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『餞別』

 この話は2023年4月5日にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。そのままここに掲載いたします。 これは掲載第186作目です。


 2023年2月に従姉の息子と僕の行きつけの神楽坂のパブで再会し、酒を酌み交わした。2017年に彼が単身で一年間フィリピンのマニラに赴任する直前に都内で送別会を兼ねて飲んで以来久々だった。
 その酒席で餞別としてレギュラーサイズのトラベラーズノートを贈った。間もなくして、現地での生活に慣れれば酒場開拓を始めるだろうと思った。血の繋がりだ。追って従姉経由でマネークリップも贈った。
 トラベラーズノートは日記や休みの日に出かけて行った先の記録にでも使ってくれたらと思った。マネークリップは酒飲みにとって旅先での便利アイテム。酒場に行く際にUSドルやフィリピンペソのお札を別に持つのに重宝だと思った。
 約6年ぶりに再会した彼は、幼い頃の面影を残しつつも、あのフィリピンでの海外暮らしを一年経験してきたせいか逞しく見えた。
 パブでは僕がマネークリップに綴じてきた現金では足りなくなるほど二人でよく食べよく飲んだ。彼は初めて訪れた雰囲気のあるそのパブを気に入った様子。そのうち餞別のマネークリップにたっぷり千円札を挟んでひとりでふらりと再訪するだろう。


                 僕の愛用のブラウンのトラベラーズノートとマネークリップ。                    このセットを餞別に。旅に出る人に贈るのに大変相応しい餞別だと思います。

 旅や旅行を重ねてきた分だけ、特に学生の頃は、随分と餞別をいただいた。現金がほとんどだった。
 現金以外でいまでも印象に残っている餞別・・・それはSEIKO WORLD TIME CARDという名刺サイズのカード型の時計だ。
 大学二年生だった1987年の夏休みにイギリスへ語学研修に行く際に父が餞別として贈ってくれた。研修の後でドイツ(当時は西ドイツ)とフランスを周ることになっていた。各国の時間と日本の時間が一目で分かるようにとのことだったのだろう。いや、贈ってくれたのはその前年に母とイタリア、スイス、フランス、イギリスをツアーで周ったときだったかもしれない。
 大学を卒業してすぐに外資系の航空会社に就職した。最初の配属先は修行も兼ねての機内食課。機内への機内食の運搬・搭載はもちろん、その前後の仕事で肉体的にも精神的も鍛えられた成田での二年半だった。
 機内食課で一緒に苦労を重ねていた同期の一人が客室乗務員の社内選考を通過して本社のあるミネアポリスに研修に行くことになった。
 餞別として同じSEIKO WORLD TIME CARDを贈った。購入したのは銀座にあった日本堂だったか、成田空港第一ターミナル内のショップだったか。たとえUSドルで用意したとしても餞別に現金では味気ないと思ったに違いなかった。
 全ての試験を見事パスしてその同期は客室乗務員になって帰国した。研修中の講義で時差を計算して答える場面があったそうだ。贈ったものを活用して答えたところ、運悪く教官に見つかってしまい、「そういうものは使わないように」と注意された話を笑顔でしてくれた。
 そのくらい大胆でないと、各国からの研修生に囲まれ、都度試験をパスできなければその時点で即強制帰国という状況を打破できなかっただろうと思った。
 僕のSEIKO WORLD TIME CARDは古いパスポートとともに保管してあった。一度も電池交換をした覚えがなく、スイッチを入れても流石に反応なし。

