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【創作大賞2024】パラサイト/ブランク 1話

あらすじ

舞台は200X年の日本。寄生生物パラサイトという未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲 青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

1話「遭遇」

僕の知っている人は皆、人間じゃなかった。学校のクラスの友達、先生、家族、それからあのコとあの人もみんな、全ては偽者。入れ替わっていたことに僕がもっと早く気づけたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。

彼らは僕を見てただ「美味しそう」だと言い、群れを成して追いかけてくる。外見は人間だけれど、中身はホラーやSF映画に出てくるような何か得体の知れない化け物……例えば寄生生物《パラサイト》に体を乗っ取られ、ヤツらの命令だけを聞く操り人形になってしまったかのようだ。

……知らなければよかった、知りたくなかった。どうして僕が。あんなヤツらの餌にならなきゃいけないんだ。背後から聞こえてくるパラサイトの群れの唸り声に耳をふさぎながら夜の学校の旧校舎の廊下をひたすらに走る。

「ねえ、なんでにげるの?」

頭の中のいくつもの答えのない問いの中にふと、そんな声が割り込んできた。

「え……な、なんで……なんでだよ黒河。僕たち、友だちだろ?」
急な呼びかけの声に振り向いた僕は派手に転んで、がさがさした廊下の木の表面に思い切り腕や膝を打ちつけて倒れる。

「うん、そうだよ。だから–––––たべてもいいよね?」

倒れこんだ僕から少し離れた廊下の曲がり角から、同じクラスの黒河朱莉くろかわあかりが深い朱色のくせのある髪と指定制服のスカートのひだを揺らしながらゆっくりと歩いてくる。廊下の窓から差す月明かりが今夜は不自然なほどに赤く、僕のほうに歩いてくる黒河を照らしだす。黒河は笑顔だった。いつも見ている顔なのに今はそれがすごく……恐ろしい。

「と、友だちなら……食べないだろ普通! 一体どうしちゃったんだよ‼︎」
「……べつにどうもしないよサカザキくん、それにすぐおわるからだいじょうぶ。のこさずぜんぶ、アタシがキミをたべてあげるから」

(だめだ、答えになってない。そんな、僕はこんなところで死ぬなんて……嫌だ‼︎ )

『じゃあ、いただきます』

笑顔のままの黒河はそう言うとほぼ同時に、僕の両足首を細い腕で掴んで自分の目の高さまで持ち上げた。そのあまりの速さと力の強さに、僕は頭の思考が追いつかずに痛みで悲鳴をあげる。

「……うぐっ、この……はなせ黒河‼︎」

僕は逆さ吊りに近い状態になったまま、黒河に訴えた。けれど彼女は無表情で何も答えず、僕の足首を掴んでいる手をさらに締めあげてくる。吊り下げられたままでは周りを見ることもできない視界の中で、何かが鈍く光る。あれは–––––刃《ナイフ》だ。獲物である僕を食べやすいようにカットするための。

黒河の体は変形し続け、制服の両袖からのぞく手首から指先はすでに人の柔らかなそれではなく、皮膚が肉ごとねじれて奇妙な金属の彫刻のような形状になっていた。さらに制服のスカートの後ろからも金属の背骨に似た形をした手と同じ刃が付いたのテールが伸びて、僕の目のあたりを狙ってゆらゆらと揺れている。

(やだ……嫌だ、こんなところで死にたくない……!)

目の前で変形していくクラスメイトを体を逆さ吊りにされたまま下に見ながら僕––––坂咲青さかざき あおはただ、押し寄せてくる絶望とこの場からどうにかして逃れることだけを考えていた……。



西暦200X年、3月10日。世間はお花見や夜桜見物などで盛り上がっていることだろうが……夜に出歩くことが多い自分には縁がないことだ。

(それにしても夜の学校というのはどうしてこう、不気味なのかしら)

日本政府非公認の機関というほど規模は大きくない少人数で構成された未知の存在・寄生生物パラサイトの保護と収容を担う組織–––通称パラサイト課に勤めることになった新人女性職員の柴崎羊子《しばざきようこ》は左手に懐中電灯を持ち、なぜか宵ヶ沼《よいがぬま》中学校の旧校舎内の廊下を歩いていた。

