見出し画像

『訪れた証・4』

 この話は2012年11月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第61作目です。


 手描きの見取り図が表紙のその本に出会ったのは、新宿にある雑貨店ANGERSだった。このお店には、センスのいい雑貨や食器、文房具等とともに、ジャンルを限って選び抜かれた本が並んでいる。ここで選ばれた旅に関する本はいい本が多いので、不定期だがチェックしている。今まで何冊もの“思いがけない一冊”に出会ってきた。

 その本に出会った時は少々急いでいたので、じっくりと手に取って中を見る時間が無かった。タイトルを忘れないようにと店を出てすぐに携帯電話を取り出して記録した。

 「旅はゲストルーム 測って描いたホテルの部屋たち」(浦一也著 光文社知恵の森文庫)というタイトルのその本は、今までに出会ったことがなかったタイプの旅の本であった。建築家でありインテリアデザイナーである著者が、世界中の旅先で実際に宿泊した部屋の詳細を縮尺して書いたものが、その本には収められている。ベッドやテレビ、机やクローゼット、さらにはバスルーム内の詳細も併せて描かれている。色もしっかりと塗られているので、カラフルで見た目も楽しく、読むものに温かみを感じさせる。

 必ずそのホテルのレターペーパーに50分の1の縮尺で実測して書くという著者の徹底したルールがある。ホテルのレターペーパーというところが何とも旅人らしくて、僕は好きだ。レターペーパーの上に見えるホテルのロゴが様々で、これもまた見ていて楽しい。僕が知っているホテル、知らなかったホテル、泊まったことがあるホテル等、著者が実際に滞在した世界中のホテルの部屋が50分の1に縮尺されて、その本に収められている。部屋についての解説もエッセイ風に書かれているので親しみやすく、面白く読める。合間に収録されているコラムも楽しい。

 絵の細部や色彩などに感心しながらとても面白く、楽しく最後まで読んだ。後日旅好きの友人達にこの本を紹介したり進呈したりもした。如何に僕がこの本を楽しんだかを著者にどうしても伝えたくて、インターネットで著者のコンタクト先を見つけて、不躾にも伝えた。

 そんな不躾なことをしたことなどすっかり忘れていた一日、著者の浦一也氏からお返事をいただき、赤面してさらに冷や汗が出るほど恐縮してしまった。

 この10月に新著「測って描く旅」(彰国社)が出版されるのに伴い、原画の展示会「測って描く旅・展」が青山で行われた。こんな不躾な僕のことも氏は覚えていて下さり、ご案内を送って下さった。

 展示会当日、「旅はゲストルーム」を新たに一冊用意して出掛けて行った。手元にあるものは、気になるホテルに付箋を貼りながら読んだので、とてもサインを入れていただける状態ではなかったからだ。受付で案内状を見せて記帳をしていると、氏が現れてご挨拶をいただいた。とても柔和な感じの方で、建築家とかデザイナーという方の僕の中でのイメージが変わった。

 「測って描く旅」に収められているものの原画をじっくりと見て回った。その本は展示会当日に書店に並ぶか並ばないかのタイミングだったので、数々の原画を見ながら早く入手して読みたいと思った。中でもロサンゼルスのモンドリアンというホテルが印象に残った。初めて知ったこのホテルは、次回ロサンゼルスへ行く時には泊まってみようと思った。

 「旅はゲストルーム」を読んだ時も思ったが、実際に原画を見た時も、このような訪れた証の残し方もあるのだなと思った。僕には部屋の縮尺や寸法等は必要ないが、(それ以前に同じように描くこと自体不可能)絵心があれば、間取りや家具の位置等は部屋備え付けのレターペーパーに描いて、色鉛筆で着色してみたいと思った。描き上がったものを持ってホテルのビジネスセンターへ行き、予め用意しておいた無地のハガキに印刷すれば、オリジナルの絵葉書が出来上がる。

 レターペーパーには、ホテル名のロゴとともに、地名や国名が入っているので、その絵葉書を受け取った人はどこからの便りなのか分かるはずだ。受け取った方々も、あいつはこんなところに泊まったのかと想像力が働き、プロが撮影した観光名所の写真より、手描きである分だけ旅の一コマが印象強く伝わるかもしれない。もし僕に絵心があれば、旅をする度にこんな粋なことができるのにと思った。

 展示会ではホテルの部屋の原画とともに、氏が旅先で描いた花の絵がたくさん展示されていた。それを見ながら、あの伊集院静さんも花に詳しくて、小説やエッセイによく花が出てくることを思い出した。旅好きで文章を書くなら花にある程度詳しいほうがいいなと同時に思った。季節の花が分かれば目にする景色の楽しみ方も広がる。そして花のことを書ければ文章に季節感が加わり、読む方々にその時々の温度も伝わるだろう。また、旅の記憶が曖昧になったときに、見た花を思い出せれば、花を手がかりに記憶がはっきりするかもしれない。

 トラベラー各位には、書店に行って先ず「旅はゲストルーム」を手に取ることをお薦めする。読んだ後で、もっと氏が訪れたゲストルームに関して読んでみたいとか、同じように描いてみたいと思ったら、「測って描く旅」を是非手に取っていただきたい。

画像1

気になったホテルに付箋を貼りながら読了。

 僕も近々書店に行って、先ずは花の図鑑を物色して手に入れて花の名前を覚え、覚えた花を描いて絵の練習をしてみようかと思う。次の旅まで十分に練習を積んで絵に自信が持てれば、その旅先から訪れた証として友人達に送る絵葉書は、宿泊したホテルのレターペーパーに描かれたゲストルームの絵になっているだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?