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【創作大賞2024】パラサイト/ブランク 11話

11話「変貌」

「–––こんばんは、到着が遅くなってごめんなさい。大丈夫だった?」

引き戸の向こう側から羊子が朱莉に向かって声をかける。右手に持った懐中電灯の光が足元を照らす。彼女の背後には白衣を着た霧原が影のように立ち、こちらを見ている。朱莉は羊子の問いに対してこっくりとうなずく。

「あの……私は大丈夫ですけど、お父さんとお母さん––––あ、いえ両親が全然帰って来ないんです」
「え、それってどういうこと。もしかしてご両親は行方不明に……?」
「あの、それはわからないんですけど……いつもならもう帰ってきてるはずなのに、家の中が真っ暗で……私不安で」

そう言う朱莉は目が潤んできていて、今にも泣き出しそうだ。

「えっと……だったら警察に連絡をしないと」

羊子がその様子におろおろしながら、自分の携帯電話を肩にかけたバッグから取り出して警察に繋がる番号をボタンを押して打ち込もうとする–––が、霧原に革手袋をはめた右手で携帯ごと強めに掴まれて止められた。

「霧原さん、何するんです⁈」
『……警察に連絡するのはまだ早い。もしパラサイトが絡んでいたらどうする』

霧原の表情は険しい。

「で、でも……」
『では君は……仮に警察に今連絡したとして、彼らがパラサイト相手に対抗できると?』
「それは……。でも私たちだけじゃ、今から行方不明の黒河さんのご両親を捜索するのは無理ですよ。どうするんです?」

羊子がそこまで言うと霧原は険しい表情をくずさないまま、押し黙る。

『まあまあ、2人とも。言い合いしてても仕方ないし、とりあえず家の中に入ろうよ』 
「……誰?」

突如として聞こえてきた小さな男の子の声に朱莉は戸惑いを見せる。霧原の着ている白衣の裾のポケットがもぞもぞと動き、中からパラサイト課の制服と帽子姿にクマのような垂れ耳と羊の巻角という奇妙な生き物が顔をのぞかせた。

「あの……ソレなんですか……?」

霧原の白衣のポケットから出てきたほぼ2頭身の珍妙な生き物を見た朱莉が、震える指でさしながら尋ねてくる。

『ソレって……失礼だなあ。おいらにはパラサイト課のマスコットキャラクター・パラサイトくんって名前がちゃんとあるのに〜』

朱莉の言動が気に入らなかったのか、パラサイトくんは両ほおを膨らませてむっとした表情になる。その仕草があまりにも可愛かったので、曇っていた朱莉の表情が少しだけ笑顔になった。

『うん?おいらなんか笑わせるようなこと言ったっけ』
「……ううん、そうじゃないよ」

パラサイトくんはポケットの中から朱莉を見上げて不思議そうな顔をする。

『⁇ じゃあなんで笑ってるの?』
「それは–––あ、あのお2人ともすみません……遅くなりましたが中へ入ってください」

朱莉はそこでふと霧原と羊子を玄関口で待たせていることを思い出し、2人を中に手招いた。



「……お邪魔します」

羊子が玄関をくぐる。霧原もそれに続き、玄関の引き戸を閉めた。家の中は電気がついていないので廊下の先すら見渡すのも難しい。2人の先を歩く朱莉が手探りで、照明のスイッチを探り当てて順に押していく。一瞬の間をおいて橙色の光が周囲にあるものを浮かび上がらせる。

『……なんか湿った木の匂いがするこの家』
『昨日の夜、雨が降っていたからな……そのせいだろう……あとお前、私がいいというまでポケットから出てくるなと言ったはずだが?』

霧原は小声でポケットから顔を出して周りの匂いを犬のように鼻を動かしてかぎまわっているパラサイトくんに注意するが、本人の反応は上の空だ。

『え〜だっておいらアカリに会うの初めてじゃないんだから、別に出てきたっていいじゃない。なんで駄目なの?』
『……どうもこうもあるか!お前と私がパラサイトだからに決まってるだろう、それくらい察しろ』