右の上腕部に付けられたパラサイト課を表す緑の蛍光色の腕章が懐中電灯の光に時折反射する。彼女から少し離れて、同じくパラサイト課の腕章を白衣の右上腕に付けた研究員の霧原眞一郎きりはらしんいちろうが腰まである深い緑色の長髪をゆらしながらついてくる。羊子が今、この旧校舎にいるのは半分は彼が原因だった。

「……あのう、霧原さん。ひとつ聞いていいですか?」
「なんだね?」
「ほんとにこの旧校舎にパラサイトなんているんですか?」

後ろを振り向きながら羊子が質問すると、霧原が一瞬歩みを止める。

「……それを調査するのが私たちの仕事だろう」
「で、ですよね。すみません」

「今さら何を言い出すんだ君は」というような霧原の呆れた表情に、羊子は聞かなければよかったと内心で後悔した。

「いるのは……間違いないと思うがね」
「ここに入ってから見かけた教室や部屋を隅々まで調べてきているが、まだ見つからないのはそのパラサイトがよほど用心深いやつだからかもしれない」

霧原が腕を組みながらそう考えを口にすると、羊子は感心したようにうなずいたがまた質問をした。

「なるほど。でもなんでいるって断言できるんですか?」
「君、ちょっとは自分の頭で考えてみるということを……まあいい」

霧原は前を歩く羊子を見ながら、再び呆れた表情で言い返すが先を続けた。

「パラサイトの出現感知がこの場所であったのは間違いないのだし、それから……今夜は月が赤いだろう?」
「……月?あ、本当ですね。今まで気がつきませんでした」

羊子は霧原の言葉に反応して廊下の窓にかけより、外を見る。ペンキの赤をこぼしたように真っ赤な満月が旧校舎の上空に浮かんでいた。

「……こういう日は《出やすい》んだよ」
「それってパラサイトがですか?」
「そう。君、満月の夜に事故や殺人が多いという話を聞いたことないかね」

それってただの噂じゃないんですか、と言いかけた羊子は口をつぐんだ。霧原の顔がやけに真剣だったからだ。

「なるほど。それで、この後どうやってここにいるパラサイトを探すんですか霧原さん」
「それなら心配ない、道案内はこいつにしてもらう」

そう言って霧原はシワだらけの白衣の裾ポケットから何かを取り出して床に置いた。それは羊子のつま先から足首に届かないくらいの小さなフィギュア–––クマのような垂れた丸い耳の間から羊のような巻き角がのぞく警官風の珍妙な見た目のキャラクターは、パラサイト課のマスコットで名前を「パラサイトくん」という。

「え、ちょっと待ってください霧原さん本気ですか⁈」
「なにか不満かね」
「いや……普通に考えてうちのマスコットキャラクターのフィギュアが動けるわけないじゃないですか」

羊子のそんな冷静なツッコミにも動じない霧原は、床に置いたフィギュアの警官の帽子部分を指先で軽く撫でてから「……頼む。私たちをパラサイトのいるところまで案内してくれないか」と優しい口調で話しかける。するとしばらく変化はなかったが、意思が宿ったかのように無表情な頭部がきゅっと前を向くと––––

「へっ……あっ、動いた⁈」

パラサイト課のマスコットフィギュア––「パラサイトくん」は緑色の円形の台座から床面に飛び降りると、カクカクとしたぎこちない動きで短い手足をふりながら、廊下をどこかに向かって走ってゆく。

「嘘じゃないよ、言っただろう。ほら、彼の後を追いかけよう柴崎くん」
「は……はい!」



(どうしよう……僕はどうすれば……)

様子が急に変わってしまった黒河朱莉からなんとか逃れた青は、傷つけられた手足を引きずって目についた教室のひとつに駆けこんだ。
幸いなことに、その教室には椅子や机が山積みになっていたので青は急いで両側の出入り口のドアをふさぎ、ベランダの窓を開けて外に出ようと近づく。

(……開かない。やっぱり鍵がかかってる)

