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Kaiserreich 進捗報告138 ドイツのリワーク:改革と革命


前回のゲーム内容報告ではブラックマンデーの対応システム、1936年のさまざまな政争、そしてクルト・フォン・シュライヒャー政権の戦前コンテンツを紹介した。その後のマイナー・マンデーでは、クルト・フォン・シュライヒャーについての詳しい解説を出した! 今日はゲーム内容に戻り、ドイツの残る2ルートを紹介しよう!

「えっ、残る2ルート? ドイツには合計3つのルートしかないってこと? でもアレとかソレとかコレは……?」

まあ実際にはメインルートにもさまざまな分岐があるし、隠しルートもあるから正確ではないが、その通りだ。ドイツの主要なルートは3つだけ用意する。

しかし……この3つのルートだけでも、ドイツは社会主義系以外のすべてのイデオロギーにアクセスできる。

これはリワークの最初期、現在の開発体制になる前から決まっていたが、今の体制に変わってからも維持することにした。味気のない選択肢を増やして惰性でイデオロギー枠を埋めるよりは、ビジョンをもってリワークを開発したかった。ルートは少なくても、そのすべてに骨太の、ドイツらしい独自のシステム・チャレンジ要素・ストーリーを用意し、それぞれまったく異なる体験を味わえるように努めた。ルートが3つしかないとしても、ドイツはKR最大のデータ量を誇るコンテンツであり、成功したと確信している。

では恐ろしい(?)話はここまでにして、始めよう。

改革

シュライヒャーがルール争議を放置して、恐怖に駆られた権力層が左派政権樹立によるスト側との交渉に踏み切るか、あるいは民主同盟が議会で過半数議席を押さえて不信任案を可決させるとどうなるのか。

皇帝は左派、とりわけ中心勢力の社会民主党(SPD)に目を向ける。知っての通り、ヴィルヘルム2世はSPDにいい印象を持っていない。しかし3月憲法制定後の帝国はかつての個人統治時代とはまったく異なる時代だ。ヴィルヘルム自身も年を重ね、顧問に頼ることも増え、より政治にも慣れている。かくしてSPD党首ヘルマン・ミュラーは帝国宰相に任命され改革派政権が誕生する。

民主主義が勝利したのだ。

議会にとってクルト・フォン・シュライヒャーへの大命降下はメンツを潰されたも同然だった。数十年を費やしてドイツ帝国の議会主義化を推し進めた議会勢力は、突如として政府樹立の根拠という役割を脅かされたのだ。議会は左右を超えて計略を練り、1920年憲法改革で勝ち取った宰相への不信任投票を使って政権を覆そうとした。

SPDを中心とする野党連立、通称「民主同盟」は議会の過半数議席を獲得し、不信任決議案を提出。現在の情勢下において、現宰相はもはや政府の運営は不可能であり、退陣しなければならないと付け加えた。シュライヒャーも全力で妨害したが、SPDの意志を挫くには至らず、不信任決議によって退陣した。

後世において、シュライヒャー政権は単なるつなぎ内閣として記録されるだろう。彼は前座であり、ドイツをほんの数か月間率いただけの存在だ。本命は、後を託されたヘルマン・ミュラー政権だ。ドイツ史上で初めて、皇帝がやむを得ずとはいえ、社会民主党員を帝国宰相に任命した。国内の抵抗勢力も、保守主義すらも、歴史の歩みには逆らえなかったのだ。

「数十年の闘いの果てに……」

パリやベルリン、ニューヨークの街角で語られるドイツのステレオタイプとえば、ユンカーと兵士の国、カイザーが軍隊のように統治する国だった。しかし、実態はまったく違う。民主勢力は建国直後から闘争を繰り広げ、根深くはびこる貴族支配、反動的な実業界に大企業、強大なプロイセン軍の影響力、君主の策謀に立ち向かってきた。社会民主党は労働者層のあいだに支持を広げ、やがて国内最大の政党に成長した。リベラル諸派も紆余曲折を経て合流し、自由人民党を結成した。カトリック層でも、帝国の多様性と民主化を求める改革が主流に躍り出た。