霧原は黄緑色に変わった瞳を細めてじっとパラサイトくんを睨みつけ、今にも掴みかかりそうな勢いだ。

『……なんで?おいらたちパラサイトは人間の前に出ちゃいけないの?』
『なっ……それは当たり前だろう。私は自分がこうなった日からずっとそうしてる、普通に生活をしたいからな』

パラサイトくんはそこで首をかしげて小さな右手を顎にあてる。

『ふ〜ん……でもそれってさなんか変じゃない?パラサイトだって悪いやつばかりじゃないと思うけど』
『……たしかにそうだな。悪いが誰が決めたのかは、私に聞いても知らんぞ』

そこまで霧原が言うと、廊下の先から羊子が2人を呼ぶ声がした。話に夢中になっていてそういえば気にしていなかった。

『奥でヨーコが呼んでるね、行こうキリハラ』
『ああ』



先頭を進む朱莉がつけてまわる照明のスイッチを押す「カチッ」という音が静かすぎる家の中にやけに大きく響く。玄関前から順に廊下を通り、案内されるままに台所や和室や両親と朱莉の部屋を見てまわる。そのどこにも朱莉の両親の姿はなかった。

「ねえ黒河さん、ご両親とはいつまで一緒だったの?」

羊子は朱莉の後ろを歩きながらそう聞いてみる。

「えっと……今日の昼ごろまではいました。台所でお昼ごはんを一緒に食べたので……」
「それから後は?」

羊子が続けて聞く。

「青と近くの公園で待ち合わせして、パラサイト課に向かいました」
「そう。じゃあその間にいなくなったのね。何か……心当たりとか伝言とかは?」
「……いいえ。父と母が行きそうな場所なんてわかりません、書き置きの紙もありませんでしたし」

朱莉はそう言いながら再び瞳を涙で潤ませる。

「急に2人ともいなくなるなんて……私、一体どうすればいいのか……」
「……大丈夫よ。私たちが出来る範囲でなんとかするから、ね?」

羊子はそう言った後に後ろから来た霧原のほうを振り向き、小声で先ほどの会話内容を伝える。

「霧原さん、今の黒河さんとの話聞いてました?」
『……ああ、ちゃんと聴こえていたよ。で、君はさっきの話をどう思うのかね』
「黒河さんはたぶん嘘をついてないと思います。今日の昼にパラサイト課に来ていたのは事実ですし、霧原さんもその時に会ってますよね」

霧原は羊子の言葉にうなずく。それは間違いない。では両親はどこに行ったのだろう。いついなくなったのか。

『……ふむ。ただわからないのは黒河くんのご両親がいついなくなったのか、だ。彼女が出かける前か後かで、物事の見方が変わるからな』
「なるほど……。それはまだ聞いてないので、今から尋ねてみましょうか?」
『ああ、頼む』

羊子は霧原に向かってうなずくと、朱莉が少し前に入っていった部屋のドアに駆け寄って2、3回ノックする。

「黒河さん?ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……入ってもかまわない?」
「はい。あ、そこ鍵は開いてますよ」

朱莉が中からドアの外にいる羊子に声をかける。

「……じゃ霧原さん、ちょっと話を聞いてきますね。ここで待っててください。勝手にどこか行かないでくださいね」
『何、どこにも行きはしないさ。君が出て来るまで待ってるよ』

霧原は羊子の顔を見てうなずいた後に、廊下に膝を抱えて座り込んだ。羊子はその様子を確認してからドアを開けて中に入って行った。



ドアの向こう側にある部屋には白い3段式の冷蔵庫が1つと、その左の壁に人1人の顔がやっと映るくらいの鏡がかけられていた。冷蔵庫から漏れている冷気のせいか、部屋の中はひんやりとしている。

「黒河さん、ねえ大丈夫?」

羊子は鏡の前にぼうっと立ちつくす朱莉に声をかける。返事がない。それにどこか目が虚ろだ。

「あの、黒河さん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「––––何?」

虚ろな表情のまま振り向いた朱莉が、羊子を見つめる。

「……ご両親がいなくなったのは、あなたが家を出る前か、その後か覚えている?」
「はあ? 今ごろなんでそんなこと聞くわけ?アタシちゃんと言ったじゃん、《昼食まで一緒だった》って」