押しても引いても、ベランダ側の窓も引き戸も施錠されているのかびくともしない。

(どうしよう、どこかに早く隠れないと……黒河あいつに見つかる)
(見つかったら……今度こそ間違いなく、殺される)

青は教室内を見回し、隠れられそうな場所を探す。候補は黒板の前の教卓と奥の掃除用具入れくらいしかない。急いで教卓の下に潜るが、青には少し狭すぎた。

(……仕方ない、掃除用具入れに隠れよう)

青はそう思い教卓の下から這い上がろうとした時、教室のドアの向こうから床の上を何か硬いものが引きずっているような音と足音が聞こえてきた。

(だめだ、今ここから出たらきっと気づかれる)

だから青はそっとそのまま音をたてないようにして、教卓の中に首を引っこめた。じっとして、外の気配が消えるまで待っていればいい。そうすれば、この旧校舎から出て家に帰れるはずだ。



「ねえ霧原さん……あれからもう1時間ちかく経ちますよ。まだうちのマスコット追いかけるんですか」

なれない運動で息が上がり気味の羊子は、廊下の途中で立ち止まって先に進む霧原に声をかける。

「あと少しで接触できそうなんだが……。ああ、すまない疲れたかね?」
「足がもう棒みたいになってます。……えー、そんな。まだ行くんですかあ」

霧原は羊子の声に反応して振り返り、気遣いの言葉をかけるが表情には焦りがある。早く先を行くパラサイトくんを追いかけたいらしい。

「わかりました……さっさとアレ、追っかけましょう」
「すまない、新人の君をこんな夜遅い時間まで付き合わせてしまって悪いね」
「いえ……大丈夫です。それが私の仕事ですから」

羊子はそう言い、少し廊下の窓枠に片手をついて体を休めてから、霧原のあとを追う準備をして再び夜の学校の探索を再開した。



青の隠れている教室の後ろのほうのドアが突然外側からこんこん、とノックされた––––––と思いきやドアが内側にへこみ、青が築いた簡易バリケードごと吹き飛び、後ろ側に並べて整理された机や椅子も巻き込みながら物凄い音を立ててベランダ側の引き戸付近に叩きつけられた。

ベランダに通じる引き戸と窓ガラスは粉々に砕けて外に散り、教室にも崩れた机と椅子、ガラスの破片が飛び散った。青は大きな物音に一瞬驚き、教卓の天板に内側から頭を思い切りぶつける。

『ここにはいるかな〜?』
『はやくキミのことたべたいんだから、あんまりじらさないでほしいな〜』

(く、黒河⁉︎ なんでもう……この教室まで来てるんだ?)

青は教卓の下でじっと息をひそめながら考える。おかしい。僕が今いるのはさっき黒河と鉢合わせした廊下から遠く離れている3年生の教室のはずだ。ここに来るには廊下や階段を何回か行き来しないとたどり着けない。

(いくらなんでも……《移動が早すぎる》)

青は一度は逃れた絶望感が再びやってくるのを肌で感じた。頭の中で死をイメージしたせいか、ガタガタと体の震えが止まらない。だめだ、もう逃げる場所がない。

「……霧原さん、あそこ!あの教室に入って行きましたよ」

旧校舎の3階。今は使われていない3年生の教室のひとつに入ってゆくパラサイトくんを目で確認した羊子は後ろを歩く霧原に小声で伝える。よく見ると、その教室の奥のドアのうち1枚がなくなっていた。なんとなく嫌な感じがする。

「霧原さん……これ、もしかしてパラサイトが……」
「決めつけるのはまだ早い。ともかく中を調べてみよう」

羊子の持つ懐中電灯の光が無人の教室を照らし出す。2人が中に入ると床に散乱した机や椅子、割れた窓ガラスや大きく歪んだ出入り口のドアが見えた。教室の壁や床にいくつも動物が爪で引っ掻いたような傷が残っていて、この場所で何かが起こったことを物語っている。

「……た、すけ、て……」
「誰? 誰かいるの⁇」

羊子と霧原が傷跡だらけの黒板の近くまで進んだ時、紙を破くようにぱっくりと斜めに切られた教卓の中から弱々しい声が聞こえてきた。羊子はすぐに教卓の残骸へ駆けより中をのぞく。そこには手や足のあちこちに細かな傷を負った、目にかかるくらいの長さの紺《こん》色の髪の少年が倒れていた。