本日、民主諸派同盟は反動保守=民族主義ブロックを抑え、軍国主義者シュライヒャーの欺瞞に満ちた権力闘争に打ち勝った。後続の宰相は皇帝が任命した弱腰の傀儡でも、リベラルやカトリックから選ばれた穏健派でない。ドイツ帝国史上初めて、社会民主党が帝国宰相の地位を勝ち取ったのだ。SPDの院内総務ヘルマン・ミュラーが宰相に就任し、民主同盟に参加したすべてのグループの代表らととも、政党人士のみによる大連立政権を率いることになる。すでにSPD指導部では、さまざまな展望や目標が語られている。ようやく公約を実現できる手段を手に入れた今、どのような改革を実現できるだろうか? 帝国に二度目の議会主義化の時が来たのだろうか? ドイツの民主化改革を定着させるために何ができるのか? そして苦汁を舐めた右派は、いったいどんな形で抵抗してくるのだろうか……?

「どうか信頼してほしい!」


しかし、まだ終わりではない。中道=左派政権の誕生はほんの始まりに過ぎない。ここから民主同盟の本当の戦いが待ち受けている。反動的な既存権力の策謀を出し抜きながら、連立内部で頻発する問題にも気を配らなくてはならない、放置すればあっけなく瓦解してしまう。

民主同盟ルートに入ると新たなディシジョンが解禁される。数年間は注視しよう。ここからイベントや危機に対応していく必要がある。

注意:民主同盟ルートは、今のところドイツで一番難しいコンテンツだ。どこからプレイするかは自由だが、最初に民主同盟ルートを選ぶのはオススメしない。やることが多すぎて圧倒されてしまうかもしれない。だが強力なバフ、一番強力な軍事NFツリー(詳細は後日)など、見返りも大きい。

いずれにせよ、連立は以下の3つを管理する。

連立の結束

連立管理の画面。100日ごとに政府と連立パートナーとの間で対立が生じる。

シュライヒャー政権下で手を結んだ連立パートナーには、それぞれ連立への忠誠値(Loyality)が設定されている。グループの要求に応えないと忠誠値はゼロになり、連立からの脱退を図り、最終的には議会過半数を失ってしまうだろう。また定期的にイベントが発生し、連立内部の緊張が高まる。そのため常に気を配り、パートナーが脱退する前に譲歩しよう。また民主同盟ルートでは、ほとんどのNFを進める際に特定の政党の忠誠値が必要になる。

リーグニッツ綱領に基づく行動要求

史実のエルフルト綱領に代わって、SPDは1922年にリーグニッツ綱領を採択した。民主化改革以外にも産業の国有化や福祉改革などの実践綱領が盛り込まれ、有権者の期待は実践綱領に寄せられている。

民主同盟は大幅な憲法改革を断行し、帝国の完全な議会君主制を実現すべく政権を握った。しかし候補者たちはそんなことを宣伝した訳ではない。国民がSPDに一票を投じたのは「パンとバター」のためであり、政府は対策しなければならない。ディシジョン欄に時限式のミッションが表示され、時間切れになるとSPDは政府に対して反発し、より積極的な姿勢を押し付けるだろう。特定のNFを達成すると、ミッションの期限を延長できる。

保守派の抵抗

……それもあらゆる方向から。官僚がサボタージュを始める。プロイセンの保守派政府もサボタージュを始める。そして保守政党も団結して妨害を始める。それぞれが別々の危機を引き起こし、皇帝による解任、あるいは連立の解体につながる。

内相カール・ゼーフェリンクがプロイセン官僚機構による改革妨害を指摘。右派はこれを官僚制度の政治利用と批判している。
右派が根強いプロイセン両院は中央政府の法律に反発し、とうとう来年度予算案が否決。プロイセンの官僚制度に依存する中央政府は危機に瀕する。
ベルリンで保守党と祖国党を含めた右派諸団体のリーダーが会合を開き、統一右派ブロックの結成とプロイセン貴族院の妨害支持を採択する。

