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【創作大賞2024】パラサイト/ブランク 6話

6話「再会」

羊子たちと黒河を乗せたタクシーがパラサイト課の宵ヶ沼支部である廃ビルの入り口付近に停車する。外観はいささか不気味ではあるが、中は快適かつ最新の設備が揃えられているのだ。

「あ、お釣りは結構です」

羊子は下車する時に運転手にそう言って下り、霧原の後を追う。霧原は黒河朱莉を背負って先に支部の入り口で待っている。

「霧原さん、待ってくださいよー!」
「あまり人目につきたくないだけだ。さっさと来たまえ」



支部に入った羊子と霧原は早速、喫茶店で途中になっていた話し合いを再開できそうな場所を探すことにした。あちこち歩きまわったあげく、話すなら静かな場所がいいという意見の一致から霧原の研究室に決まった。

「へー、霧原さんの研究室ってこんな感じなんですね」

羊子は研究室の壁の半分を占拠する本棚の中の本や、机に雑多に置かれたスリープモード状態のパソコンと資料や書類の山を見ながらつぶやく。

床や黒のワーキングチェアにはなぜか白衣や黒のシャツがあり、どれもシワが出来てくしゃくしゃになっている。旧校舎で気絶した黒河朱莉はまだ眠っているのか、そのまま部屋の隅のベッドで横たわっている。

「えっと……霧原さん、部屋の掃除とかしないんですか」
「……君、これ見て私が部屋の整理をしているように見えるかね? 残念だが今週も研究と調査に没頭していたからまったくだよ」
「そ、そうですか。でもまあ……座れる椅子とスペースはありますし、ドアは閉めて鍵をかけたんで誰かに聞かれる心配はなさそうですね」
「そうだな。では、話の続きを始めようか」

議題は簡潔にいうと「本部からの突然の指令変更で保護から処分対象になったパラサイトの生き残り・黒河朱莉をどうするのか」これの一点のみである。

「それにしても変ですよね。今まで本部からの指令変更なんてありましたっけ?」
「いや……それはおそらくないと思う。しかし……なぜ急に今ごろ変更をしてきたのか」
「なにか……本部にとって都合の悪いことがあったとか、それか手違いかもしれないですよね」

もう1つの疑問に、2人はお互いに意見を述べながら首をかしげる。これに関して確実なのは本部からの連絡を直接聞いた浅木に問いただすことだろう。

「仕方ない。浅木くんに一度聞いてみるか」
「では霧原さん、そっちはお願いしますね。あとはまた話が戻りますけど–––黒河さんを本当にどうするんです?」
「霧原さんはさっき喫茶店で、人を襲うとはかぎらないからしばらくうちで様子見をって言いましたけど……それだと指令違反になりますよ。具体的にはどうするんですか?」

羊子が矢継ぎ早に質問をする。霧原は少しの間考えていたが、気持ちがまとまったのか口を開く。

「本部からの指令に関しては–––言っただろう、私は処分には反対だ。彼女は元々保護する予定だった。それから、パラサイトになって日が浅い……まだ人を殺す可能性もある。そうだろう?」
「……ええ、そうですね。それには私も同じ気持ちです」

羊子は霧原の意見にうなずく。本部への報告書の作成は霧原が浅木に聞いた後という判断になり、ひとまずこの話し合いはそこで終わった。

* 

「え、浅木さんやっぱりそう言ってたんですか?本当に」
「ああ。昨日の夜、あれから電話をして聞いたから間違いない。本部からの連絡はたしかに旧校舎の対象パラサイトを全員保護から処分に切り替えるようにと言われたそうだ」
「そんな……」

羊子は言葉につまり、うつむく。もしあの時、旧校舎で霧原さんが彼女を偶然発見できていなかったら……今ごろ死んでいたかもしれない。

「……霧原さん、黒河さんのこと私たちで絶対に守りましょうね」
「ああ、もちろんだ」

その後、羊子と霧原は2人で報告書に「昨夜の旧校舎に出現したパラサイトは全員、指示の通り処分しました」と書いて提出をした。もちろん黒河朱莉のことは伏せたまま……である。



青が目を開けると、左目に真っ白な天井が見えた。怪我をした右目のほうは眼帯がされているのか、どこか薄暗い感じだ。そういえばここはどこだろう。

「おはようございます坂咲青さん。目の調子はどうですか?」

明るい調子の人の声がして、僕は声のしたほうを向く。髪を左右にきっちり分け、水色の眼鏡をかけた男の人が僕を見てにこやかに笑いかける。

「あ、あの……誰、ですか?」
「ああ、すみません。僕はパラサイト課の浅木啓太といいます。君の怪我をした右目の状態が心配なので、ちょっとだけ眼帯外してみてもいいですか?」
「あ、はい……どうぞ」