羊子が彼を抱き上げてよく見ると、右目のあたりから出血をしているようだ。宵ヶ沼中学校の夏の制服を着ているので、おそらくここの生徒だろう。しかし、なぜこんな夜遅い時間に旧校舎になんているのだろうか。

「ねえ君、大丈夫⁉︎ この傷、誰にやられたの‼︎」
「……やめたまえ柴崎くん。彼、目に怪我をしているじゃないか。傷口が化膿する前に早く応急処置をしたほうがいい」

ぐったりした少年の肩をゆさぶる羊子を、後ろから少年の顔を覗いた霧原が静止し、細い眉のあたりに皺《しわ》をよせて顔をしかめる。手足の傷は擦り傷程度だが、右目は縦に切り裂かれたのか眼球やまぶたの周囲に新しい血がこびりついている。

目の傷は時間が経つと視力が失われて見えなくなる可能性があるため、急いで処置が必要なのだ。

「で、でも……ここじゃとても治療なんて」
「ふむ……それもそうだな。支部に今から戻っている時間はないし……ああそうだ、保健室なら少しは処置に使えるような薬品類が置いてあるかもしれない」
「保健室にですか?ね、ねえ……君、この学校の保健室ってどこにあるかわかる?」

羊子が慌てて少年に問うと「……し、新校舎になら……一応。ここには……ないで、す」という、か細い答えが返ってきた。彼が歯を食いしばっているのは右目の傷の痛みのせいだろう。

「そう、わかった。霧原さん新校舎に急いで行きましょう」
「……了解した。彼を襲ったパラサイトがまだ校舎内を徘徊している可能性が高い。くれぐれも行動は慎重にな」

羊子は首を縦に振ると、少年を両腕に抱えたまま教室から廊下に出た。霧原は後ろから、周囲を警戒するように見回しながらついてくる。



宵ヶ沼中学校の新校舎にある保健室に着くまで、羊子は少年を抱えて随分な距離を走った気がする。幸い旧校舎を出るまで、中を徘徊するパラサイトには出会わなかった。

その途中で抱えた青の体重に羊子の両腕がしびれてきたが、霧原と交代してなんとかここまで運んで来れた。すぐに空いているベッドに少年を寝かせ、霧原に応急処置を任せる。

「……霧原さん、お願いします」
「わかった。……あくまで応急処置だがしないよりはいい。まずは顔にこびりついた血を落とすから、水を近くの水道で汲んできてほしい。右目に貼るガーゼとテープはこっちで探すから大丈夫だ」

羊子は短くうなずいて、すぐに保健室の外に出て行った。霧原はベッドに歩み寄り、上に寝かされた制服の少年にそっと話しかける。

「……右目は痛むかね? ほかに怪我をしたところはあるかい」
「……いえ、あとは……手と足を擦りむいただけなので……大丈夫です。右目は……開けてるけど、真っ赤になってて何も……見えないですけど」
「……そうか。今、君の右目に貼るガーゼとテープを探すからそのまま寝ているといい」

霧原がそう言ってベッドから離れようとすると、少年が呼び止めた。

「……あの、黒河は……。僕の……クラスメイトは見かけませんでしたか?」
「黒河? いいや、ここに来るまで誰にも会わなかったが……その子がどうかしたのかね?」

「僕の手足の擦り傷と右目の傷……実はその子にやられたんです。……いつも明るくて僕のこと友だちだって言って教室でもよく話しかけてくれたし。でも……」
「でも?」
「あれは絶対、僕の知ってる黒河じゃない」

今、少年が話した生徒のことが気にかかった霧原は彼の話を詳しく聞いてみることにした。内容はこうだ。

少年の名前は坂崎青といい、この中学校の1年生。彼は同じクラスの黒河朱莉《くろかわあかり》という女子生徒に今日の放課後に呼びだされ「今夜7時、旧校舎まで来て」と言われたらしい。それで彼は彼女の指示どおり、一度帰宅したのち家族に気づかれないようにこっそりと、家を抜け出してきた。ところが––––旧校舎に入って数分もたたないうちに、奥に潜んでいたパラサイトの群れと廊下で出会ったパラサイトに体を乗っ取られた状態の黒河朱莉に襲われたのだという。