朱莉の口調が変わっている。

「……もう一度聞くけどその後は?」
「青と一緒にパラサイト課から帰ってきた後に、疲れて自分の部屋で寝てたから知らない」
「……本当に?」
「うん、そう」

朱莉がそう言いながら口角をつり上げて笑う。

「えー、もしかして柴崎さん私のこと疑ってるの?嘘じゃないよ」
「じゃあ、その冷蔵庫は?中には一体何が入ってるの?」
「見てみる?ほとんど肉しか入ってないけど」

朱莉がそう言いながら冷蔵庫のドアを上から順に開けていく。部屋の中の冷気がさらに増した気がする。

「こ、これ……」

羊子は開けられた冷蔵庫の中身を見て言葉を失った。



『ねえキリハラ、ヨーコなんか遅くない?』
『……そうだな』

部屋の外で待機するように羊子から言われた霧原とパラサイトくんはたがいに顔を見合わせる。部屋の中で物音が一切しないのも気になる。

(……とりあえず電話してみるか)

そう思いながら霧原は白衣の胸ポケットから携帯電話を取り出し、羊子の電話番号をボタンで打ち込む。数回のコール音の後、羊子が出たが……なにか様子がおかしい。

『落ち着け柴崎くん、それでは意味がわからん。最初から説明してくれないか?一体中で何が起こってる』
『だから!今すぐに助けに来てください霧原さん‼︎ このままじゃ私、《アイツ》に殺されます……‼︎』

携帯ごしの羊子の声は激しく震え、恐怖に満ちていた。

『あいつ……?』
『私たちをさっきまで案内してくれていた黒河さんです‼︎ たった今……パラサイト化しました』

その言葉とともに、何かガラスが砕け散るような音と獣の唸り声のようなものが霧原の耳に聞こえてきた。

『おい行くぞ、お前も手伝え!』
『え⁈なんで、中でなんかあったの⁇』

霧原は通話を終えた携帯電話を閉じると、慌ててドアに駆け寄る。

『説明をしている暇はない!部屋のドアを蹴破るから、その間ポケットに入ってろ‼︎』

木でできたドアから一歩下がって間を取ると、霧原はすでにパラサイトに変化している体にひねりをきかせ、右足で強くドアを押し倒すようなかたちで蹴りを繰り出した。

(くそ……まだ蹴破れないのか)

3、4回ほど蹴り続けたところで、穴だらけになったドアがやっと内側に向かって倒れた。その衝撃で部屋の中から埃があたりに舞い散る。

『柴崎くん、無事か⁉︎』

霧原はたちのぼる埃にむせながら、白衣の袖口で口を覆って羊子の名前を呼ぶ。裾のポケットからはパラサイトくんが霧原に気づかれないように顔を出して、周囲の様子を探る。

『あーあ、せっかく今から食事の時間だったのに。人の楽しみを邪魔しやがって』

どこかから嫌悪感を含んだ声がしたかと思うと、埃の壁の中から何かが勢いよく伸びて霧原の白衣の肩口を切り裂いた。気配を感じて避けるが、執拗に何度も体を狙って突いてくる。

『キリハラ……こいつもしかして、あの時の旧校舎の?』
『ああ……。同じだ』

霧原が革手袋をはめた両手で白衣の肩を抱くように交差させて庇う。切られた部分から緑色の血がにじみ出て床に滴る。

染みた血で少しずつ白衣の右肩が緑色になっていくのに不快感をあらわにしながら、突いてくるものを走ってかわし続けると追撃が不意に止んだ。

『チッ……ちょろちょろネズミみたいに避けんじゃねえよ!当たらねーだろうが‼︎』

剥き出しの不快感に顔を歪めた朱莉が、勢いよく飛び出してきて霧原の顔を狙って鋭く変形した爪で引っ掻く。霧原の頬の皮膚に4本分の爪痕ができ、緑の血が床に再び飛び散った。

