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『ぐるっと・・・』

 この話は2015年3月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第89作目です。

 その本と出逢ったのは今から5, 6年前。場所は新宿にある雑貨店で、センスのいい食器や文房具とともに、厳選されて並べられている本の中にその一冊があった。

 「世界ぐるっと朝食紀行」。“朝食”に“紀行”、イコール“食”と“旅”。その二つの単語がトラベラーである私の中にある何かを強く刺激したのか、そのタイトルを一目見ただけで、考える間もなく手に取っていた。パラパラとページ繰り、購入を決めた。著者が実際に食べ歩いてきた世界中の朝食の話が、同じく著者が撮影した素敵な写真と文章で綴られていた。

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このタイトルと表紙。トラベラーなら即手に取ってしまいますね。    朝食に焦点を当てたところがさらに注意を引きました。        「世界ぐるっと朝食紀行」西川治著 新潮文庫

 あっという間に読了し、「ほろ酔い紀行」、「肉食紀行」と“ぐるっと”シリーズを続けて読んだ。トラベラー各位は既にご存知に違いないこのシリーズの著者は、写真家で、料理研究家で、画家で、さらにエッセイストでもある西川治氏。三冊読み終えた時点で、大変楽しく拝読した旨をお伝えしたくなり、ウェブサイトで氏の事務所の住所を見つけ、大変不躾ながら手紙を書いた。

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“ぐるっと”シリーズは全て新潮文庫から出ています。興味を引いたものから手に取ってみてはいかがでしょうか。全てお薦めです。こうして並べて見ると壮観ですね(笑)。

 後日丁寧なお返事をいただき、以来私が書いたストーリーがここに掲載されると都度ご連絡をさせていただくようになり、大変嬉しいことに、氏の絵の展覧会等のイベントや、新刊のお知らせをいただくようになった。

 「もし時間があれば数人で飲もうというのですが来られませんか。宜しく。」と2014年10月の一日、氏からメールをいただき、気の置けないお仲間での飲み会に声を掛けていただいた。場所は西川氏の事務所。街がハロウィンで賑わっている日に仕事終わりで伺った。お仲間が何人いらっしゃるのか、どのような飲み会なのか分からなかったが、さすがに手ぶらでは伺えないので、大好きなスコッチを一本携えて行った。

 事務所の玄関のドアを開けると、玄関から既に食器類や資料だろうか、所狭しとものが積まれていた。初めて伺ったところだか、この光景は見覚えがあるなと思った。何度もお邪魔した作家の故百瀬博教氏の事務所だ。百瀬氏の著書に度々登場している南青山の勉強部屋と呼ばれていたそのマンションの1室も、玄関のドアを開けると所狭しと積まれた本が目の前に広がっていた。ものを書く方の仕事場はものが同じように増えるのだろうか、それとも自然と集まるのだろうか。お二人がお書きになったものは共に旅に関係している。もののほうからお二人のところへ旅をしてくるのかも知れない。

 通されたダイニングのテーブルには西川氏の手料理がいくつも並んでいた。それぞれ西川氏が世界の何処かで出逢い、何度もアレンジを加えてきたものであろう。全て美味しく、ワインやビールが進んだ。料理を全くしない私でも、これはインスタントでも代用出来るものは代用して作ってみようと思ったものが一品あった。それは現在休日のランチの定番の一つになっている。

 料理が盛られているそれぞれの食器も素敵であった。座った位置から見える食器棚、背中に広がっているスペースも食器で一杯だった。私は食器に関して全く詳しくないのだが、素人目に見ても素敵な食器がたくさん見えた。これらは全て西川氏が国内外の旅先で見つけ持ち帰ったものだ。食器一つ一つにストーリーがあると思うと、それぞれどんなストーリーなのだろうと想像が膨らんだ。立ち上がって食器をそれぞれ手に取って眺めたいと何度も思ったが、飲み会とはいえ、手料理をいただいている席でそれはさすがに行儀が悪いと思い自粛した。初めて訪れた“西川ワールド”に驚きつつ、初めてお会いした方々と楽しくお話をして、楽しい一時はあっという間に過ぎた。

