1号機から3号機までの各原子炉について、運転停止後も発熱が続く炉心を冷却することができなくなり、高温に達した燃料が著しく損傷し、これにより発生した水素ガスの爆発によって原子炉建屋等が損傷するなど。

⑥    本件事故発生
本件各原子炉施設から放射性物質が大量に放出される事故(本件事故)発生。

▶さらに以下は、最高裁判決が国の責任を否定した論旨の部分。
 特に①は、仮に国が対策を命じたとして東電が講じたであろう対策には、防潮堤等を設置する以外の水圧化などの措置が含まれるものでは無いと帰結する上で重要な機能を果たしているので、その根拠はとても大事なものであるはずだ。しかし、何か法令を参照するわけでもなく、あたかも所与のものであるかのように述べられているだけで、違和感を覚える。

① 本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置され る原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって上 記敷地が浸水することを防ぐという考え方を基本とするものであり、津波により上 記敷地が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物(以下 「防潮堤等」という。)を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止する ことが対策の基本とされていた。

② したがって、経済産業大臣が、本件長期評価を前 提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事 故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付けていた場合には、本 件長期評価に基づいて想定される最大の津波が本件発電所に到来しても本件敷地へ の海水の浸入を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置 が講じられた蓋然性が高いということができる。

③ 本件試算は、本件長期評 価が今後同様の地震が発生する可能性があるとする明治三陸地震の断層モデルを福 島県沖等の日本海溝寄りの領域に設定した上、平成14年津波評価技術が示す設計 津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲 内で変化させた数値計算を多数実施し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前 面における波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮 して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有 する試算であった

④ そうすると、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していた場合には、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された 防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる。

⑤ ところが、本件長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、 津波マグニチュード8.2前後であったのに対し、本件地震の規模は、津波マグニ チュード9.1であり、本件地震は、本件長期評価に基づいて想定される地震より もはるかに規模が大きいものであった。また、本件試算津波による主要建屋付近の 浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされたのに対し、本件津波による主要建屋付 近の浸水深は、最大で約5.5mに及んでいる。そして、本件試算津波の高さは、 本件敷地の南東側前面において本件敷地の高さを超えていたものの、東側前面にお いては本件敷地の高さを超えることはなく、本件試算津波と同じ規模の津波が本件 発電所に到来しても、本件敷地の東側から海水が本件敷地に浸入することは想定さ れていなかったが、現実には、本件津波の到来に伴い、本件敷地の南東側のみなら ず東側からも大量の海水が本件敷地に浸入している。

⑥ これらの事情に照らすと、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水 を防ぐことができるものとして設計される防潮堤等は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く一定の裕度を有する ように設計されるであろうことを考慮しても、本件津波の到来に伴って大量の海水 が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高い といわざるを得ない。

⑦ 以上によれば、仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法 40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適 切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していた としても本 件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高く、その大量の海水が主要建屋の中に浸入し、本件非常用電 源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件各原子炉施設が電源喪失の事態に 陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざ るを得ない。 そうすると、本件の事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を 行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関 係を認めることはできないことになる。

▶︎以上を読めば、最高裁は、要するに、想定を超える地震と津波と、そして浸水があったため、想定による防潮堤等の対策を仮に行なったとしても防ぎようがなく、結果は変わらなかったということを述べている。
 想定外の規模の地震と津波であったというのは、感覚的にはわかりやすいところもあり、思わずわかったような気にもなってしまう。
 しかし、次の「Level7」の2021年8月26日の記事(添田孝史氏)を読むと、長期評価や、それに基づく津波予想、ありうべき対策などは、学術的・専門的な知見に基づくエンジニアの視点・発想が問われる領分であり、その視点なり発想なりが最高裁の思考、論理の中で適切に考慮されて適切な結論を導くことに成功しているのか疑問が湧いてくる。
 なお、以下の記事は、エンジニア目線で「どんな対策をすれば事故を避けることができたか」、株主代表訴訟における証人尋問を紹介している。


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