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【創作大賞2024】パラサイト/ブランク 7話

7話「赤頭巾」

その日の昼ごろ、青と黒河が通う宵ヶ沼中学校は教師1人と生徒5人が死亡したことからしばらくの間閉鎖になったというニュースがパラサイト課の入り口近くの待合スペースに設置された薄型テレビの画面で流れていた。支部内の食堂で昼食を食べ終えた羊子は、足を止めじっと画面に見入る。

(……やっぱりパラサイト課やパラサイトのことは伏せられて報道されてる)

そのことについて前に疑問に思い、霧原に聞いたら「一般人にはパラサイトの存在が知らされていないから」と、即答された。その時は別に気にもしなかったが、パラサイトは確かに存在する。

なのにこちらが必死の思いで行動しても明るみには決して出ない。政府非公認、武器は一切所持禁止、でも相手は人の範疇を超えた怪物パラサイトだ。それなら、このパラサイト課は存在するべきなのだろうか?

青は昨日から右目の傷の治療を受けているので、あのまま自宅に帰らずにパラサイト課の宵ヶ沼支部の空き部屋に宿泊(本当のことは言わないようにと浅木から釘をさされたので病院に一時入院中だとごまかした)をしていた–––との旨を午前中に自宅へ電話で連絡したところ、案の上青を心配していた両親から頭のてっぺんにお叱りの大きな雷が落ちたらしい。黒河のほうは、なぜか自宅に連絡がつかないままなのだそうだ。

(いけない、こんなことを考えているくらいなら仕事しないと……)

羊子はぱんっ、と音をたてて両手で自分の頰をたたいて気合いをいれる。

(私は私に出来ることをすればいいんだ)



「–––ねえ、本当にこんな場所にパラサイトなんかいるの?」

日もすっかり暮れた頃、朱色のフード付きマントを身につけた小柄な少女が小高い丘の斜面から、宵ヶ沼市の町並みを眺めていた。彼女の腰には背丈におよそ似合わない日本刀が狼の頭部を象った装飾とともに鞘に収められ、刀のつばが鈍く空に浮かんだ月の光を反射している。

『由利香、なんでもそうやって決めつけるのはよくないと思うが』

彼女の右上腕部には蛍光のオレンジ色の腕章があり、「パラサイト課 黒森くろもり支部」と灰色で印字されている。

「……あっそう。私は別にパラサイトが狩れればいいんだけどね」

由利香と呼ばれた少女は、片耳に装着された黒色のイヤフォンから流れる支部の麻田あさだの声に素っ気なく返事を返す。

「……で?今回の処分対象のパラサイトってどこにいるの」
『由利香、君今朝のミーティングの時に俺の話聞いてなかったのか?』
「うん、興味なかったし。で、どこにいるの?」
『ああもう、君ってやつは!もう一度言うが、処分対象のパラサイトがいるのはその場所から少し離れた宵ヶ沼支部の中だ』

支部?なんでそんな場所にパラサイトがいるのだ?

「ちょっと麻田、それどういうこと。パラサイトがなんで支部なんかにいんのよ? 何かの間違いじゃないの」

由利香は着ているワインレッドのワンピースの腰に巻いた赤色の小型バッグに左手をつっこんで耳のイヤホンを繋いだスマートフォンを乱暴に取り出す。

『いや……合ってる。今、モニターを見ながら話してるんだが、その場所から離れる気配がないんだ』

麻田も信じられない、と言ったような声で返事を返す。

『本部からの連絡では処分指令が出たが、どうもそれがまだ生きているらしい』
「……じゃあそいつをさっさと斬れば、私は支部そっちに戻っていいってことね」
『ああ、そういうことになるな。じゃあ頼んだぞ、また何かあったら連絡してくれ』
「了解」



それから何日か経った日の午後のこと。通っている学校が閉鎖になることなど、まず今までに一度もなかった青と黒河はいつまで続くのかわからない自宅待機という暇をもてあまし、ほぼ毎日といっていいほどにパラサイト課の宵ヶ沼支部を訪れていた。そんな2人の居場所になったのは、意外なことに霧原の研究室だった。

「なんだ君ら、また来たのか」

霧原は相変わらず目の下に濃いくまを作っているが、白衣と黒のベスト、スラックスは新調したのか染みひとつない。研究室のドアがノックされたので開けたら、羊子ではなく2人がいたのだ。

「……で、今日は一体何の用できたのかね?」
「えっと……その、霧原さん最近インターネットの動画サイト流行っている赤頭巾の少女って動画知ってますか?」

霧原に会ったとたん、目を伏せて黙りこくってしまった青に代わって黒河朱莉がそう聞いてくる。

「赤頭巾……?あのグリム童話のかね?」
「いえ、そっちじゃなくて……。あっそうだこれ見てください」

そう言うと黒河は制服(なぜか学校以外でも着ている)のポケットから自分のスマートフォンを取り出して操作し、霧原に画面を向けて見せる。そこには【夜の町に謎の赤頭巾現る⁇】という夏にたまに放送されるオカルト番組のネタになりそうな題名がついた動画が表示されていた。