浅木は「失礼します」と言って青の右目の眼帯を外して目の状態を確認する。

「……ふむふむ。術後の経過は順調ですね。昨日よりも傷口が小さくなってきてます。これなら今日か明日には家に帰れますよ〜」
「……え、本当ですか」

浅木のその言葉に青は内心ほっとした。切りつけられた傷がひどかったので、このまま家に帰れないかと思っていたのだ。

「じゃあ、この後9時と昼と夜の3回の目薬をちゃんと差してくださいね。また様子を見にきますから」
「は、はい……わかりました。ありがとうございます」

青がお礼を言うと、浅木は「もし何かあったらそこの呼び出しボタンで呼んでくださいね」と、青が寝かされたベッドのそばからコードが伸びている緑色の呼び出しボタンを見せて部屋から去っていった。

青が再び眼帯をされた目で部屋の中を見回すと、近くの壁に差す目薬の名前と時間が書かれた表が貼られている。部屋の時計は8時30分を指していた。そういえば学校はあれからどうなったのだろう。

(何か、情報を知れるもの……ないかな)

パラサイトになってしまったという黒河はどうなったのだろう。もしかしてもう、あの人たちに旧校舎で処分–––いや殺されてしまったのだろうか。そう考えるといてもたってもいられなくなった青はベッドから起き上がり、ふらつく足で廊下に飛び出した。とたんに誰かとぶつかる。

「うわ、びっくりした‼︎」

青と衝突して倒れた相手は、廊下に尻もちをつき足をさすっている。青の左目に、黒いスーツと左上腕部に付けた緑色の腕章が飛びこんでくる。あれは……たしかパラサイト課の。

「急に飛び出してきたら危ないじゃない–––って君、やっと目が覚めたのね。よかった‼︎」
「その……僕こそぶつかってすみません。え、はい?」

青は眉毛のあたりにかかる前髪と後ろをポニーテールにしている女の人に慌てて謝る。ポニーテールに付けた薄紫色のゴムバンドに見覚えがある。

(あ、この人はたしか……)

「し、えっと、柴崎さんですよね……?」
「あ、私の名前覚えてくれてたんだ。今ね、霧原さんとお見舞いに来ようとしてたところだったの」

そう話す柴崎さんの後ろから、シワだらけの白衣姿で髪を長く垂らした男の人がこちらに歩いてくる。

「おはよう。どうかね、目と体の調子は」

霧原さんが柴崎さんの隣で立ち止まり、僕のほうを見て尋ねてくる。

「あ、えっと……右目は傷口が小さくなってきているから、今日か明日で家に帰れるって浅木さんって人がさっき言ってました」
「……そうか。それはよかった」
「あの……黒河は、黒河朱莉はあの後どうなったんですか? 僕、それがすごく心配で」
「それなら大丈夫よ。黒河朱莉さんなら今、霧原さんの研究室で眠ってるわ。よかったら顔だけ見に行く?」
「……はい、ぜひ!」

青は羊子の口からそれを聞いて安心した。目から涙が溢れてくる。よかった、黒河が生きてる……!



青は羊子と一緒に霧原の研究室に入る。ごった返した部屋の隅に置かれたベッドにさっき聞いたとおり、クラスメイトの黒河朱莉が寝かされていた。

「あの……黒河、ずっと眠ったままなんですか?」
「ああ。旧校舎で私が見つけた時にはすでに気絶していたからね。柴崎くんと背負ってそのまま連れてきたんだが……まだ目を覚まさないんだよ」
「……そうですか」
「パラサイトであることを除けば、体に特に目立った外傷もないからいつ目が覚めてもおかしくないんだがね」

青は霧原の話を聞きながら、ベッドで眠る黒河を見つめる。旧校舎で見た指先が尖っていたり制服から尻尾なんて生えてない、いつもの黒河だ。

(……黒河、ねえ起きてよ。話したいことがまだたくさんあるんだ)

頭の中でそう思ううちに、いつの間にか青はベッドのそばまで歩いていって黒河の両手を握っていた。その思いが通じたのか

「–––––あ、お……?」
「どうして……泣いてるの?」

黒河の長いまつ毛が微かに震え、ゆっくりと瞼が開く。彼女は自分の両手を握りしめた青がなぜ泣いているのか、今ひとつわかっていないようだ。

「なんでって……。く、黒河が起きて、くれたからに決まってるだろ……‼︎」

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