【小説/SS】真夜中の散歩
真夜中のキノコという言葉をどこかで耳にしたことはあるだろうか。最近巷で流行り始めた噂話でその内容は「真夜中に森に入ると、背中に大きな傘のようなキノコを生やした謎の集団に出会う。彼らについて行くと行方不明になる」らしい。私はまだ見たことがないが、同僚が先日見かけたという。
「あれ、絶っ対真夜中のキノコですよ!だって黒づくめの服で背中におっきなキノコありましたもん」
「いや……そうとは限らないだろう。たんなる君の見間違いかもしれないじゃないか」
退社時間を過ぎたオフィスの一室。一緒に残業をしていた同僚の酒井が興奮気味に先日自らが見たものを語る。私がやんわり否定すると、ムッとした顔でこっちを睨まれる。
「先輩が聞きたいって言うから話したのに……そういう言い方ないでしょう」
「……ああ、すまん。俺、自分の目で見たものしか信じないから」
そうですかと酒井が上の空でうなずく。さっきので気分を害されたようだ。
「書類の打ち込み終わったんでそろそろ帰ります。じゃあ先輩、お先です」
「うん、また明日」
*
その日退社したのは午前1時をまわっていた。すっかり消灯された廊下を通り会社の外に出ると、夜空がこの世のものとは思えないような蛍光色のピンクがかった色に染まっていた。思わず持っている携帯電話のカメラを起動して空に向け、シャッターを何回か切る。ふと周りを見回すと近くに森がある。何気なくカメラを起動したままそれ越しに眺めると……入り組んだ樹木の陰に隠れるように立つ《奇妙なモノ》がいた。小学生くらいの男児と若い男女。背中からは黒く大きなキノコの傘のようなものが生えており、中心が明るく発光している。
(な、なんだあれは)
私はカメラを起動させたままの画面から目が離せなかった。しばらく眺めているとキノコを背中から生やした謎の3人組は森の奥へと去って行ってしまった。私はあわてて後を追って森に入った。おそらく好奇心を刺激されたんだと思う。昼間でも薄暗い森が今夜は明るいピンク色に染まっているので、後を追いかけるのは難しくなかった。枝に手や足を引っかけたりしながらも前に進むと、急に開けた場所に着いた。
(あれは……小屋か?)
見るからにみすぼらしく、ボロボロに朽ちた木の小屋が建っていた。屋根が半分なくなって、昇ってきた月の光が中に差している。私は小屋の前まで歩いてゆき、朽ちたドアに手をかけて手前に引いた。ギッという不快な音がし、こまかな埃が舞う。
「あの……どなたかいますか?」
開いたドアから中に恐る恐る一歩踏み出しつつ、私はそう呟いてみる。中から返事はない。小屋の中はとても人が暮らしている風には見えない。床はなく、雑草の生えた地面がむき出しになっている。そこに……先ほど見かけた例の3人組が肩を寄せ合うようにして膝を抱えて座っていた。
「あ、あの……」
私が声をかけると、3人が非常にゆっくりとした動きで首をこちらに向ける。肌が青白く瞳はキノコと同じで蛍光の桃色、水色、黄色だ。ボールを目で一斉に追う子猫に似た仕草に私が固まっていると、外見が小学生くらいの1人が声を発した。
「おじ、さん……だ、あれ?」
海外の人が日本語を覚えたてで話す時に似ている。その隣から「あなたも、ワタシたちをコロシにきたんですか?」という声。はっとして顔を向けると眉根に皺をよせ、桃色のキノコを背負った女が私を睨んでいた。
「あー……すみませんねえ、ウチのが。もしかしてアナターーー例の噂を調べにきたんですか?」
流暢な言葉が聞こえた。少し語尾が間延びしていて、なぜか聞いていて安心する。こちらは水色のキノコを背負った男だ。長く伸ばした髪をこれまた長い指に巻きつけて遊んでいる。
「最近多いんですよお、そういうの。私らは《見せ物》じゃないんですけどねえ……。ただ静かに暮らしたいだけなんですが」
そう言って男は目を伏せる。ほかの2人も最もだというふうに首を振る。
「それは…………そうですよね」
「俺だって、そんなことされたら嫌です」
「でしょう?あ、せっかくここまでいらしたんですから一緒に月光でも浴びませんか。今夜は月が綺麗ですよ」
男が私を手招きし、ここに座ってとばかりに自分の隣を手の平で軽くたたく。
「じ、じゃお言葉に甘えて……」
「どうぞどうぞ」
地面に腰を下ろして座るとひんやりしていた。頭上からは夜空に浮かぶ月がよく見える。とても静かな夜だった。