議会で過半数割れを起こすか、政府が根本的に機能しなくなれば、その時点で政権の座から追い落とされる。依然として議会では改革派が優勢なため、保守政権に代わることはないが、社会民主党のビジョンや目標はほとんど実現できなくなる。

SPD主導のミラー政権は過半数割れによって辞任。全権委任法で乗り切る案も出たが否決され、リベラル派のルドルフ・シュヴァンダーが後続の宰相に就任する。

こうした問題に対処するために、新しいNFツリーを進めよう。

左側のNFは繰り返し選択できる。達成すると連立パートナーへの新たな融和策がアンロックされる。中央のNFでは実践的政策を実現し、SPDの支持基盤を強化できる。そして右側については……

史上初めて政権を獲得したSPDは、単に政権の存続だけではなく、帝国の抜本的改革をもとめている。そのために憲法改正をめざす。君主や領邦諸国の権限をさらに縮小し、民主的に選ばれた議会の力を強化する。この改革は個別に実現できるものではない。それぞれのNFを達成することで改正案を起草、ゲーム的では国民精神の効果を「作成」し、第二次大戦後に大規模な憲法改革、「ヴィルヘルム憲法」制定をめざす。

しかしその詳細は……また別の機会に。

革命

ルール争議が激化し、支配層が極右に目を向けたら、あるいは黒・白・赤連立が議会過半数を握って不信任決議を可決するとどうなるか。

SPD同様、保守連立の結成も多くの困難が付きまとう。保守党は古参政党として認められているが、祖国党(DVLP)は違う。もとをただせば設立者のアルフレード・フォン・ティルピッツとその一派は、かつて皇帝の廃位と国家主義的軍事独裁の樹立をもくろんだ過激派だ。しかし結局は民主同盟ルートと同じように、黒・白・赤連立も独自の政治改革構想を有し、独自の宰相候補を擁立する。

しかし……誰にする? SPD中心の左派と違って、極右連合を構成する2大政党の勢力は拮抗しており、どちらも簡単にトップの座を明け渡すつもりはないだろう。そこで政権の座を射止めるべく、両党は統一候補、エヴァルド・フォン・クライスト=シュメンツィンを擁立する。貴族出身で現職のポンメルン州総督、「新」ドイツ保守主義のイデローグとして知名度の高い人物だ(彼の詳細については別の機会に譲ろう)。

保守党と祖国党による野党連合、通称「黒・白・赤連立」は議会の過半数議席を獲得し、不信任決議案を提出。現在の情勢下において、現宰相はもはや政府の運営は不可能であり、退陣しなければならないと付け加えた。シュライヒャーも全力で妨害したが、右派連合の意志を挫くには至らず、不信任決議によって退陣した。

後世において、シュライヒャー政権は単なるつなぎ内閣として記録されるだろう。彼は前座であり、ドイツをほんの数か月間率いただけの存在だ。本命は、後を託されたエヴァルド・フォン・クライスト=シュメンツィン政権だ。彼はどの政党にも属しておらず、拮抗する二大連立政党の妥協案として指名された。およそ数十年ぶりに、真の保守政権がドイツを率いることになる。ドイツ保守主義は議会政治や自由主義、改革の時代にも屈することはなく、捲土重来を果たしたのだ。

「黄金の憲法はどうなってしまうのだろうか?」

クライスト政権には困難が待ち受けている。穏健知識人層から強硬な反動派に至るまで、さまざまな保守勢力の利益の間でバランスを保ち、保守革命の進むべき道を確立しなければならない。