「これなんですけど……よいしょっと」

黒河は画面を霧原に向けたまま、指先で動画の円に囲まれた◀︎の再生ボタンを押す。

動画が再生され始めると、どこかの立体駐車場の中に背を向けて立つ人物が遠くから映し出される。立体駐車場にいる人物は遠目から見ても目立つ色–––赤いフードの付いたマントを羽織っていた。

続いて撮影者がカメラのピントを合わせたのか、ぼやけた映像だった赤頭巾が向いている方向にいるものがはっきりと見えてくる。その駐車場の夜間警備員だろうか、水色のシャツと青いズボン姿の男性が赤頭巾から数歩先に立っている。

だが、夜間警備員だと思われる男はおそらく人間ではない。なぜならシャツからのぞいた彼の髪と肌が真っ白になり、腕の途中からが金属を思わせるような質感の刃物に変化していたからである。赤頭巾はその異形と化した男にどこからか抜き出した日本刀の刃先を向けると、次の瞬間には斬り伏せた。ものの数分のことだ。動画はそこで止まる。

「って感じなんですけど……。これってもしかして」
「……なんとなく言いたいことはわかる。君ら、この赤頭巾が最後に斬り伏せたのがパラサイトだって言うんだろう?」
「えっと……。やっぱり違いますかね?」

黒河の差し出したスマートフォンの画面を、猫のように低く背中を曲げて見入っていた霧原が眉根にしわを寄せる。黒河はそんな様子の霧原に少しためらいがちに話しかける。

「……これを映画もしくはドラマの撮影、投稿者の自作自演という見方もあるがそうだな……そういえばこの動画、まだ他のもあるのかね?」
「えっ? あ、はい。まだありますけど」
「……なるほど。せっかくの情報なんだが、その動画に映っているのがパラサイトだと確定しないかぎり、私も柴崎くんも調査には動けない」

霧原はそう言ってため息をつき、肩を大げさにすくめてみせる。

「仮に……君らが何か証拠をもってきてくれるなら、協力してあげてもいいがね」
「え、えっいいんですか⁉︎」
「……ここ数日、事件がなくて暇でね。どんなに些細なネタでも大歓迎だ」
「あ……ありがとうございます霧原さん!」

黒河と青はたがいに「やった!」と顔を見合わせて喜びあう。

「あ、ありがとう……ございます。頑張って探してきます」

青が黒河の隣でぺこりとお辞儀をする。2人は再び霧原に頭を下げると、そのまま帰って行った。

『あんなこと言うキリハラ、おいら初めて見たぞ。実はいいヤツだったりする?ヨーコにもそうやって話せばいいのに〜』
「……また聞いてたのか。そんなわけないだろう、ただの気まぐれだ」

ひょこっと霧原の白衣の裾ポケットからパラサイトくんが顔を出して、にんまりしている。そういえばポケットに入れたままだったのをすっかり忘れていた。

「さて、と」
『? どこ行くんだキリハラ』
「……柴崎くんを呼びに行って、さっきの2人が話していた噂の動画について調べる。ついでだから君も手伝ってほしい」

霧原が部屋に戻らずに早足で廊下を歩きだしたので、ぐらぐら揺れるパラサイトくんは裾ポケットに急いでしがみつく。

『ええ〜、おいらも手伝うの⁇ 今から楽しみにしてた番組があったのにぃ……』
「そんなの録画しておけば、後から見れるだろう。今は我慢しろ」

パラサイトくんはむすっとした表情でポケットから霧原を見上げ、何かいいたそうな顔をしていた……が諦めたのか少しだけ顔をうずめた。



その日の夜。羊子は霧原と研究室のパソコンで、午後に黒河と青が持ってきた噂の「赤頭巾」の動画を片っ端から見つけて見ていた。キーボードの上にはパラサイトくんもパンダのように両足を広げて座り、2人が開いている画面を見つめている。

「うーん……たしかにこれだけじゃ、霧原さんが言う通り相手がパラサイトか特定できませんね。この動画もなんか怪しいですし」

羊子はそこで疲れたのかワーキングチェアにもたれて、ぐいっと両手を上に突き出して伸びをする。ついでに欠伸も出た。

「……そうだな。やはり彼らが何か証拠を見つけてくることに、期待するしかないか。……ああ、柴崎くん仮眠をするならそこのベッドを使いたまえ」
「へ?いいんですか霧原さん」
「午後からずっと作業を手伝ってくれているからね、構わないよ」

意外だった。霧原の口から自分への感謝の言葉が聞けるなんて。いつもなら大抵は呆れられてため息をつかれるか、どこか棘のある言葉が返ってくるかだったからかもしれない。

「えっと……じゃあ、遠慮なく仮眠させてもらいますね。すみません」

「30分くらい経ったら起こしてください」と声をかけて、羊子は研究室の隅に置かれた黒いマットが敷かれたベッドの薄い毛布にくるまる。あたたかい。体の外からじわじわと熱がやってきて、羊子を眠りへといざなっていった。

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