『……また君か。懲りないやつだな』
『うるっせえ‼︎ 食事の邪魔なんだよアンタ。さっさとどっか行け』

攻撃したあとに冷蔵庫の前まで飛び退すさった朱莉が霧原を見据えて吠える。霧原が視線を素早く移動させると、朱莉の後ろにある冷蔵庫の置かれた場所から左の壁の隅のほうに羊子がぐったりして倒れているのが見てとれた。

『つまり……君は柴崎くんを誘き出して、この部屋で食べようとしていたわけか』

霧原はそう言い、傷つけられたほおを押さえながら、朱莉との距離を少しづつ詰めていく。

『あ?そうだよ……なんか文句あんのかオッサン』

朱莉は霧原に突然詰め寄られて、冷蔵庫のドアの前に背中を張りつけたまま立ち上がる。顔の距離はあと数センチもない。

『––––ガキが《人の獲物》に手を出すな』

霧原はそう言うと異様なほどに口角をつり上げてにやりと笑う。

『は……? いや何言って』

霧原は朱莉の顔を革手袋をはめた右手で掴んで思い切り持ち上げる。朱莉の細い体が床から浮き、宙吊りにされる。

『なっ……何すんだよ、離せ。おい、離せよオッサン‼︎』

パラサイト化して真っ白になった髪を振り乱し、朱莉が霧原に抵抗するが掴んでいる右手はびくともしない。

『……嫌だね。宵ヶ沼中学校の旧校舎で私の白衣をひどく汚したことは許せるが、柴崎くんを食べようとしたことは別だ』
『今までは本部から来ていた処分指令を無視して君の様子を見ていたが……それももう無理だ。やはり今この場で–––死ね』

霧原は朱莉の顔を掴む右手に力をこめる。

『き、キリハラ⁈ 何やってんの、それはさすがにまずいって‼︎』

白衣の裾ポケットから気配を察したパラサイトくんが顔を出して、霧原の左肩まで急いで登ってくる。

『お前は、黙ってろ‼︎』

いいぞ…そのまま…そいつを…ころせ…ころしてしまえ

『……⁈』

パラサイトくんに向かって怒鳴った霧原の頭の中で《声》が聞こえた。驚いた霧原は空いている左手でとっさに自分の耳を手のひらで覆うようにして頭をぐっと強く押さえる。

『……なんだこれ』
『キリハラ? 何、どうしたの』

ころせ…そのまま…そいつを…ころせ…ころせ…ころせ

まるで機械のように抑揚のない声が、霧原の脳内で目の前の朱莉を何度も「殺せ」と囁く。

『……や、やめろ』

ころせ

『嫌だ』

なら…“わたし”がころす

『……お、おい。待て……それは、それだけは』

なに…おまえは…ただみてるだけでいい

『た、頼むから……それだけはやめてくれ‼︎』

霧原は悲鳴に近い声で叫んで右手でもう片方の耳を押さえて、床に崩れ落ちるように膝をつく。一方で彼に吊り上げられていた朱莉は突然解放され、そのまま床に落下した。

『痛っ……この、いきなり落とすな、よ––––?』

床に叩きつけられた朱莉が起き上がり顔を上げると、すぐそばに霧原の顔があった。長い緑色の髪の下の両目から涙が流れてほおを伝っている。表情がない。

『……はやくにげろ。わたしが……キミを……ころすまえに』

霧原は頭を両手で押さえたまま、声を喉から絞り出すようにして朱莉にそう告げる。

『な、何言ってんだよ。なあ、それどういうことだよ』

霧原の急な態度の変化に戸惑う朱莉が質問をぶつける。

『い、いいからはやくしろ! し、シバザキくんをつれてそとに…………ああっ』

霧原は言葉の途中で目を見開き、全てを言い切らずに両手で頭を押さえたまま沈黙する。

『……おい?』

朱莉がそっと霧原の頭に触れようとした瞬間、くひっという空気の抜けるような奇妙な笑い声がした。

それが徐々に大きくなっていき、部屋中に響くほどの大音声になっていく。朱莉はその様子に背筋が粟立ち、部屋の隅に倒れたままの羊子のところまで走って行って助け起こす。

『お、起きろ、とにかく逃げるぞ!』

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