 年が明けた2015年1月の一日、Facebookで食器のバザールのお知らせをいただいた。そのバザール期間中のトークイベントが計画されている日に、旅好きで食器好きの母とともに訪れた。目黒にある素敵な雑貨店が会場で、西川氏のもとにあるたくさんの食器が並んでいた。ご挨拶をし、母を紹介したときに、2トントラックで段ボール60箱分持ち込んだがほとんど売れてしまったと仰っていた。呼んでいただいた飲み会の席で、そのバザールの計画を知らされていたら、目の前にあった世界中から集まった食器を、西川氏を質問攻めにしながら拝見させていただいたのにと、そのとき思った。

 お邪魔したのはバザール終了の二日前だった。その中から母はこれと思ったものが見つかったようで1枚お皿を購入していた。

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母が買い求めたお皿です。先日生春巻き(ゴイクン)を作ったときに、このお皿に盛りつけておりました。

 トークイベントは“ひとり問屋 スタジオ木瓜”の日野明子氏が司会と聞き手となって進んで行った。目の前に西川氏の手料理が並び、食べながらお話を聴けるという何とも贅沢なひとときだった。西川氏もビールを片手にリラックスしてお話をしつつも、お話の合間に観覧者たちに料理を勧め、箸の進み具合に気を配っていらっしゃった。

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牛スジの煮込み(上)とカレー(下)は絶品でした。使われている鍋もゴツい(笑)。旅を重ねる度にアレンジが加わり、現在の味になっているのではと想像しました。西川氏の著書を何冊か読んでいくと、この二品がとても西川氏らしいお料理に思えます。この他にワインにとても合うお料理が二品ありました。

 興味深く面白いお話にも、目の前の数々の美味しいお料理にも集中したかったが、バランスを取るのがなかなか難しい本当に贅沢な時間だった。ワインも用意されていたので尚更であった。その美味しかったワインの銘柄を控えるのと、どうしてこのワインを選んだのかを西川氏に伺うのを忘れてしまった。持参した既に絶版になっている一冊にサインを戴くのは忘れなかったのに。

 このバザールに用意された段ボール60箱分の食器類は、西川氏のところでの長いトランジットを終えて、次の旅先へと向かって行った。辿り着いた新しい持ち主のところでのトランジットを経て、再び次の持ち主のところへ旅立って行く。旅人が旅先で手に入れた形あるものは、形がある限り、時間を経て次の旅人の元への旅を繰り返していくのだ。母の元へ辿り着いたお皿を眺めながら、そのお皿が母の元へ辿り着くまでの“ぐるっと”巡って来た経路に思いを馳せた。

追記:

西川治氏は写真家で、料理研究家で、画家で、さらにエッセイストでもいらっしゃるので、たくさんの著書があります。(猫好きでもいらっしゃいます。)以下URLからチェックしてみて下さい。

http://www.miao.jp

絶版のものもありますが、トラベラー各位が懇意にしている古書店等で気長に探して入手し、楽しんで読んでいただきたいと思います。       最後に私のお薦めを紹介します。

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「マスタードをお取りねがえますか。」(河出文庫)は帯にもある通り名著です。旅好きなら楽しく読める素敵なエッセイが満載です。

 「快楽的男の食卓」(白馬出版)には、その本の中で紹介されている料理の作り方も写真入りで載っています。この本は現在絶版です。私は古書店に探してもらって入手しました。文庫サイズとこの大きさの二種類があるようです。トラベラーズファクトリーでの、静岡県沼津市にあるweekend booksさんのイベントで出逢って購入した石川次郎氏の「男たちの食宴」で、西川氏との対談を読んで、この本の存在を知りました。バザールに持参してサインを入れていただいたのはこの本です。これは本当に偶然なのですが、対談集である「男たちの食宴」には、私が書くものによく登場する故百瀬博教氏も故安西水丸氏も登場しています。

 「死ぬまでに絶対行きたい世界一周食の旅」(PHPビジュアル実用BOOKS)は、所謂ムックで、オールカラーの楽しい一冊です。     (現在入手可)

 「世界ぶらり安うま紀行」(ちくま文庫)は写真入りのエッセイで、西川氏の最新刊です。現在書店に並んでいます。旅好きで食いしん坊の友人達に薦めました。


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