その時計を貰ったのは、パスポートが現行のものより一回り大きかった時代でした。      ドイツは西ドイツだったし・・・。


本体はピカピカですが、ケースが流石に年月を物語っています。               しかし、よく取ってあったと思いました。

 メールでメーカーに問い合わせてみた。「1987年3月から1988年10月まで生産しておりまして、生産中止後30年程経過しており、既に交換用部品が無く、修理に関しましては、承る事が出来なくなっております。」という回答だった。 ただし、電池交換で起動する可能性ありとも回答にあった。電池の種類と交換方法も写真付きで回答の中に。「生産中止後30年程経過」している製品の取扱説明書もPDFで回答のメールに添付してくれたのには頭が下がった。 時計に限らず発売から長時間経過した自社製品のケアをここまでしてもらえるのは嬉しい。特に餞別としての贈りものなので尚更だった。 世間には「ものづくり」を標榜していながら対応が大変お粗末な企業が多い。問い合わせの後で落胆させられることが何と多いことか。 特に長年使えて思い出の品となりそうなものを扱っている企業は、自社製品に対する愛情とユーザーに対する責任と誠意をもっと持つべき。諸々見直すのなら、先ずはなっていない言葉遣いから始めてほしい。 せっかくなので電池交換をしてみることにした。起動して使えるのなら改めて使いたくなったので。ウンともスンとも言わなければ、父からもらった学生の頃から駆け出しの社会人の頃の思い出の品として手元に残せばいい。 仕事の帰りに量販店でメーカーに教えてもらった型式の電池を購入。PDFでいただいた取扱説明書のプリントアウトを手元に用意して電池を交換した。 古い電池を取り出すと、これが30年以上もセットされたままだったとは思えないほど電池も電池ホルダーもきれいだった。

メーカーが丁寧に型式を教えてくれた電池。ここの時点では未開封。

 電池交換は数分で完了。恐る恐るスイッチをONに。長い昏睡状態から覚めたかのように画面に数字がきれいに表示された。同時に忘れていた様々な思い出も一緒に戻ってきたようだった。 早速日本時間で時刻を合わせた。ロンドン、ニューヨーク、香港の時間をチェックした。合っていた。サマータイムに切り替えるスイッチまであり感心・・・というより、あることさえ覚えていなかった。 丁寧に手入れをすれば生き返り、再び使えるようになるもの、こうしたものが所謂本来の「ものづくり」を経たものとして世に出るべきものなのだ。製造から数十年経った製品の問い合わせに丁寧に対応できる企業の作るものに唸った。

電池交換をしたらこの通り生き返りました。数字がきれいに表示されたときは感動しました。  昭和の時計が令和の電池で甦りました。 

 昨今の「餞別事情」はどうなっているのだろうか。お年玉もデジタルでスマホへの振り込みを子供が願う時代だと仄聞した。餞別も、いまでもその習慣が健在なら、スマホ世代の若者にはデジタルでの対応なのか。現金はともかく、時計単体や本など、きっとスマホやタブレットからはみ出るものは喜ばれないのだろうか。
 これまでトラベラーズノートを御礼、贈りもの、餞別として結構な数を贈ってきた。自分の手から離れていったものの行末を案じるのは全くの野暮。だが、それぞれのノートがノートとして使われていてほしいし、長くノートとして活きていてほしいと願う。

僕が実際に使っているもの。旅の記録にストーリーの準備、仕事、備忘録に。         明確な用途最初にありきでノートはあくまでもツールという意識でずっと使っています。

 人の血が通っているものがどんどん淘汰されている。人を作り手、ものを作品に代えてもよい。作品を紹介・発信するメディアも合わせて影響されている。特に本に関しては出版界からはため息しか聞こえてこない。
 パソコンなどハードに集約されないものは日常生活では不要になり、ハードからはみ出るものは全て淘汰されていくのだろう。
 となると、例えば血の通った文章を書く際に必要なノートや筆記具は? 生き残る道はコレクターズアイテムや観賞用限定か。僕も含めてスマホよりノートやペンが手元にないと落ち着かない人には間もなく辛い日々の到来か。
 作り手の試行錯誤や創意工夫が見られない・感じられないコピーや焼き直したものが巷に溢れている。層となるターゲットは? コレクター?
 売れ線に舵を切り、そもそもの良さを失ってしまったものをどれだけ見てきたか。インディーの頃は良かったのに、売れ線に路線変更して当たったヒット曲の焼き直ししか出来なくなった数多のロックバンドがいい例だ。
 新しく世に出ても、それが受け手や買い手にとっては見覚えのあるものなら新しくないのだ。
 終わりの始まり。いや、とっくに始まっていたのかも。血が通ったものが端へ端へと追いやられていく。
 たくさん旅をして、旅先で作り手の血が通っているものに接したい。そして、書き手の血が通っていることが伝わるものをこれからも書いていく。
 Have a nice trip!


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