「……なるほど、君の事情は大体わかった。ではまだ、そのパラサイトの群れと黒河くんは旧校舎にいるということだね?」
「パラサイト?それってなんなんですか」

青に当然のことを質問され、霧原が説明をしようと口を開きかけたところで保健室の引き戸が勢いよく開いた。

「霧原さん、お水汲んできました!」

羊子は自慢げに両手に下げた水が入ったアルミのバケツを差し出すが、中にはどういうわけか半分以下しか水が入っていない。さらには彼女の着ている黒いスーツや中のグレーの襟付きシャツがところどころ濡れている。おおかた持ってくる最中にどこかで転んでこぼしたのだろう。

「……ああ、ありがとう柴崎くん。そこに置いておいてくれるかい」

羊子の失態を見て見ぬふりをして、霧原が指示する。

「はい! あっ……君、気がついたのね。大丈夫?」

少年の目が覚めていることに気づいた羊子がベッドに近づくのを横目に、霧原は保健室の隅に作られた棚を開けて素早くガーゼ、ベージュ色のテーピング用テープ、脱脂綿やピンセットなどを探しだした。これだけあればなんとかなるだろう。

「……パラサイトというのは私と今そこにいる柴崎くんが調査している謎の生物のことだ。一般の人には存在が知らされていないから、知らなくて当然だよ」

霧原は青のベッドまで棚から出してきた応急処置に必要なものを両手に抱えて運びながら、柴崎の乱入で中断していた先ほどの質問に答える。

「じ、じゃあ……僕が旧校舎で出会ったあれは……黒河もそのぱ、パラサイトってことですか」
「さっきの君の話を聞いたところ、その可能性が高い……残念だがね」
「そんな、あのっ……元に戻す方法ってないんですか」

霧原がベッドのそばに置かれたバケツにピンセットにはさんだ脱脂綿を濡らして、寝かされた青の右目の傷口を拭き始めたので羊子が代わりに答える。

「……その気持ちはわかるけれど、今のところパラサイトになってしまった人を元に戻す方法は見つかってないの。だから見つけ次第保護して、支部に連れて行って拘束–––もし上から許可が出れば処分することになってる」



「しょぶん……処分ってつまり、ああなった黒河は殺されるかもしれないってこと……ですよね」
青がゆっくり確認するように言うのを聞いて、羊子はうなずき「……そうね。でもまだ決まったわけじゃないわ。私たちがなんとかするから」と返すのが精一杯だった。霧原は2人のやり取りを聞きながら、黙々と青の右目を覆うようにガーゼを広げて二つ折りにし、テーピング用のテープを縦に間を空けて貼りつけ固定した。

「終わったよ。あとは……うちの医療スタッフに任せよう。柴崎くん、今から君は彼を連れてタクシーで支部に向かってほしい。急がないと彼の右目の傷が手遅れになる」
「わかりました。じゃあ霧原さんは先に本部へ戻るんですね?」

羊子は霧原の指示にうなずき、黒スーツの胸ポケットから折り畳みの旧式携帯電話ガラパゴスケータイを取り出して、パラサイト課の宵ヶ沼支部の電話番号を急いで探す。

「……いや。私はここの片付けと旧校舎の再調査だけしてから戻るよ。だってまだ調査対象が見つかってないからね」
「え? 待ってくださいそれは……。あ、繋がった。すみません柴崎です、怪我をした一般人を保護したので今からそちらに急行します!」

羊子はそれだけ言うと、一方的に通話を切った。まだピンセットに血で汚れた脱脂綿をはさんだままの霧原を少しだけ睨む。この人はまた私を置いていくつもりだ。自分から誘っておいてそれはない。

「片付けはいいですけど、気をつけて帰ってきてくださいね……。これ以上調査で怪我人を増やしたくないので」
「……わかった。君がそう言うなら約束しよう、だから早く行きたまえ」

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