数十年前、いわゆる「結集政策」によって既得権益層は強力なブロックを結成し、当時台頭していた左派への牽制と帝国主義政策の追求を両立させた。結集政策こそ、国と皇帝にとっての要だったのだ。しかし時代は変わってしまった。皇帝は優柔不断の度合いを強め、インターナショナル主義的議会の意のままに動く操り人形と化してしまった。かつて結集政策を推薦した政府と皇帝は、かつて自分の推進した政策の新たなターゲットになった。こうして政府に対する「結集政策」が図られた。1910年のアルフレード・フォン・ティルピッツ体制、20年代のヴォルフガング・カップ、ゲオルグ・ヴィルヘルム・シーレ体制下では実現しなかったが、ドイツ暗黒時代を迎える中、ウルリヒ・フォン・ハッセルを党首に迎えたDVLPは、とうとう政府に対する結集政策を実現させた。惰性にまみれた穏健主義の時代、シュライヒャーの似非左翼の時代は終わりを迎えた。今ここに、真の国民戦線が腐った権力構造を引きずりおろしたのだ。もはや保守革命は目前に迫っている。

黒・白・赤連立は、人畜無害の中産階級ポピュリスト、穏健保守派、極右実業家からフェルキッシュ運動まで、ありとあらゆる右派グループが参加する大連立だ。その中でも主導的立場にあるのが国民革命路線の祖国党と、農家と貴族を支持母体とする保守党だ。両党は次期政権の主要閣僚ポストを分け合うが、名目上の連立指導者となる帝国宰相には、無所属の統一候補を推薦することになる。ドイツ右派全体から広く尊敬を集める人物、エヴァルド・クライスト=シュメンツィンだ。彼はプロイセン官吏として要職を歴任し、反シュライヒャー批判の急先鋒だった。クライストが宰相の座に付くことで、右派戦線内の派閥対立は抑えられるだろう。

「始めよう」


民主同盟ルート同様に、黒白赤連立ルートでも新たなディシジョンが解禁され、ここで政府の現状を確認しながら数多くの課題に対処する。

連立の中心となる2大保守政党、そしてドイツ保守主義の新たな方針は、黒・白・赤連立のNFツリーの中心的なテーマになる。

ツリーの大部分は2つに分かれており、取得するには保守党か祖国党のどちらかが連立内部で優位に立つ必要がある。戦前から戦時中の黒・白・赤連立ルートでは、顧問スロットが一つロックされ、政策実現能力の低下を表現する。DLVP党首ウルリヒ・フォン・ハッセルがスロットを独占し、連立内部でどちらかの政党が優位になるかに応じて能力が変わる。

注:この辺のシステムはHoi4にBoPが実装される前に作った。いずれ移植する可能性はあるが、優先順位は低い。別に急いでやる作業じゃないからね。

プレイヤーは2大政党のバランスを保ちながらそれぞれの改革綱領をもとに玉虫色の改革を進めるか、あるいは特定の政党の構想を全力で実現する。NFツリーの終、“Foster Volkskonservatismus”と“Abolish Universal Suffrage”はいわば「最終」NFだ。プレイヤーに大きなバフを与え、戦後に保守党と祖国党のどちらが決定的優位を手にするかを決める。

簡単そう? 実際には多くの困難が待ち受けている。この男が何もかもを引っ掻き回すからだ。

予想通り、保守党は新政権の農業政策を掌握し、長年携わった農業長官マルティン・シーレも留任させた。一方で祖国党(DVLP)は経済長官のポストを抑えた。そして新長官の候補に、なんとあのアルフレート・フーゲンベルクが浮上している。

フーゲンベルクはドイツでもっとも賛否両論の分かれる政治家だが、それも無理はない。国内の二大極右団体、すなわち院外団体の汎ドイツ連盟(1890年)、そして現代ドイツ最大のウルトラナショナリズム議会勢力である祖国党(1917年)の設立に携わったと豪語できるのは、彼くらいだろう。メディア、重工業、東欧移住事業を包括する世界有数のコングロマリットを短期間に急成長させたのは、やはり彼くらいのものだろう。フーゲンベルクの五指は、さながら四方八方に伸びるタコの触手のようにあらゆる分野に広がっている。この一度見たら忘れられない口髭を蓄えたこの男は、しかしここ数年は党内で孤立を深めつつある。

現在フーゲンベルクは祖国党副党首の地位にある。20年代のヴォルフガング・カップ、そしてゲオルグ・ヴィルヘルム・シーレ率いる極右体制下の祖国党において、フーゲンベルクは党内で唯一無二の経済通として知られており、その財力も相まって党内で大きな権勢を振るっていた。しかしハッセルが新党首に就任して以来、祖国党はより穏健路線をアピールし、反ユダヤ主義・反カトリック色を弱めており、フーゲンベルクも長らく二番手に甘んじている。今回の大抜擢には、祖国党内で高まりつつある国民革命派と反動派の対立を抑え、またフーゲンベルクに閣僚ポストを与えることで懐柔しようとの狙いがあるのだろう。しかしフーゲンベルクはやはり論争を呼ぶ人選であり、皇帝との不仲も余計に問題をややこしくしている。より穏当な人物を就任させるほうがいいかもしれない。

アルフレート・フーゲンベルクはフーゲンベルク・グループ総帥にしてDVLPの有力スポンサーだ。かつてDVLP党首選ではハッセルに僅差で敗れたが、その後もドイツ極右派を掌握して自らの手先にしようと遠大な野望を抱いている。黒白赤連立の結成と保守党への譲歩を受けて、フーゲンベルクはまたしても党首脳部に反旗を翻し、党の資金源という立場を利用して欲しいものを手に入れようとする。すべては党内で権力を固め、ハッセルを党首から引きずりおろす為だ。

政府の意向を無視した過激な経済政策、性急な社会主義者弾圧、自らの息のかかった地方支部を利用した党首脳部の批判など、フーゲンベルクはさまざまな難題を押し付ける。

対処しきれなければ、DVLP内部の亀裂が深まる。フーゲンベルクが主流派から外され、離党して独自の政党を立ち上げるかもしれない。そうなれば政府は崩壊し、過半数を失うおそれがある。あるいは、最悪が重なれば、DVLPの指導者に選ばれてしまうかもしれない。まさかプレイヤー諸君がそんなことをしないとは思うが。本当に、ちょっと魔が差したりはするかもしれないが……しかしまさかそんな。

フーゲンベルク派との対立を解消すべく、ハッセルが臨時党大会を開催する。ディシジョンでは両派閥が所属議員を引き抜こうと工作し、4か月後の党大会終了時の派閥バランスに応じてフーゲンベルクの処遇が異なるようだ。

もちろん黒白赤連立はさまざまな日常的課題にも対応しなければならない。ドイツ農業の今後は、連立に参加する農業政党にとっては大事な問題だ。ハッセルも外務長官として、不本意ながらイギリスとの外交対立を処理することになる。そしてシュライヒャー同様、黒・白・赤連立も反民主派であり、3月憲法を元に戻そうとする。そのため民主派の抵抗に直面することになるが、しかしシュライヒャーとは違って、保守派には対抗策がある……

保守党のマルティン・シーレが農業長官に続投。もはや長年の保護政策は破綻しているが、その継続をめぐって農業界と実業界・組合が対立している。
イギリス連合が反政府勢力への資金提供を注意するためにドイツ大使を外務省に呼び出すが、強硬姿勢を貫くハッセルは拒否する。
反社会主義政策ディシジョン。第二次大戦前にこのディシジョンを達成することで、戦後にSPDを非合法化できるようだ。

しかし保守政権がすべての課題を乗り越えれば……ついに保守革命が実現する。3月憲法改革の遺骸がついに消え去り、保守派の絶対的ヘゲモニーが確立される。しかしそのためにはまずヨーロッパ史上最大の戦争に勝利し、国民の支持を得なければならない。革命の道のりは長い……


今回はここまで! 次回のマイナー・マンデー、そして第三回のゲーム内容報告「武器と(経済的)暴君(Arms and (Economic) Tyranny)」編をお楽しみに!

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